デザイナーの深地宏昌がプロッタードローイングという独自の手法で追求する、普遍的な美しさ

▲「4D DRAWING」(2021)

近年、従来のデザインの範疇を超えて、アートの領域にまで拡大して活動するデザイナーが増えている。主にプロダクトの分野で顕著だが、深地宏昌はグラフィックの分野で挑戦しているひとりだ。クライアントワークと並行して、2014年からPlotter Drawing(プロッタードローイング)という独自の手法で作品をつくり、展示会で発表し販売も行っている。この11月には、新作「4D DRAWING」が日本タイポグラフィ年鑑の研究・実験・自主制作部門でベストワーク(部門別の最優秀賞)を受賞した。今年4月に独立し、新たな思いでいるという深地に話を聞いた。

▲表現研究をするなかで最初に手がけたPlotter Drawing作品。

大学時代の学びが自身のベースに

深地は1990年生まれの31歳。京都工芸繊維大学デザイン学専攻を経て、同大学の大学院に進んだ。大学ではデザイン思考的なアプローチやリサーチ手法など、左脳を使う理論的なことを学ぶ機会が多かった。3年目から専攻したグラフィックデザインのゼミでは、地元京都の金彩や唐紙といった伝統工芸の職人と作品を制作して展示発表し、職人の直感的で本能的な右脳を使う思考や、仕事に対する誇りとプロ意識をもった姿勢から多くのことを学んだ。この左脳と右脳の両方を使った学びの体験が自身のベースを築き、現在、その2つの思考を使ってデザインに取り組んでいるという。

特に、「職人さんとの出会いは、大きかった」と、深地は振り返って語る。美しい表現をつくりたいという思いを抱いていたなかで、彼らがつくり出す美しさは、まさに自分が目指しているものに合致したような感覚を覚えた。

▲Plotter Drawingの制作風景。

卒業制作では、その美しさをテーマにした作品をつくろうと考えた。最初は職人のように自分の腕を鍛錬すれば、つくり出せるのではないかと思い、水彩画や版画、鉛筆画などの表現を試みたが、何かが違った。職人がつくり出す美しさは、自然物に見られるような、もっと普遍的なものだと気づいたのである。

「自然界には、人智の及ばないところで自然の叡智によってつくり出される美しいものが溢れています。職人さんがつくり出すものも、土や木などの自然素材と向き合うことで生まれる美しさがあります。例えば、焼き物の器は、近づいてよく見ると小さな気泡や凹凸、色の濃淡がある。これは窯の中で土を焼成したときに偶発的に生まれたものであり、そのマチエール(触感や質感)が物の美しさを際立たせています。そんなふうにある部分は人の手を離れて何かに委ねたときに、偶発的に生み出されるようなものができないかと考えました」と深地は語る。

▲日本の伝統工芸品の素材感を追求した卒業制作作品「JAPAN CRAFT DRAWING」(2015)。

独自の道具をつくり、実験を重ねて生まれた

相談をもちかけた友人からカッティングプロッター(シート状の素材を好きな形状にカットできるデジタル工作機械)を見せられて、これで絵を描いたらどうなるだろうと考えた。カッターが取り付けられている部分を、3Dプリンターで出力したオリジナルの治具に変えて、多種多様な筆記具を付けられるようにした。コンピュータで制作したデジタルデータを送ると、鉛筆やボールペン、筆ペンによって紙にドローイング(線画)が描かれる。滲(にじ)みや擦れなどの揺らぎが偶発的に生まれ、均質で制御されたデジタルの世界にはない、人の手でも描けない個性豊かなドローイングが描き出されていった。

次第に紙の質感や描く道具の種類、筆圧、スピード、気温や湿度なども影響し、その組み合わせによって多様な表現が生まれることがわかった。プロダクトでいうマテリアルリサーチのように実験を重ねて、ノコギリの鉄やしゃもじの木目の素材感を追求した作品をつくり、卒業制作として発表。それがPlotter Drawingの始まりである。


▲Plotter Drawingの原点である「紙」と「紙に描く行為」の関係性をテーマに実験を試みた作品「ドローイングで紙を視る」(2019)。

実験は日々、行っていて、そこで発見したことをもとに新たな作品へと発展させていく。例えば、まったく平坦な紙はなく、ほんの少しの凹凸があり、それによってユニークな表情が描き出されることに気づいた。紙をクシャクシャに丸めてみたらどうなるかと思い、描く道具やスピードは同じにして紙の丸め方を変えていろいろ試した。そして、生まれた作品が「ドローイングで紙を視る(Phenomena series)」である。

また、これまでの膨大なマテリアルリサーチの成果をもとに、AからZのタイポグラフィをそれぞれのイメージに合わせた素材感で描き出したのが「UNCONTROLLED TYPES」である。この作品は、2018年に世界3大広告賞のひとつであるカンヌライオンズやニューヨークTDC賞など、海外のアワードで多数受賞を果たした。

▲「UNCONTROLLED TYPES by Plotter Drawing」(2017)。均質的なディスプレイ画像では表現できない、物質的な強さと重さに潜む美しさを紙に表現することを目指した。SHA.incとの協働作品。

デザインの新しい可能性を求めて

作品は販売もしていて、アート的と捉えられてもまったく抵抗はないという。けれども、「自分はアーティストではなく、ベースはデザインにある」と考えている。深地にとってPlotter Drawingの活動は、新たなデザインの可能性を模索し切り開いていくためであり、そこで得たものをクライアントワークにフィードバックしたり、広告やポスターに採用されるといったデザインの仕事につながることを望んでいる。

近年、プロダクトの分野では既存の枠を超えてアート寄りのものをつくるなど、新しい試みに挑戦するデザイナーが増えているが、グラフィックの分野では、そうした動きがまだあまり見られないことについて深地はこう考える。

▲「YouFab Global Creative Awards 2015」の受賞をきっかけに、翌年のアワードのメインビジュアルを依頼されて制作した(AD:竹林一茂)。

「視覚コミュニケーションのほとんどがデジタルで行われるようになって、UIやUXのような裏側のシステムやブランディングスキーム、デザイン経営などが重視されるようになり、グラフィックデザインは『ビジネスを加速させるための有効な手段』としての認知が広がっているように思います。これはデザインの大きな価値のひとつであることに間違いはありませんが、田中一光さん、勝井三雄さん、仲條正義さんといった戦後から活躍してきた日本を代表するグラフィックデザイナーの方々は、作家性を突き詰め、独自の表現を生み出してきました。彼らの作品は、まさに私が出会った職人さんがつくり出すもののように直感的で本能的、叙情的で感性に響く美しさがあり、デザインではそういう表現もとても大事だと思います。プロダクトの分野では『コンテンポラリーデザイン』という言葉を聞くことが増えましたが、グラフィックデザインもデジタルの介入によって萎縮するのではなく、時代性を反映させながら進化していくことが必要だと感じています」。


▲「4D DRAWING」(2021)。コンピュテーショナルデザイナー、プログラマーの堂園翔矢とコラボレーションした作品。

美しさへの追求に終わりはない

Plotter Drawingの作品づくりにおいて、深地はスタートした当初から一貫して美しさの追求をテーマにおき、毎回、新しい試みに挑戦している。2021年の今年発表した「4D DRAWING」の作品では、プログラミングを用い、デザインツールを独自に開発して、人間が見ることのできない4次元の世界を可視化して描き出し、11月に日本タイポグラフィ年鑑で受賞を果たした。

今後、手がけてみたいことは、アートのようなコミッションワーク(発注を受けて制作する)や、布・金属などの紙以外の素材への展開、ファッションなどの立体物に落とし込むことにも興味を抱いているという。「新しい表現研究の可能性は無限にあり、美しさへの追求にも終わりはない」と深地は意気込む。これからもさまざまな分野を横断しながら、新しい表現領域を開拓していくことを期待したい。End


深地宏昌(ふかじ・ひろまさ)/デザイナー。1990年大阪府生まれ。京都工芸繊維大学大学院デザイン学専攻修了。プロッター(ベクターデータを変換・出力する機器)を用いてデジタルとリアルの境界に生じる偶発的表現をつくり出す手法「Plotter Drawing(プロッタードローイング)」を軸に、新しいグラフィック表現の研究を行う。カンヌライオンズ、ザ・ワン・ショー 、ニューヨークTDC賞、D&ADアワードなど受賞多数。https://www.hiromasa-fukaji.com