AXIS THE COVER STORIES
追悼 仲條正義氏

2021年10月26日に仲條正義氏がご逝去されました。
本記事は2000年7月19日に仲條氏が語られた内容をAXIS vol.87、AXIS THE COVER STORIESより抜粋し、掲載しています。

「『かすれ』や『ゆがみ』、『にじみ』といったものが好きなんです」

ーー相変わらずお忙しいようですね。

ちょうど今、広告の仕事をしていて、外での打ち合わせが多いんです。机に向かう時間がすっかり少なくなってしまって困っているところです。資生堂の「ピエヌ」というブランドの広告ですが、そのADというより、アドバイザーというのか……。実は僕は広告の経験がほとんどないので、最初に話をいただいたときにはできるかどうか不安もありましたが、 常の仕事とは違うなかで新たな発見もあるだろうと、結局ふたつ返事で引き受けたんです。

▲2015 The packages of Shiseido Parlour

 スタッフは僕よりも若い人ばかりですが、みんな長年その道に携わってきたプロですから。仕事のうえでは“アニキ”のような存在といってもいい。そんななかで僕の役回りというのは、変化をうながすこと。あえて異質なものを入れることによって起こり得る変化。それを期待されて呼ばれたのだと思っています。
  
ーー実際、どんなアドバイスをされていますか。

若い人たちはひじょうに緻密に作業をこなしていきます。それに対して「きれいごとじゃなくて、もっとぐちゃぐちゃさせたほうが面白いんじゃないの」といったようなことを意見したりしています。広告は芸術でもなんでもなく、むしろテレビ番組や映画をつくる感覚に近いものですから、デザイン的な理詰めを重視するやり方ではダメなんじゃないかと思いまして。

ーー逆に、仲條さんが若いスタッフとの仕事に期待する部分というのは?

期待された部分は錯覚だったろうと思います(笑)。期待する部分については、僕なりにいろいろありますが、例えば、コンピュータを駆使してのプレゼンテーションの方法なんかは、全く新しい経験で新鮮に映りました。ただ、逆にコンピュータの活用方法がある程度見えてしまったばかりに、事務所にコンピュータを導入する時期をまた延ばす結果にもなりました。

▲1998年に創刊された日本美術誌『古今』の宣伝用ポスター。仲條氏は同紙のADも務めた。

ーーコンピュータが思ったほど仕事に役立たないと感じたということでしょうか。

レイアウトの変更が簡単にできたり、でき上がったレイアウトを印刷に近い状態で瞬時に見られるといった利点は確かにある。でも、それらは僕が長年やってきた着地(フィニッシュ)の仕方とは違うわけです。見えている部分がすべてかというとそんなことは決してありません。制作の過程も含め、作品からは見えない部分とのすり合わせがけっこう大事なんです。その点でまだまだ納得がいかない。
 
ーー相変わらず、鉛筆や筆で作業をされていますね。

やはり、慣れでしょうか。それと道具の持つ微妙なニュアンスが気に入っているんです。こうした道具にはどこかインチキなところがあって、紙に描いたときにインクがかすれていたり、芯の太さが曖昧なために描いたものがゆがんでしまったり、線がにじんだりしますね。そうした「かすれ」や「ゆがみ」「にじみ」といったものが好きなんです。

▲手の肖像

ーー確かに、仲條さんの作品にはそういった「ゆがみ」や「くるい」といったニュアンスを感じます。

作品で存在感を出すには、そういったことを意識的にやらないと納まらないという想いが僕の中にはあるんです。デザインというのは矛盾をけっこうはらんでいますから。文字ひとつにしても直線から円に移るときのカーブというものはどうしても持続性の部分で解決のつかない場合が多いんです。それをなかば強引に解決させるのではなく、矛盾は矛盾のままで残す。そうした錯誤の面白さを出すほうが、日本人の感覚として馴染みやすいのではないでしょうか。

今、グラフィックデザインはいろんな意味で曲がり角に差し掛かっていると思います。僕らの時代は先人たちが生み出したカタチや伝統をベースに仕事をしてきました。コンピュータはこうした伝統や歴史から逃れられる絶好の機会だと僕は思っていたんです。しかし、結局若い人の作品も過去のルールに縛られているような印象が強いですね。

▲1986年に手がけた煙草「ALEX」のパッケージデザイン

ーーどうしたらそのような状況を変えられると思いますか。

「変化」というものをもっと意識的に実行していくことです。意識的に行うには、逆にコンピュータ化したほうが手業だとか身体に染み着いたものとは関係なくできますからいいわけです。やはりツールによって物事というのは大きく変わりますから。

▲2017 Mother & Others from IN & OUT Exhibition

「デザインというものは矛盾をはらんでいる。
それ強引に解決するのではなく、矛盾のままで残す。」

ーー70年から資生堂の「花椿」のADを務められてきました。その仕事を通じて新しいものに触れる機会も多かったと思いますが、デザイン全般を見渡したときに最近感じることはどんなことですか。

デザイナーが全体的にものを考えなくなったように思いますね。有名になってリッチになることだけを目指してデザインしているような雰囲気というか。最初は新しいことや反体制的なことをやって、人目を引くんだけれど、メジャーになるにしたがって創作の目的が 別のほうへ行ってしまっている傾向が強いんじゃないでしょうか。

若い人なんかはけっこう器用に物事をこなしてはいるけれど、精神的な部分で確固としたものが感じられないんです。メジャーになる過程で遊んでいるというか、けむに巻いているというか、そんな気がします。それは、日本の体質とも関係があって、持続する価値よりも変化のほうを尊ぶようなところがありますよね。何かを維持するためには絶えず脱皮をしていなくてはダメという。それが災いになっている気がします。End

「デザインは矛盾である。」
こんなセリフを何のためらいもなく、軽々しく言ってのける仲條氏の生き方に、共感と憧れの眼差しを向ける人は少なくありません。その独自のスタイルでデザインの世界を築きあげ、後のデザインを担う世代の教育に尽力された功績は大きく評価されています。

仲條氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。