“森本千絵”ができるまで

首都大学東京 インダストリアルアート学域の授業「プロダクトデザイン特論D」において、学生の皆さんが3チームに分かれ、第一線で活躍するデザイナーの方々にインタビューを実施。インタビュー中の写真撮影、原稿のとりまとめまで自分たちの手で行いました。シリーズで各インタビュー記事をお届けします。

今回は、人気アーティスト、Mr.Childrenのジャケットや新聞広告、NHK大河ドラマのタイトルワーク、KIRIN「一番搾り」のパッケージデザインなどを手がけてきたアートディレクターの森本千絵さん。空間デザインや舞台美術にも携わるなど、幅広く活動されています。森本さんはいったいどのような学生時代を送っていたのでしょうか。“森本千絵”ができるまでを聞きました。

“森本千絵”ができるまで

肩書きはいらない

——学生時代、個性をつくるために意識していたことは何ですか。
 
女子高時代、たくさんの仲良しグループがありましたが、どこかに所属すると、いじめられるかもしれないという不安がありました。深入りせずにどのグループとも仲良くするという消極的で都合のいい関係性。人間関係の難しさを感じていましたが、美術大学向けの予備校に入ったとき、不器用でエモーショナルな人たちに会えて、居心地の良さを感じました。

武蔵野美術大学に入ると、予備校時代の友だちをはじめ、大学の友人、先輩、社会人などいろんな人とつながりました。学校で学んだり、彼らと遊んだりしているうちに、学年、学科という「肩書き」のいらない「森本千絵」が確立されていったんです。その結果、卒業制作はどの専攻にも当てはまらない作品が出来上がりました。教授に「どの分野で成績を付ければいいかわからない」と言われたほどです。

——独立は昔から考えていましたか?

全く考えていませんでした。会社での仕事も充実していたのでやめる理由はなかったんです。Mr.Children「HOME」のCDジャケットの仕事を手がけたとき、環境とデザインとの関わりや、社会に伝えなくてはならないデザインってきっとたくさんあると感じたんです。愛車がカビたり、大切な家族の死など、いろんなことが重なり、独立を決めました。

滅茶苦茶だった学生時代

——さまざまな武勇伝をお持ちですが、学生時代のご自身を振り返ってどう評価されますか?

滅茶苦茶でしたね。面白いと思うことだけをしていました。あらゆる人たちと無茶をしてでも、どんな手を使ってでもエンターテインメントを追求していました。その頃の仲間とは今も一緒に仕事をしますし、私自身も変わっていません。遊ぶように仕事しているわけではないけれど、自分が面白いと思うもの以外やってないので、つまんないものはつくってないんですよね。学生当時も大学のためとか、このへんで褒められるだろうとかじゃなくて、先生の評価も超えて、自分が絶対面白いと思うことをやっていました。

もうやる!と決めよう

——森本さんは恐れ知らずなんでしょうか?

恐れることはよく知っています。感情が激しいので、悲しいときは悲しいと思うし、泣くし、傷つくから、そこはわかりながらも明るい方に向かってつくっています。サーフィンだって足元を見たら落ちるし、出産は「産む!」って決めることで進んでいったりしました。それと同じで、作品も自分が恐れてつくったら絶対恐れる方向に行ってしまいます。でも変な過剰もしません。もうダメならダメでしょうがない。矛盾しているんですけど、できるんだ、じゃなくて「もうやる!」と決めることです。

これを伝えるって決めたら伝える!と思わないとブレます。難しいけれど、自分に芯を持って、かつ、柔らかくいれば、どんなことがあっても柔軟に対応することができるんです。

——作品づくりで大切にしていることは何ですか?

漠然とした未来や世界のためではなく、何年か経ったとき、もうひとりの未来の自分に会ったときでも心が動くものをつくりたいと思っています。

独立して初めて受けた仕事が、「育育児典」でした。育育児典は10年間は販売されると言われていて、私はちょうど10年目に差し掛かったときに出産したんです。そのとき、育児に関して情報を取るのにいちばん便利だったのが自分のデザインした育育児典でした。ある日、娘が高熱を出しました。急いで育育児典を手に取ると、その内容のページが黄色地から白を抜いた上に字が書かれていて「はー!すごい見やすい!」「10年前の自分ありがとう」と思わず感動しました(笑)

例えば、赤ちゃんが泣きやまないのはほんとに怖い。当時、こんなことが起きたら怖いんじゃないかな、字が読めないくらいパニックになるんじゃないかなって想像して、見やすいように字を大きくするなどの細かいことも考えてデザインしました。赤ちゃんを抱えながらだと片手で重くて持てないと思って軽い紙を選んだり、安全のために角を丸くしたりする工夫もしています。栞紐も1本じゃ足りなくなると思って、3本に増やしました。いつか子どもができたときのことをイメージしてデザインしたんです。

本能を育てよう

——デザイナーを目指す学生に思うことやアドバイスをください。

最近、学生の作品は、客観視できていないものが多くなってきていると思います。例えば、ポートフォリオを見ると、表紙を含めて綺麗に艶やかに印刷されていても中身はペラペラ。アイデアが面白くなかったりします。いろんなことに挑戦したり、心や身体がボロボロになるほどの経験をしているのか。人の心の機微を捉えて、嫌われているかも、好かれているかも、といったことを感じているのだろうかと考えてしまいます。グラフィックデザインはそういった本能が大事になってきます。今の時代は、努力しないと本能が育ちません。

私は、大学2年でMacを購入しました。学校にも数台しかない時代、自分に投資をしました。そこでフィルターを使ったり、合成したり、使い倒しました。だからパソコンの限界も知れたんです。自分の考えているゴール、そのレベルまでは制作できる。でも、体を動かして描くことは偶然性を与えてくれて、考えた以上のものを生み出すことができます。

社会の誰かに何かひとつでもプレゼントするものがあればいいのですが、つくり手が面白いことを知っていないとプレゼントはつくれないと思います。 (インタビュー・文・写真/首都大学東京インダストリアルアート学域 佐野友優、藤澤 駿、武田真衣、秦 那実、與那覇里子、堤 隆寛)End

森本千絵/1999年博報堂入社。オンワード樫山、キヤノンなどの企業広告、松任谷由実やMr.Childrenなどのミュージシャンのアートワーク、映画・舞台の美術、動物園や保育園の空間ディレクションなど、活動は多岐にわたる。最近では、安室奈美恵出演「hulu」の新キャンペーンCMのアートワークを担当。伊丹十三賞、日本建築学会賞、日経ウーマンオブザイヤー2012など受賞多数。