【対談】「with デザイン」の考え方で社会を捉える人材を増やす。
Takram田川欣哉×東京大学マイルス・ペニントン

デザイン・イノベーションファームTakramの田川欣哉がナビゲーターとなり、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3領域をつなぐトップランナーを迎える連載「BTCトークジャム」。今回のゲストは、東京大学生産技術研究所デザイン先導イノベーション研究室/DLX Design Lab教授のマイルス・ペニントンさんです。




トーク音源はこちら




社会とラボを行き来する存在

田川 まずは、ここ東京大学生産技術研究所(IIS)に最初にいらしたときのことから聞かせてください。

ペニントン 最初の訪問は2016年の夏です。私はロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のイノベーション・デザイン・エンジニアリング(IDE)で学科長をしていました。当時のRCAは研究分野を拡大しようとしていて、サイエンスやテクノロジーに興味を持っていました。

田川さんが紹介してくれたIISも、時を同じくしてデザイン教育のパートナーを探していた。デザイン教育を推進するプラットフォーム「価値創造デザイン(Design-Led X)」のミーティングが、お互いの気持ちをひとつにしました。山中俊治教授は私に「IISに来るデザイナーの役割は、トレジャーハンター(お宝発掘者)のようなものです」とおっしゃいました。あのときから、すべてがとても速く動いたのです。私たちは長期的な戦略計画を立てるのではなく、プロトタイピングでやっていこうと決めました。

田川 英国から講師たちを連れて来たあなたを、IISの教授陣はラボへお連れしましたね。

ペニントン ええ。潜水艇やナノスケールで動くマイクロマシン、神経細胞のラボなどを見学しました。私はインペリアル・カレッジ・ロンドンとRCAに在籍していたときサイエンスの研究にも携わっていたこともあり、短い見学であっても本物の研究の香りを感じたのです。

IISは特別な場所で、「デザインラボ(RCA-IIS Tokyo Design Lab)」を立ち上げるのに最適な条件が揃っていました。120ほどのラボがここにはありますが、それぞれに5~20人くらいの研究者がいます。学問分野を超えた協働をするのにちょうどいいサイズです。彼らは産業とつながり、大学の活動を社会に役立てようとしている。そのため、研究内容の多くをオープンにすることも重要でした。

▲生産技術研究所内にあるDLX Design Lab。進行中のさまざまなプロトタイプがラボ内のいたるところにある。

田川 社会とテクノロジーの間には、常に深いキャズム(溝)が横たわっています。しかし、デザイン手法を取り入れたエンジニアは、このキャズムを跳び超えて行き来ができる。両者の間に相互作用を引き起こせる、ひじょうに力強い役割です。

ペニントン その通りです。一般的なデザイナーは、生来の人間の感覚的なものに基づき、需要や機会、社会の人々の視点を常に探していますね。でも、時にはサイエンスやテクノロジーの研究に対して否定的だったりします。これはもったいないし、彼らの力を発揮する機会を逃してもいます。

デザイナー自身が研究者となるような、新しいタイプのデザイナー像が必要だと思います。デザイナーはテクノロジーと研究者の役割を理解する必要があり、一方で研究者もデザインの力とデザイナーの能力を理解する必要があります。社会とつながり、社会に対して価値を生み出せるデザイナーの能力です。

▲マイルス・ペニントン/1992年英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)インダストリアルデザイン・エンジニアリング学科修了。セキスイデザインセンター(大阪)勤務後、97年にデザインコンサルタント会社デザインストリーム(英国)を共同設立。2009年RCAのイノベーション・デザイン・エンジニアリング学科長に就任し、13年よりグローバル・イノベーション・デザイン学科長を兼任。17年より現職。

非デザイナーに教えるデザイン

田川 僕がRCAで在籍していたコースには、エンジニアリング系の学生をデザインエンジニアのハイブリッドタイプにするという明確なゴールがありました。現在はいっそうハイブリッドの方向が進化したのでしょうね。

ペニントン ええ。自分で事業を始めるにせよ、既存の会社を再生するにせよ、社会を再考するにせよ、それらはすべて異なる方向性です。出口の方向もそれぞれ違います。今日の私たちには、どんな未来が待っているのかはっきりしません。しかし、新しいタイプのデザイナーを生み出すことで、未来も生み出せます。

田川 1990年代から2000年代のイノベーションは、主にデジタル産業から生まれました。でも、今はデジタル技術が社会のどの場所にも浸透していくフェーズですから、誰がイノベーションを牽引するのか予測するのは難しい状況です。逆に言えば、誰もがイノベーターになり得る時代ですから、デザインのスキルセットは例えば医師だったり、弁護士だったり、一般の職種の人たちにも有用でしょう。デザインの知見が「with デザイン」というかたちで社会に浸透していくだろうと思っています。

ペニントン その通りですね。ここまで新しいタイプのデザイナーを生み出す話をしてきましたが、結局は、実際に社会を再考してデザインを使える新しいタイプの人々を生み出したいということです。

田川 デザインを携えた政治家とか。

ペニントン いい例ですね。彼らは複雑なモデルを提案するし、大きなネットワークのなかで仕事をしないといけないですから。私たちがやらなければいけないことは、人々にもっとデザインの力に気づいてもらい、より良いプロセスをつくること。そうすることで、たくさんの異なるタイプの業種に影響を与えられることでしょう。

▲フレデリック・セラフィンによる、脳波を使って感情を共有するビデオゲームに向けたプロトタイプの一部。

田川 一般的な産業において、思考プロセスにおけるオペレーションでは、おそらく95%が現場を見ていて、5%以下の人たちが新しい事柄やビジネスを生み出そうとしています。どれくらいの割合の人たちが新しい事柄に向けて働くべきかというテーマは、よく話題に上ります。これはただの想像ですが、多分10%がイノベーターで、80%が現状を維持する人で、10%が物ごとを終わらせる人かな?

ペニントン ええ。いいバランスじゃないでしょうか。

田川 なぜ、このバランスなのかと言えば、僕たちの身体にとても似ているからです。生命体は、常にダイナミックなフローで恒常性を維持しています。僕たちは、どうやって社会の中で健康的なステータスを保てるのか。新しいことを始めたり、終わらせたりする割合がごくわずかになってしまったら、きっと社会は硬直したものになり、変化へのレジリエンス(強靭さ)はうまく機能しないでしょう。

ペニントン アップルのような組織を考えると、今は20~30年前と比べてはるかに大きくなりましたが、コアなデザインチームというものは変わらずにとても小さいままです。

田川 たしか25人ほどですよね。
ペニントン 多くのメンバーがいる一方で、新しいイノベーションはその25人のコアな人々の中で起こっています。でも、アップルという会社の文化は、そのすべてがデザインで築かれているんですね。みんなが同じ戦略的な哲学を持っていて、同じ精神性があって、コミュニケーションが持てているということです。

もし、自分の会社がそうしたクリエイティブなハブからの流れをつくれていないなら、おそらくより大きなコアチームが必要です。会社文化を変革するのは、とても難しいのです。ときにはそのクリエイティブなコアを外部に持つ必要があるでしょう。




日本企業と生涯教育の関わり

田川 とりわけ日本企業がもっとイノベーティブになろうとしたとき、ハイブリッドタイプの人材は、リーダーが企業文化を変革する際の武器のひとつになるでしょう。でも、僕たちは状況がそう簡単ではないことを知っています。イノベーションのプロセスにおいて、既存の会社文化は強固すぎるのです。

ペニントン IISに来てかれこれ2年ですが、「どうしたら日本企業の文化を変えられるか」という質問はよく受けます。そして、それはとても難しい。かつての日本企業はとてつもなくイノベーティブでした。素晴らしい人物がいて、彼ら/彼女ら自身で戦後の社会を立て直しました。でも、この数十年間で人材は最適化されてしまい、会社はすっかり効率化されました。いわゆる工業化のモデルです。
 
今の日本企業は、他国の企業から挑戦される側にあります。ですから、全体的な構造やマインドセットを変える必要があり、もっと機敏でイノベーティブな組織になる必要がある。ミドルエイジの人々は「最適化こそ大切」と思っていますが、彼ら/彼女らが変わらないといけない。ここが日本企業の課題だと感じます。若者に対してだけでなく、すでに仕事に就いている人に対して教育を届けるのも私たちの仕事です。

田川 それが、デザインラボが東京大学の外でデザインアカデミーを始めた理由なのですね。


▲社会人向けのデザインアカデミーは、アイデア創出からプロトタイピングまで、デザインに必要なさまざまなプロセスを学ぶ機会として学外で定期的に開催されている。©DLX DESIGN ACADEMY

ペニントン そうです。デザインアカデミーはプロフェッショナルへのトレーニングを行っていますが、キャンパス外で行っているのには意図があります。それは、長期的な視野で教育を再創造することです。大学のモデルは産業の中で最も古い形態のひとつであり、教えるという行為は数百年もの間、実質的には変わっていません。でも、現代にはもっと機敏で、さらに柔軟性のある学びが求められています。

自分が受ける教育は、人生の最初の20%だけで行われるものがベストでしょうか。教育を受けたいと思ったとき、1年ないし2年の期間で集中して誰もが学べたらいいと思いませんか?

田川 人生は長くなっていますからね。

ペニントン そう! こんなに長く働くことになるとは言われていなかったですよ(笑)。教育から離れて50年、60年も経って仕事をしているのは、おかしなことです。若者たちには素晴らしくオープンなマインドセットと好奇心がありますが、集中力に欠けて、方向性がないのが短所です。私たちは歳を重ねると自然とオープンなマインドセットや好奇心を失いますが、集中力と方向性が得られます。

ミドルエイジのための教育では、彼らのマインドセットを壊す試みをしています。ある意味では、それは非デザイン系の人にデザインの教育をするのと同じことですね。既存のマインドセットを適切なやり方で壊す。変化の必要な、頑固で偏った考え方の人々に対して、私たちはかなり健闘していると思いますよ。

田川 とても楽しみですね。

ペニントン デザインイノベーションは、ますますエキサイティングなものになっています。あなたや私がRCAにいた頃は、新しいテクノロジーを想像してアイデアを生み出していました。デザインが描く理想や夢というものに対して、テクノロジーは一歩遅れていたものだったのです。

今は変革の大きな波が来ていて、もう未来は夢見るものではなく、未来を操縦する段階に来ました。そこには怖さもあります。多くのテクノロジーはとてつもないパワーを持っていますから、デザイナーやイノベーターはそれらを慎重に操縦していく必要があるのです。End


▲田川欣哉(たがわ・きんや)/1976年生まれ。Takram代表。東京大学機械情報工学科卒業。ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。

ーーペニントン教授はRCAを拠点にヨーロッパのデザインイノベーション教育を牽引してきた実力者。これまでも彼のもとから、テクノロジーとデザインを高度に扱う次世代人材が多数輩出されてきました。ここから数年、東京大学の中でペニントン教授を中心にどのような化学反応が生まれてくるか、次の展開が本当に楽しみです。(田川)




写真/井上佐由紀




本記事はデザイン誌「AXIS」201号「ホテル、その新しい潮流」(2019年10月号)からの転載です。




トーク音源はこちら