吉岡徳仁とLIXILが“集火台”に込めた想いとは
やきものの町・常滑から目指す共生社会

閉幕した東京2020パラリンピック競技大会で灯された聖火。これはパラリンピック発祥の地であるイギリスのストーク・マンデビルと日本の47都道府県から集められた炎をひとつにしたものです。新国立競技場での開会式に向けては、各都道府県でも「採火式」が行われ、各地からさまざまな想いを込めた炎が集められました。

そのうちのひとつ、愛知県常滑市では、今大会の聖火リレートーチを手がけたデザイナーの吉岡徳仁さんが「常滑市の火」を灯すための集火台をデザイン。この集火台は、地元の子どもたちや障がい者、さらには同市発祥のINAXブランドを擁するLIXILの協力のもと、約2年をかけてつくり上げられたものでした。

トーチ同様、桜をモチーフにした集火台に、吉岡さんやLIXILが込めた想いとは。8月14日に行われた集火式の様子を取材しました。

満開の桜のなかで輝く炎

「123人の子どもたちと障がいがある方々の想いがこもったものです。本当に素晴らしい集火台ができたと思います」。

東京2020パラリンピック開幕の10日前、常滑市にあるLIXILの文化施設「INAXライブミュージアム」で行われた集火式で、吉岡さんは自身がデザインした集火台を前に少し感慨深げに話しました。

▲集火式であいさつする吉岡徳仁さん。
集火台は2年の歳月をかけて制作され、8月14日の式典で初めて公開された。

初披露された集火台は、磁器でできた159の桜の花冠の中心で、炎が輝く幻想的なデザイン。重なり合った花びらの隙間で炎がゆらめき、満開の枝先のような淡いピンク色の半円が、明るく色づいているように見えます。

式典では、この集火台に「常滑焼の火」と「LIXILの火」が同時に灯されました。常滑焼の火は、1000年近い歴史を持つ国の伝統工芸品・常滑焼を象徴する火として、同市「とこなめ陶の森 陶芸研究所」の窯から採火されたもの。また、この町をやきもの製品の発祥の地とし、集火台の企画制作を担ったLIXILの工場から採火した火はLIXILの火として集火されました。

集火台は、このふたつの火を「常滑市の火」としてひとつにするためのもの。この日、プロジェクトに関わった子どもたちや障がい者施設の人たち、関係者らが見守るなか、ふたつの火は「常滑市の火」として集火台でひとつになりました。

▲「常滑焼の火」と「LIXILの火」が地域の人々らの手によって同時に灯され、「常滑市の火」となった。

常滑にゆかりあるLIXILとともに

集火台の制作プロジェクトがスタートしたのは2019年のこと。LIXILが吉岡さんに対しデザインの協力を依頼したことがきっかけでした。

コーポレートレスポンシビリティ戦略(企業の社会的責任)のひとつに「多様性の尊重」を掲げる同社は、共生社会の実現に向けた活動として4年前から各地の小学校で「ユニバーサル・ラン〈スポーツ義足体験授業〉」を続けてきました。

子どもたちが体験用の義足を実際に履き、義足使用者の経験談に触れることで、義足を使いこなすことの難しさを体感し、障害がある人々への理解や、多様性を尊重するきっかけとする——。全国238校の17,000人以上の小学生に対してこうした授業を行ってきた同社では、東京2020パラリンピックを共生社会づくりへの契機とすべく、協賛・応援してきたといいます。

同社で東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部長を務める佐竹葉子さんは、吉岡さんにデザインを依頼した経緯について「想いをかたちにするという考え方、ものづくりに対する姿勢、そして何より子どもたちに対する温かい視線に大きく共感し、依頼をさせていただいた」と振り返ります。

▲子どもたちによって彩色されたやきものの花弁。

依頼を受けた吉岡さんは早速イメージパースを制作。テーマは「子どもたちとともにつくる集火台」とすることに。LIXIL側と協議を重ねるなか、吉岡さんがデザインした桜の花弁を子どもたちが自らの手で成形するといった案が浮上しました。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大による大会の1年延期が決定。プロジェクトも中断を余儀なくされました。

▲吉岡徳仁デザイン事務所で構想された当初のイメージ。
子どもたちが携わるというグランドデザインは「イメージ当初から完成していた」という。
写真提供/吉岡徳仁デザイン事務所

偶然性の美しさを

一方、コロナ禍の中断のなかでも、吉岡さんは一貫して「子どもたちが手がけたほうがおもしろい作品になる」という想いを描き続けました。

「完璧な作品には、逆に何かが足りないように感じるんです。むしろ、不完全なものや偶然性のなかにこそ美しさがあると思う。完璧からどう崩していくかを考えたかった」。

こうした考えのもと、2021年6月にワークショップを実施。感染拡大防止に配慮し、吉岡さんはリモートでの参加とし、常滑市内の小学生と市内の障がい者施設に通う人たちが参加しました。参加者は4種類の釉薬のなかから、2色を選んで着色。あらかじめ形成された素焼きの花弁に釉薬を施していきました。

▲2021年6月に行われたワークショップ。
リモートで参加した吉岡さんは「想いを込めること」について子どもたちに語った。
写真提供/吉岡徳仁デザイン事務所

ワークショップに参加した地元の小学校に通う北川遥理はるのりくんは「みんないろいろな塗り方をしていて、楽しかった。障害のある人たちが参加するパラリンピックのことも知れてよかった」と話します。

また、着色に先立って、LIXILの制作チームが自然の桜を模して花びらをひとつひとつ加工。素焼きの後、子どもたちの手によって着色された花冠は、とこなめ陶の森 陶芸研究所とINAXライブミュージアム内のやきもの工房で焼成。窯の温度は釉薬の色を鮮やかに引き出す1,250度に設定されました。

▲釉薬は自然の色合いに近づくよう微妙な調整が繰り返された。

▲花弁は4種類の型でおおまかなかたちを形成したうえで、INAXライブミュージアムやきもの工房の芦澤忠さんらが、1枚1枚自然の桜の花を模してかたちづくっていった。

「つくりながら自分も感動したい」

こうして迎えた集火式は、制作プロジェクトに関わってきた関係者全員にとって、大きな節目となるものでした。

式典に続いて開かれた公開取材イベントのなかで、プロジェクトに携わったLIXIL社員は「職人だけでつくるのならそれほど難しくはなかったかもしれない。けれど、子どもたちや障がい者の方々と一緒につくるんだということを吉岡さんは繰り返し話しておられた。試作段階では実現不可能だと思ったこともあったが、こうしてかたちにでき、皆本当に感激している」と感想を述べていました。

▲同社東京2020オリンピック・パラリンピック推進担当の伊木直輝さん。
この日の集火式は、プロジェクトに関わってきた関係者全員にとって大きな節目でもあった。

それを受けて吉岡さんは「難しい要望をかたちにしていただいて、本当に感謝しています」として、「今回の作品は、『美しいもの』をつくることが目的ではありませんでした。目的は、皆の想いをかたちにすること。だから常に『人の心』に軸を置いていました。陶器を用いるという自分にとっても初めての体験のなかで、僕自身も皆でひとつの作品を共につくりながら感動したいと思った。実現できるかできないか、関わった人たちとのギリギリのやり取りのなかから感動が生まれたのだと思う」と話します。

▲集火式の式典に続いて公開取材イベントも行われ、YouTubeで同時配信された。

集火台のデザインを通して、吉岡さんがかたちにした多くの人の「想い」。けれどもそうしたコンセプトは、実は集火台制作プロジェクトの数年前から、吉岡さんとLIXILの間で育まれていたものでした。

仮設住宅の窓から生まれた聖火リレートーチ

2013年の招致決定後、吉岡さんが数年間かけてデザインし、日本各地を巡った東京2020オリンピック・パラリンピックの聖火リレートーチ。このトーチには、東日本大震災の仮設住宅で使用された窓枠などのアルミニウムが再利用されています。当初、吉岡さんは、被災地の方々へ想いがつながるような素材がないかと模索していました。

▲聖火リレートーチのデザイン公募は2017年秋に行われた。
吉岡さんはその時点で、独自の試作を約4年にわたって続けていたという。

「2017年、吉岡さんから『被災地の想いをテーマとした桜のトーチをつくりたい』と要望をいただいたのが、一緒にお仕事をさせていただいたきっかけでした。話をもらい、自分たちに何ができるかを社内で考えたとき、案として挙がったのが、弊社が携わった解体される仮設住宅のアルミを再利用するというアイデアでした」。佐竹さんはそう振り返ります。

▲公開取材イベントに出席した佐竹葉子さん。同社で東京2020オリンピック・パラリンピック推進本部長を務める。

仮設住宅は、住んでいた人たちにとっては命をつないだ場所であり、暮らしを立て直すきっかけともなった場所。さまざまな想いが詰まった場所の一部を、かたちを変えて未来につなげられれば——。LIXILからの提案に、吉岡さんは「それが実現できたら、きっと素晴らしいトーチができる」と確信したそうです。

当時、東北の被災地では、復興に伴って仮設住宅から恒久住宅への移転が進みつつあり、制作チームは住民の協力を得て、仮設住宅の窓サッシなどに使われていたアルミ建材を、解体時に回収。約800軒分を茨城県のLIXIL下妻工場へ運び、再度アルミ合金として素材化しました。

▲東日本大震災の仮設住宅で使われたアルミ建材を解体時に回収し、溶融して再利用できるようにした。「仮設住宅で生まれたコミュニティや被災者の方々の想いを、何かのかたちで今回のパラリンピックへつなげたかった」(佐竹さん)。

「実際、簡単なことではありませんでした。また、住民の方々には当時まだ詳しい話ができる段階ではなく『復興オリンピック・パラリンピックを象徴するものに使用させていただきます』としか言えませんでした。それでも、多くの方が想いを汲んで提供してくださった。そうした人たちの協力があってこそ、かたちにできたのだと思う」と佐竹さん。

吉岡さんは「自分のなかで、作品をつくるプロセスは完成した作品と同じくらい大切にしている。アルミ再利用のアイデアをいただいたとき、ちょうど仮設住宅の解体が各地で始まるタイミングでもあった。奇跡が重なったようにも感じています」と語りました。

普遍性と可能性を秘めた素材

トーチの完成後、「想いをかたちに」という吉岡さんのものづくりにかける姿勢に共感したLIXILが、吉岡さんとの“再タッグ”を要望。そして実現したのが、この日披露された集火台でした。

▲ひとつひとつ異なる花弁の釉薬の色合い、流れ具合が有機的な温かさを感じさせる。

吉岡さんはデザイナーとしてのキャリアのなかで、常に新たな素材やテクノロジーの可能性を追い求めてきました。

しかし今、吉岡さんは「最新のテクノロジーをふんだんに使ったデザインは、化学調味料で味付けした料理のようなもの」と語ります。瞬間的に人を惹きつけはするものの、長く愛され続けるものにはならない。現代において、テクノロジーは1年もすれば古くなる。むしろ「自然由来のプリミティブな素材や、伝統的な工法・技術のほうが、美しさをより長く持続させると思うようになった」と言います。

▲集火式には、ワークショップに参加した子どもたちや障がい者の人たちも参加。そのひとり、小学4年生の北川遥理はるのりくんはワークショップ参加者の募集を知り、すぐに手を挙げたという。

自然の土を焼き固めてつくる陶磁器。吉岡さんはこの素材を「本物の素材」と呼びます。普遍性があり、そしてまだ見ぬ可能性を秘めた素材。そんな素材に「人の想い」という物語を練りこんでいく。だからこそ「デザインは、“消費”されるものであってはならない」。

「子どもと一緒に何かをつくれば、それでいいわけではない。子どもたちが携わりながらも高い完成度であり、かつこれまでに見たことのないものであり、10年、20年後に手がけた彼ら自身が自慢できるようなものをデザインしなければと思いました。そのためには作品のストーリーが欠かせないのです。物語に作品を介して感動し、そしていつかそれが社会のどこかで役立つことがあれば、デザイナーとしてこれほどうれしいことはありません」。

イベント終了後、そう語った吉岡さん。

「この花びら、私が塗ったやつかも!」「もっと近くで見てもいいよ」。式典終了後、ワークショップに参加した子どもたちと言葉を交わす吉岡さんの穏やかな笑顔が印象的でした。

▲写真提供/LIXIL

桜をモチーフに、吉岡さんがデザインした集火台は、愛知県常滑市のINAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」で2021年9月30日まで展示公開されます。End

文/安藤智郎(あんどう・ともろう)
写真/高橋マナミ(たかはし・まなみ)