これからのモビリティについて考える。
キーワードは感染予防設計と社会のモビリティ化

これまでのモビリティは、「目的地に自ら赴く」イメージが強かった。しかし、コロナ禍によって、人々は家に止まりながらリモートで会合を持ち、ECや宅配サービスで目当てのものを自分の元へ呼び寄せた。COVID-19は多彩なモビリティの選択肢があることを改めて気づかせたのだ。これは待ち望まれていた変化への前奏曲なのかもしれない。

▲©️うごく街

人の流れが激変

2020年春、「ステイホーム」は世界の合言葉となり人々の移動が激減。これまでどんな対策を打っても改善されなかったラッシュアワーの混雑も一気に解消された。COVID-19は、世界の人々の流れを変えた。

日本では政府の専門家委員会が「公共交通は感染クラスターを生まない」と見解を示したこともあり、緊急事態宣言の解除後、都市部にラッシュアワーが戻ってきた。しかし、国土交通省の統計では公共交通機関の利用者数は首都圏、関西圏ともに宣言前と比べ7割ほどの水準で、当面、元には戻りそうにない。

一方、自家用車や自転車での移動は増えている。自動車には感染症から身を守る防護服としての側面もあり、にわかにドライブスルー形式の販売なども注目を集めた。駐車している自動車を、家では確保しにくい静かな個室として利用するケースもあるようで、居住性の高い車種を中心にクルマの購入意識が高まった。

これまでコストパフォーマンスが高かった公共交通の量が沈んだ分が、より低コストな「ステイホーム」と、個人に対しても、環境に対してもよりコスト高な「個別移動」の二極に分かれたかたちだ。

だが、COVID-19を含む感染症の発生には環境問題も大きく関わっているとの見方もあり、環境負荷を抑える観点からも、全体での移動コストを下げる工夫が必要とされている。

▲プリーストマングードは、エコノミークラスをゾーン単位で区切りシートごとの独立性を高めた「ピュア・スカイズ・ゾーン」、ビジネスクラスをカーテンで仕切った「ピュア・スカイズ・ルーム」としたコンセプトデザインを公表した。

感染予防は、もはやモビリティ設計の基本要素

打撃の大きかった公共交通機関だが、対応は速かった。航空会社は優先搭乗の取りやめや機内サービスの簡略化を、鉄道会社は車内換気やマスク着用を呼びかけるなど、それぞれ現行でできるニューノーマルを規定し利用者に呼びかけた。一部鉄道会社はさらに混雑時間データを公開し、時差通勤を推奨している。

一方で、今後、乗り物がどう変わるべきかを考えるヒントも出始めている。

デザイン事務所の英プリーストマングードは、これからの飛行機の客室デザイン案を公開した。抗菌素材や衛生状態が可視化される素材の利用、カーテンやパーティションでシートの独立性を高め、ポケットや余計な隙間による接触感染のリスクを減らした設計など、他の乗り物にも応用できそうなアイデアが詰まっている。だが、もっとも大事な視点は、これが今回のCOVID-19への対応ではなく、今後、再び起こり得る感染症流行に備えたアイデアとして提案されている点だ。COVID-19は、これからのモビリティを考えるうえで感染予防設計が欠かせないと気づかせてくれたきっかけではあるが、人類を襲う最後の感染症ではないという視点は重要だ。

ところで、デザインだけの工夫では対策しにくい飛沫感染や空気感染のリスクを下げる感染予防設計にはセンサーテクノロジーが有望そうだ。

九州大学システム情報科学研究院教授の荒川豊は、「公共交通でも“三密”を可視化することで、利用者に安心を与えることはできる」と語る。

JR東日本では最新車両のサスペンションに重量センサーを組み込み、車両ごとの混雑度をモバイルアプリを通して可視化しているが、これと同様に有望なのが「CO2センサー」だ。重量センサーとの組み合わせにより、車両内の人々の密接度の把握が可能だ。重量センサーのない古い車両でも、後付けが容易なCO2センサーによって、換気の度合いの指標になるという。

今後、駐車場や建物の屋内でも、こうしたセンサーが設置され、人流や物流を把握し最適化するIoT化、スマートシティ化の流れが加速し、モビリティばかりか街自体に感染予防設計が組み込まれていくのかもしれない。

ただし、ベストセラー作家のユヴァル・ハラリは、感染防止のためのテクノロジー利用が管理社会を招くといった警告を発し大きな反響を呼んでいる。不安を大きくしないためにも、プライバシーに対しては最大限の配慮が必要だろう。

▲CO2センサー搭載車載GPSプローブ。CO2濃度を測ることで空気の換気状態がわかる。また、閉めきった状態で使えば何人が乗車しているかがわかるという。

社会のモビリティ化を進める大きなチャンス

COVID-19後のモビリティの議論を深めると、必ず地方創生を含めた街づくりの議論にまで発展する。

そんななか、早々とそれを都市と地方の新しい関係性を示す具体的提案にまで昇華させたのが、一般社団法人うごく街だ。各社で働く、さまざまな専門性を持つ人々が、思いをかたちにすべく設立した。

緑が多く人の密度も少ない南アルプスに都内で働く人たちの第2の生活や仕事の拠点をつくろうというプロジェクトで、広大な自然のなかで、人々が軽トラックをベースにしたオリジナルのモビリティを建物代わりにして過ごすという構想だ。屋外にテントを張って仕事場にしたり、夜は寝室化した軽トラックで寝るというアイデアだが、それだけでなく「キッチン、バー、DJブース、公共トイレなど、街としてのさまざまな機能をこのオリジナルモビリティを通して提供する」とコアメンバーのひとりでモビリティサービスディレクターの今井武は語る。

これまで不動産で実現していた設備をモビリティを使った動産にしたことで、人の密度に合わせて設備の距離感などを調整できるこの案は示唆に富む。日本国政府が奨励するワーケーションのあり方としても注目だが、われわれの社会を構成する要素は、実はすべてモビリティ化できるのだという視点も与えてくれる。

▲街の構成要素を軽トラックをベースにしたオリジナルモビリティにして、場所に縛られない開放的な暮らし方、働き方を提案する「うごく街」。

建築家/デザイナーで鉄道デザインでもよく知られるイチバンセンの川西康之も中山間地域の価値や一次産業の支援が「人々がそもそも動く理由をつくる」ために大事だと考える。「モビリティでいちばん大事なのは交流人口を増やすことで、それはパンデミック後も変わらない」と川西。

今こそモビリティを根幹から考え直すタイミングで、変化をうまく利用すれば、「これまでの過疎化、過密化、一極集中といった問題を避けながら交流人口を増やすこともできる。それを形にしていくのはデザイナーの役割だ」と力説する。変わるしかない現状は、デザイナーにとってチャンスだとも付け加えた。

7月、米ボストンのコンサルティング会社、アーサー・D・リトルがUITP(国際公共交通連合)との共同研究として「フューチャー・オブ・モビリティ・ポストCOVID」と題した世界各地の30の組織の70人をインタビューした40ページの報告書を公表した。示唆に富んだ必読の報告書だが、ここでも「病気が社会を形づくる」として、COVID-19をモビリティを大きく変える好機と捉える。骨子となっているゲームチェンジャーとなる6つの視点は、これからのモビリティをシステムレベルから長期視点で見直すことの重要性や、それをなすには官民の協力体制が必要であること、目指す目標のひとつは手段や運営会社の壁を超えた統合型のモビリティ管理モデルの導入で、これを使って街全体のリソースの配分をリアルタイムで最適化する必要性などが語られている。

COVID-19は、不動産に縛られた社会から、モビリティを中心に設計し直された新しい社会への変化の前奏曲なのかもしれない。(文/林信行)End

本記事はデザイン誌「AXIS」207号「次のデザインはどこから?」(2020年10月号)からの転載です。