【対談】デザインも建築も、事業の枠組みを「編集」して越えてゆける
Takram田川欣哉×サポーズデザインオフィス谷尻 誠

デザイン・イノベーションファームTakramの田川欣哉がナビゲーターとなり、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3領域をつなぐトップランナーを迎える連載「BTCトークジャム」。今回のゲストは、サポーズデザインオフィス共同主宰の谷尻 誠さんです。




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やりたい仕事を指し示す

田川 ここ「社食堂」は井の頭通りに面していて、プライベートのような、パブリックのような、中間的な感じがいいですね。東京オフィスのメンバーは何人ぐらいですか?

谷尻 設計スタッフ20人くらいと、飲食チームが6人くらいです。働くことを食でサポートしてくれる「おかん(お母さん)」が会社にいるという設定なんですよ。メニューは日替わりで、利用者が選ぶ余地があまりありません。子どもが家で夕飯を選べないのと同じですね。こういうコンセプトだと他のレストランともバッティングしないし、スタッフの健康を管理する目標が達成できると思ったんです。

田川 運営も自分たちでやっているんですか?

谷尻 はい。社食堂を始めるときにインスタグラムで募集したり、知り合いを伝手に飲食出身の人を探したりして、会社に入ってもらいました。飲食事業が少しずつ広がっているので、将来は別会社にしないといけないなと考えています。

▲東京・代々木上原にある「社食堂」は、サポーズデザインオフィス東京オフィス兼飲食店。

田川 普通だと運営は外部に委託するとか、別の人たちに入ってもらうとかしますよね。

谷尻 たとえ規模は小さくても、食べることであったり、商品をお客さまに売ることだったり、泊まってもらうことだったりというのを、自分たちで運営してみる。その大変さがわかってこそできる設計もあるだろうし、自分たちの設計手法をどんどんアップデートしていけると思ったんです。その結果、クライアントと運営目線でちゃんと話ができるので、信頼してもらえるようになりました。

田川 建築という軸があって、そこからはみ出す自由度があるところが面白いです。谷尻さんは、やりたいことを次から次へと思いついちゃうでしょう?

谷尻 アイデアはすごくたくさんあるんですけど、建築に関係のないことはやらないと決めています。そうやって時間を蝕まれないようにして、今は遊びながら働いている感じですね。

遊んでいて「これやったほうがいいよね」とか「もっとこういうことをやる必要があるな」ということが見つかると、自分たちでやれるものなら企画して、設計して、施工会社もあるので施工して、運営チームが徐々にでき始めているので運営もする。こうやってクライアントワークじゃないプロジェクトをつくり出します。

自分たちのそういう姿勢をリアルなポートフォリオにすればいい。この社食堂も実際に見に来て、「こういう働き方はいいね」と共感してもらって、仕事を頼んでくださる方もすごく増えてきました。頼まれた仕事ではなく、自分たちで「やりたい仕事」を指し示しながら、新たにつくり出すスタンスのほうがいいなと思うようになったんです。


▲社食堂のメニュー「サポーズカレー」と、肉か魚の主菜を選ぶ「日替わり定食」の一例。

検索に時間を奪われない

田川 谷尻さんの会社は、建築と何かの掛け算でいろいろやってみたい人にとって、いい職場でしょうね。

谷尻 社内ベンチャーみたいな動きがどんどん出てきたらいいと思っています。建築業界って、ベンチャーがないんですよ。最近は3Dプリンターを使うところなども徐々に出始めたかもしれないけれど、サービスを提供する設計事務所というものはない。以前、Origami代表の康井義貴さんがうちの事務所に来たときに「谷尻さんのところって、ベンチャーだよね」って言ったんです。

田川 やっていることがベンチャー的ということですね。

谷尻 でも、そのとき「ベンチャー精神はなかった!」とハッとして。世の中をもっと良くするために何ができるか考えないとダメだよなと思って。そこから自分の肩書をあえて「建築家/起業家」に変えました。

田川 このインタビューシリーズのなかで建築系は谷尻さんが初めてのゲストですが、活動を見ているとやはりBTCの三つ巴ですね。

谷尻 テクノロジーで言えば、僕らはtecture(テクチャー)という会社もつくってアプリを出そうとしているんですよ。まだ一般公開していないですが、このスマホでARを起動して、こうやって写真にかざすと……。

田川 おお! 画面の照明器具のところにメーカー名が浮き出ました。

谷尻 ボタンを押すと詳細情報が出て、そのまま家具メーカーや建材メーカーにコンタクトできます。最初のうちはこうした情報をスタッフが埋め込んでいき、そのうちAIがだんだん学んでいって、将来はリアルなモノにカメラをかざすだけで、自動で情報が出てくる未来をつくろうとしています。

田川 なんでこれをつくろうと思ったんですか?

谷尻 ある日、事務所をウロウロしていたら、住宅や建築の雑誌を机に積んだスタッフが、みんなパソコンで検索しているのに気づいたんです。調べるのに時間が奪われているから、考えたり、図面を描いたりといったクリエイティブな仕事に時間を費やせていない。だからみんな遅くまで働くのかと。それなら、情報までサッサとたどり着ける仕組みをつくればいいと思ったんです。

自分ではつくれないので、AR三兄弟の川田十夢さんにすぐ企画書をつくって見せたら、「すごく可能性があるから僕がやるよ」と言ってくれて、「それじゃあ、会社をつくってちゃんとやりましょう!」と始まったんです。

田川 この手の動きをしている建築家はあまりいないですよね。一口にクリエイティブ系と言っても、デジタルワールドの住人と物理ワールドの住人って、基本は完全に別ですし。谷尻さんのように、建築からデジタル側に行こうとしている人はまだ少ないと思うけど、どう考えても10年後はそのふたつはクロスオーバーしているはずです。

谷尻 エンジニアと会話できない経営者なんて、マズいかもしれないですよね。

田川 そうです。その未来が見えている起業家や事業家たちはアグレッシブにチャレンジし始めているし、このふたつをそもそも別だと思っていません。それぞれいい面、悪い面があって、組み合わせ方や編集の仕方が大事だと考えている。そんな人たちの話はすごく刺激的です。

▲谷尻さんが川田十夢氏、佐渡島庸平氏、山根脩平氏らと設立した新会社tecture(テクチャー)では、建築、インテリアの詳細情報をワンストップで検索できるARアプリケーションの開発が進められている。社名は「テクノロジーでことを起こす」という意味を表した造語。

戦う場所を変えてみる

田川 ウェブを拝見したんですが、年間ですごい仕事量ですね。昨年だけで30件くらい完成しています。

谷尻 常時120~130のプロジェクトが動いているから、現場の移動も多いです。

田川 それだけの数を回す、仕事のコツみたいなものがあるんですか?

谷尻 建築家というのは、自分でプロジェクトを支配したい人が多いんですよ。僕はその逆で、自分の思い通りにならないほうが良いと思っています。思い通りのものができ上がっても、感動できないじゃないですか。

もう20年やっているから、クオリティは保てます。そうした収まりのうえで、もっといろんな人の思考が渦巻いて完成するものがいいんじゃないかなと思うんです。だから、できるだけ支配しないように心がけています。スタッフが変なことを言っても、「そこが実は面白いのかもなぁ」とか。結果として多様なものが生まれています。

田川 僕は自宅から会社まで歩いて行くんですけど、その途中に「hotel koe tokyo(ホテル コエ トーキョー)」があるから、この施設のヘビーユーザーなんです。普段から谷尻さんたちの仕事に接していて、「一緒に仕事をすると楽しそう」というオーラを感じるんですよね。さっきのARの話にしてもそうだし、飛躍のあるアイデアにも柔軟に耳を傾けてくれそうな期待感を自然と感じてしまいます。

谷尻 僕自身に欠落している部分が多いからこそ、補い合えるチームになっていると思うんです。スタッフがいなくなったら、僕は何もできない。たいしてCGもつくれないし、図面は辛うじて描けますけど、模型は今つくれと言われてもすごい時間がかかりそうだし、めちゃめちゃ戦闘能力が低い。でも、逆にスタッフはその能力が高い。僕は彼らのできないところ、新たに切り込んでいくところとか、新しい概念を提示するところに長けているので、それが合わさっていいチームになっています。

▲谷尻 誠(たにじり・まこと)/1974年広島県生まれ。建築家/起業家。94年穴吹デザイン専門学校卒業。2000年建築設計事務所サポーズデザインオフィスを設立、14年に株式会社化。吉田 愛と共同主宰を務める。建築設計業のみならず、「社食堂」の運営やモバイルアプリケーション開発など活動は多岐にわたる。穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授。

田川 谷尻さんみたいなタイプの建築家が増えるといいですね。仕事の選択肢が、もっと多様であっていい。20年後の職業って、今はないものが多いはずじゃないですか。それなのに、既存の職業の枠組みに、自分の仕事を合わせよう、そこで上手くやろうとしてしまうのは、教育の問題じゃないかとも思います。

谷尻 昔の人はいろんなことが不自由だったから、何とか良くしようと毎日がイノベーティブだったわけです。今の時代、いろんなものが揃っているから、そこから選ぶことが当たり前になっている。「もっと良くしよう」という意識が、便利さと引き換えに少なくなっているんじゃないかな。
 歴史というのはイノベーティブな継続の先に続くはずなので、昔の人が残したものを大事にするばかりだと、現在やっていることが100年後まで残りません。今、僕らがやらないと、未来に良い歴史が残らないんじゃないかな。田川さんもそういうふうにやられているでしょう?

田川 常に新しい領域に踏み入っていきたい好奇心というか(笑)、今の言葉にはすごく共感します。

以前どこかのインタビューで読んだのですが、谷尻さんがバスケットをやっていたとき、スリーポイントのラインより1m下がってロングシュートを打つようになったら、すごく入るようになったという話が面白くて。

谷尻 谷尻 誰にも邪魔されないですからね。

田川 あえて戦う場所をずらす、みたいなね。

谷尻 建築業界には、いい大学を出て、いいアトリエに入ってというサラブレッドが多いです。大学も出ていなくて建築事務所にも所属したことのない僕が、今からサラブレッドにはなれない。だったら自分のレース場で戦ったほうが有利じゃないですか。彼らに敬意は払うけれど、真似していても未来はないなと思ったんです。

バスケットでも、背の小さい僕がどうやって自分のフィールドをつくるかを考えたとき、むしろ不利な場所をとったほうが有利なことってあるんだなという学びがあった。それと同じことを建築でもやっているという感じですね。

田川 その考え方、すごく事業家っぽいですよ。デザイン業界も、建築業界も、評価の仕組みはでき上がっているから、そのなかでいちばん上に行こうとする発想が普通じゃないですか。全然違う場所で戦うことって、あまり学校でも奨励されないし。

谷尻 僕の周りの友達はどちらかというとベンチャーだったり、新しいことにトライしたりする人が多いので、この話に共感してくれます。でも、建築家とはそういう話題にならないから「いったい、この差は何だろう?」とずっと思っていました。

田川 確かに事業家にはそういうことを考えている人たちが多いです。大企業がひしめいている場所で、スタートアップが普通に戦っても勝てないから、「小さい自分たちが、どこだったら勝てるのか」と散々考えています。

谷尻 それって、なんだか自分を肯定する作業と近いですよね。

田川 今は食堂やホテルを手がけられていますが、この先もいろいろあり得そうですね。

谷尻 美術館もやりたいですね。自分たちで美術館をつくる!

田川 本当に、未来を感じます。いいなぁ。End


▲田川欣哉(たがわ・きんや)/1976年生まれ。Takram代表。東京大学機械情報工学科卒業。ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。

ーー谷尻さんが肩書として、建築家/起業家を名乗る理由が、今回の対談を通してスッとわかりました。建築家と言うとやれることが狭すぎる。起業家と言うと自分の特徴が消えてしまう。なので「/(スラッシュ)」を使い、ふたつの肩書をつないで使う。これは、クリエイティブ領域を得意とする人たちが、今後BTCを実現していくうえで、ひじょうに参考になるスタイルだと思いました。(田川)




写真/井上佐由紀




本記事はデザイン誌「AXIS」203号「Tokyo 2020 Olympics」(2020年2月号)からの転載です。




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