原 研哉氏インタビュー
本質を見極めるーーVisualize and Awaken

首都大学東京 インダストリアルアート学域の授業「プロダクトデザイン特論D」において、学生の皆さんが3チームに分かれ、第一線で活躍するデザイナーの方々にインタビューを実施。インタビュー中の写真撮影、原稿のとりまとめまで自分たちの手で行いました。シリーズで各インタビュー記事をお届けします。

原 研哉氏インタビュー
本質を見極めるーーVisualize and Awaken

日本デザインセンターの代表取締役で、日本を代表するデザイナーでもある原 研哉さん。無印良品のアートディレクションやJAPAN HOUSEの総合プロデュースのほか、数多くの著書を世に送り出してきました。原さんのデザインへの向き合い方、その原点となる学生時代などについてうかがいました。

デザイナーとしての自覚が芽生えはじめた学生時代

——どんな学生生活をおくっていましたか。

武蔵野美術大学の基礎デザイン学科に所属していて、実践的な技術の習得というより、デザインとは何かを考える時間が多かったですね。将来どこかの企業の就職試験を受けるというような気持ちの構えではありませんでした。ペンギンの群れが岸壁から大海に次々飛び込むような感じで社会に出るのが怖かったんですね、遠浅の海を少しずつ入ってだんだんと社会に出ていくというのが良かった。あと2年猶予がほしいと大学院に進みました。

修士1年のときはずっと高田修地先生の事務所で、2年のときは石岡瑛子デザイン室で働きました。高田先生は話のわかる親分のような方で、話も伝わりやすいし、お酒を飲んでも話が弾みました。石岡さんは怖ろしくて、考えてきたことが全く通用しないような存在でした。その2年間でだいぶ手を動かしました。高田先生のエディトリアルというあったかい世界と、石岡さんの厳しいけれど、クリエイティブはこうやって生み出すんだという世界を経験し、デザイナーとしての自覚がほんのわずかに芽生えたような感じでした。

旅をすることで、日常が異化されてくる

——どんなところにアンテナを張って、知識や刺激を受けていますか。

デザインというのは人間が意図して環境を変容させることです。環境の中の何かに膨大な知恵が蓄積されていると気づいた瞬間に世界は変わって見え、「なぜ」っていう疑問が湧き上がってくるんです。そんな自分の興味を刺激してくれるのは、やはり旅ですね。

若い頃はあらゆることに感動するわけです。乾いた海綿のようになんでも吸収してしまう。だから旅に出ると、行く先々で衝撃がある。美術館に入って驚くよりも、日常的にそこにあるものにとても感動していました。なんでこのマカロニはこんな形をしているんだとか、この床のタイルのパターンはすごいなとか。とにかくあらゆるものに刺激を受けるんですね。

日本にいると、日常的にどうしても目が慣れてきて、周囲の環境が当たり前に見えてしまう。けれど、旅に出るとそこが異化されてくるから、いろんなことが新鮮に見える。そういうことが自分のデザインのエンジンになっていると思います。

だから、学生たちにも旅を勧めています。ものすごく吸収できるから。できるだけ若く感覚もまだ澄みわたってピンピンしているときに旅をするのがいい。そうすると、世界のことが、ほんのちょっとわかる。でも、それがすごく大事。日本という文化圏の世界のコンテクストの中での意味合いがわかります。海外に出ると日本がわかるんです。

追われると負け。自分の仕事を追いかけていく

——著書の中で、グラフィックデザインという言葉の意味や内容を刷新していくべきだとおっしゃっていました。どのように刷新されてきたのでしょうか。

グラフィックデザイナーというところから自分が逸脱するのではなくて、自分がやっていることがグラフィックデザインだと定義すればよいのではないかと思ったんです。紙の上に何かを定着させていくことをグラフィックデザインと呼ぶのでなくて。ビジュアライゼーション全般を横断しながら仕事をしていくことで、グラフィックデザイナーのフィールドも変わってくる。ただ、僕はもともと「デザイン」という概念が大事だと思っていて、それを携えて生きているので、グラフィックデザイナーではなく、デザイナーでいいかなと思うこともあります。

——日本デザインセンターの「本質を可視化する」という理念の意図はなんでしょうか。

本質を見極めることがデザインの最も重要なことだと思うんです。見極めれば表現できる。本質というのは、物事のエッセンス、核心です。デザインというのは 鮮烈な目覚めをつくっていくことが役割で、それをどう効果的にやるかです。本質を見極め可視化することができれば、デザインの仕事はそれに尽きるわけです。そういうことをここで働いている人たちと共有するためにこの理念をつくりました。僕のモットーでもあります。英語ではVisualize & Aawaken。可視化し、目覚めさせる。それが僕の仕事のやり方です。

——本質を見極めるうえで、適切な距離感をどのように保っているのですか。

「たくさんの仕事を同時にやる」ことが本質を見誤らないコツです。世の中に多角的な接点を持つことが、ひとつひとつのプロジェクトを間違えないことにつながる。ジャグラーのように、手元には2つの玉しかなくても空中には100コくらい浮かんでいる。それって、つらいように見えるかもしれないし、「そんなにたくさんやっていると、チャランポランなクオリティになるんじゃないですか?」と思われがちなんだけど、たくさん仕事したほうがひとつひとつの仕事を間違えない。

デザイナーを目指すのならば、「忙しい」を口にしてはいけないと思う。「忙しくて……」というのは、最低な言葉ですね。デザイナーとはそういう仕事なのです。

——著書の中で、「締め切りが迫っている」という言葉を使うよりも、その先の仕事を見据えたほうが良いとおっしゃっていました。

「締め切りが迫っていて大変」みたいに、追われると負けなんです。気持ちのうえでは。どちらかいうと、「自分の仕事を追いまわしていく」感じですかね。

——デザインを志す学生や若手デザイナーに、メッセージをいただけますか。

自分のことをデザイナーと定義しないほうがいいかも。ときどきなんで「デザイナー」をやっているんだろうと思うことがあります。「詩人」のほうがカッコよかったのにって(笑)。だけど、僕は詩人になれないからデザイナーをやっているのでしょうね。詩だけ書いているほうが絶対効率いいし、それで世界と切り結んでいけるなら最高だなと思うんだけど、詩人になれなかった。デザインしかできないんです。詩人になれる可能性があるんだったらと、まだ未練たらしく思っているところもある(笑)。

世の中の変化が激しくて、ストレスフルな時代だと思うのだけど、「何にでもなれる可能性」としての自分を育ててほしい。もちろん専門性の中でグッと入り込むことも大事ですけど。僕はグラフィックデザイナーとして自分の得意な領域があるんだけれど、それは当たり前のこと。だから、できるだけいろんなものに自分が変化できるような自在性を育んでもらいたいですね。

皆さんの時代は人生百歳時代です。就職してその会社にずっと勤め続けるというより、30代で1回、50代でもう1回くらい、自分を再教育するような時間をつくるといいんじゃないか。そういう多段的な人生を歩めると面白いと思う。そうすれば、どんなことがあってもへこたれないと思います。(取材・文・写真/首都大学東京 インダストリアルアート学域 坂口 渓/今関春菜/柳田 亮/橋本聖明/姜家豪/石川理子)End

原 研哉/1958年生まれ。グラフィックデザイナー。日本デザインセンター代表取締役社長。武蔵野美術大学教授。世界各地を巡回し、広く影響を与えた「RE-DESIGN:日常の21世紀」展をはじめ、「HAPTIC」「SENSEWARE」「Ex-formation」など既存の価値観を更新するキーワードを擁する展覧会や教育活動を展開。また、長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、愛知万博のプロモーションでは、深く日本文化に根ざしたデザインを実践した。『デザインのデザイン』(岩波書店、2003年)など著書多数。