【対談】いま、日本のデザインを考えるということ
HAKUHODO DESIGN永井一史×Takram田川欣哉

2019年8月に二子玉川 蔦屋家電で開催したトークイベント「いま、日本のデザインを考えるということ」。日本のデザインの歩みやそれらを象徴するキーワード、未来や海外へ向けた展望をテーマにした本イベントでは、ゲストにアートディレクターの永井一史さんとデザインエンジニアの田川欣哉さんを迎えました。本記事ではそのダイジェスト版をお届けします。




「先生、日本のデザインって何ですか?」展について


ーー「いま、日本のデザインを考えるということ」と題しまして、永井一史さんと田川欣哉さんにお越しいただきました。まず始めに永井さんより、「先生、日本のデザインって何ですか?」展についてお話をいただきます。この展覧会には深澤直人さんや原 研哉さんをはじめとして、日本のデザインを牽引しておられる多くの方が参加されました。永井さんも田川さんも、本展を主催した日本デザインコミッティーのメンバーでいらっしゃいます。

永井 来年の2020年は東京五輪もあったり、インバウンド観光客が増えることが見越されたり、日本社会が変化していくタイミングです。そこでもう一度、日本のデザインを問うてみることが大事なんじゃないかなと思いました。日本のデザインとは何かを、識者に聞くという展示を企画したんです。

田川 日本で生活しているとなかなか言語化しないものですよね。2週間くらい考えていたのですが、僕はコミッティーでは若手の部類なので、先輩方から「こんなの出しやがって」って思われないようにと、緊張していました(笑)。よろしくお願いします。

永井 展覧会は、日本のデザインを象徴する3つのキーワードと写真で表すという構成になっています。僕が挙げた写真は「日の丸」と「円相」(仙厓)、そして「渋谷スクランブル交差点」です。そして3つの写真に紐付くキーワードとして〈象徴/単純/配慮〉を挙げました。

▲永井一史(ながい・かずふみ)/1961年生まれ。85年多摩美術大学卒業後、博報堂に入社。2003年HAKUHODO DESIGNを設立。企業・商品のブランディング、ソーシャルデザイン、コミュニケーションデザインなどの領域でデザインの可能性を追求し続けている。毎日デザイン賞をはじめ受賞多数。アートディレクター、クリエイティブディレクター、HAKUHODO DESIGN代表取締役社長、多摩美術大学教授。

ーーその意図について解説していただけますか?

永井 まず、〈象徴〉です。ひとつの国家を赤い丸だけでデザインするのは、改めてシンボリックな表現だなと思いました。つぎに〈単純〉は「円相」と対応しますが、どこまでも事物をシンプルにして全宇宙が入っているというものです。シンプルゆえに想像の余地があって、いわゆる日本的な暗喩や間(ま)につながっているんじゃないかと。最後に「スクランブル交差点」についてですが、ここを横断する無数の日本人がそれぞれぶつからず歩けるということに、海外の方は驚くらしいんです。常に人とのバランスを見ながら、目的地まで辿り着く。そこに日本人のメンタリティが入っているのではないでしょうか。おそらくはモノをデザインするときにも通ずる精神性があって、「そんなことまで考えるのか」と海外の方に驚かれることが多いですね。

田川 僕は「デザインあ」と「Nintendo Labo」の写真を選びました。キーワードは、〈引き/磨き/驚き〉。

永井 言葉の並びがデザインされているようにうかがえますね。

田川 デザインの現場では、引き算や磨き込みということがしばしば言われますよね。でも、そこに留まらない魅力を、子どもの頃から触れられるデザインの中に見出せそうです。例えば「ピタゴラスイッチ」や「デザインあ」などがあります。それらは基本的には話の筋が淡々と進むんだけれども、必ず最後に「あ!」という〈驚き〉が仕掛けられている。任天堂が提供する遊びも、引いて磨いたうえで驚かせるという組み立てがあり、すごく日本らしいと思いました。海外のTVシリーズやハリウッド映画だと、ずっと驚かせ続けるようなところがありますが。

▲田川欣哉(たがわ・きんや)/1976年生まれ。東京大学機械情報工学科卒業。デザイン・イノベーション・ファームTakram代表として、ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。2017年よりデザイン誌「AXIS」にて対談シリーズ「田川欣哉のBTCトークジャム」連載中。

デザインと言葉のあいだ、日本語と英語のあいだ

ーーキーワードを読んでいると、言葉の選び方や整え方のデザインがきめ細かく配慮されている印象を受けます。そこについてはいかがでしょうか

永井 広告やコミュニケーションをつくるときは、アートディレクターとコピーライターが言葉を探して、デザイナーに渡すというのが通常の流れです。ところが、意外にもコピーライターよりも早くデザイナーがぽんと言葉を出せたりするんです。つまるところ、デザインというのは「新しい概念を見つけること」に近いため、いったん見つけてしまえば、それを形で表出するか言葉にするかは大きな問題ではなくなります。デザイナーのそうした性質が、ここにも現れているんじゃないかと思いました。

田川 やはりデザイナーとしての美意識から、文字の並びや文字数、空間の埋め方、漢字の濃度などの諸要素を気にするのでしょうね。デザインと言葉の関係はなかなか繊細です。僕たちTakramは海外で活動することも多いのですが、自分たちのデザインやその意図を言葉で伝えるときに、英語から考えるようになりました。言葉は翻訳するとわりあい意味が変わってしまう。だから海外クライアントの場合、日本語を英語に訳すようにして話すと、意味を伝え切れないことがあります。もちろん日本人の方には日本語で解説すると共に、英語の語感を合わせて補足するようにしています。

永井 僕もグローバルなブランディングでタグラインを決める際に、似たようなことに直面します。はじめから表現したいことが明快に決まっていれば、日本語から発想してもよさそうです。しかし概念を探すときには、英語を使うほうが、きっと探しやすい。なぜなら、日本語はニュアンスの言葉なので、無尽蔵にバリエーションが生まれたり、情緒的な言い回しに気を取られたりして、概念のところになかなか目を向けにくいのです。英語はそこを規定しやすいですね。

田川 関連して、興味深い話があります。SUNTORYがヨーロッパに事業を拡張した際に、自社の理念などを英語で書こうとした。日本語だと「水と生きる」って言うじゃないですか。結局は「ミズトイキル」と、そのままローマ字にしたんです(笑)。

永井 面白いですね。

田川 「やってみなはれ」も、ローマ字になった。いまはヨーロッパの人たちも「ヤッテミナハレ」って言っているそうですよ。




「民藝」と「デジタル」をめぐって

ーーここまで、デザインと言葉の翻訳をめぐってお話が展開してきました。関連してお聞きしたいのが、柳 宗悦に端を発する「民藝」に関することです。ひとえに「日本のデザインとは何だろう」と問うたとき、民藝という答えが出ることが予想されます。事実、展覧会のなかでもそのようなキーワードを出される諸先生方もいらっしゃいました。民藝はデザイン(Design)なのか工芸(Craft)なのか。お二人はどのように考えますか?

永井 以前、深澤直人さんが「工芸とデザインの境目」(金沢21世紀美術館)という展覧会を手掛けられており、ここでの議論に通ずる問題意識が見られました。そもそもデザインは産業革命と同時に起こった運動であって、ひとつのモデルを大量生産すること、つまり考える人とつくる人を分ける志向性に基づいています。他方で、工芸は個人の職人が自分で考えて、自分でものづくりをするみたいなところがありますよね。

田川 深澤さんがアートディレクターを務めてらっしゃるマルニ木工の家具づくりについて、お話を聞いたことがあります。もとよりマルニのなかに残っていった技術というのは、基本的には工芸寄りのそれであって、職人さんのカンナの動きなどでした。そうした動きを、NC加工機を用いて可能な限り機械化することが、深澤さんとマルニの協働においては目指されているようでした。いわば、大量生産が可能な工芸です。そこに深澤さんは未来を見てらっしゃるのかなと思いました。

永井 つくり方に限らず、デジタルの技術と工芸やデザインとの融合は生じていますよね。従来のプロダクトデザインが扱ってきた実体あるもの、これが徐々にデジタル化していったときに、今後どういうものをつくっていくかべきなのかは考えがいがあります。

田川 数年前からGoogleのハードウェア部門でヘッドになったアイビー・ロスさんは、もともとジュエリーデザイナーなんです。彼女が入って以来、Googleのプロダクトはすごく売れて人気が高まりました。

永井 「モノのインターネット」と呼ばれるIoTの時代になっても、まさにモノの姿かたちやプロダクトの魅力といった点は揺らがない、というお話ですよね。

田川 また、デジタルなプロダクトの例と日本のつながりは、わりあい多そうに思います。仮説を立ててプロトタイプして試すというのはトヨタが長らく続けていたやり方であると言えますから、アジャイル開発やリーンスタートアップは日本人と馴染み深い手法なんですね。

ーーモノへのきめ細かやかな意識や日本型のものづくりには、デジタルによって再発明されうる余地がまだまだありそうです。お二方、本日はどうもありがとうございました。

日本デザインコミッティーのメンバーのスケッチやプロトタイプが展示される「㊙展 めったに見られないデザイナー達の原画」(ディレクター:田川欣哉)は、11月22日より開催です。End(文/太田知也、写真/宇田川俊之、協力/小澤みゆき)