オランダ・アイントホーフェンを拠点に活動する太田翔の
素材と向き合うプロダクトデザイン

▲2021年10月から12月にかけてパリのA1043で開催された個展。

太田翔は、オランダ・アイントホーフェンを拠点に活動し、今年で4年目を迎える。昨秋にはダッチ・デザインウィークの出展をはじめ、日本のDESIGNARTへの初参加、パリでの初個展をはたし、新作も多数発表。素材に向き合い、既存の概念を壊して新たな価値を与えた独創的なプロダクトをつくりつづけている。デザイナーを志したきっかけや、今後、手がけてみたいことなどについて聞いた。

▲パリのA1043では、代表作のひとつ「Surfaced」シリーズに色彩を加えた新作を発表。

▲同じくパリのA1043で発表した、丸太に増殖していくようなイメージでデザインしたテーブル。

プロダクトデザイナーを目指して

子どもの頃から絵を描くのが好きで、「好きなことを仕事にできたら」と漠然と考えていた。2003年に千葉大学工学部意匠科に入学し、生活用品を中心とするプロダクトを学ぶ研究室に入った。「デザインが面白そうだなと思ったのは、大学3年生のときで遅かったんですね。もう少し勉強したいと思い、大学院に進みました。特に興味をもったのは、北欧のハンス・J・ウェグナーの椅子。深澤直人さんやジャスパー・モリソンも好きで、彼らのようなプロダクトデザイナーになりたいと思っていました」と太田は語る。

▲オランダのダッチ・デザインウィークで発表した「Surfaced」シリーズの新作。Photo by Yuta Sawamura

大学の卒制では、ケアハウスでリサーチを行い、高齢者のための椅子を製作した。その製作にあたり苦心した経験から、大学院に進んでからデザイナーの井上昇が主催する「椅子塾」に通った。そして、これからデザイナーとして活動するうえでもきちんと椅子のつくり方を知っておきたいと思い、卒業後、飛騨高山にある日進木工に就職した。

最初の3年間は工場の製作現場を経験し、その後は開発部の試作課で試作品や、椅子一脚につき200個ほども要する治具づくりを担当。また、年に一度、開催される社内コンペに向けて椅子やテーブル、棚を製作するなど、日進木工で家具について多くのことを学んだ。充実した日々を送っていた太田だったが、さらに海外でデザインの勉強をしたいという思いが募り、7年目に退社した。

▲DAEの卒業制作作品。Photo by Nicole Marnati

オランダの大学院でデザインを学ぶ

ヨーロッパのデザイン学校をいくつか受けたなかで、最終的にオランダのデザイン・アカデミー・アイントホーフェン(DAE)への入学を決めた。90年代に起こったデザインムーブメント「ドローグ」に刺激を受けてDAEに留学した日本のデザイナーは多いが、太田はそれまでドローグについてあまり知識がなく、入学の決め手になったのは、DAE教授の言葉だったという。「自作した家具を見てもらったときに、『君は絶対にうちの学校に来たほうがいいよ』と言われて、素直に嬉しかったんです」。

DAEでは、自分のこれまでの概念を壊すことを学んだ。「メーカーでマスプロダクションの製品をつくってきた経験からか、どこかきれいに納めがちでした。先生から『もっと激しくいきなさい』と言われて、自分の殻を破っていくような日々でしたね」。

▲DAEの卒制。節や木目の存在を強調させるために樹脂を組み合わせた。

卒業制作では、テーブルとベンチを製作。着想のきっかけは、DAEの教室で使用していた机と椅子が壊れて内部が見え、そのときに初めてフラッシュ構造(芯材にプリント化粧合板を貼ったもの)と気づいたことだった。「本物とフェイクの違いはわかるという自信があったのですが、とても精巧にできていて驚きました。フェイク材の技術も上がってきていますし、量産するなら工業化された材料のほうがつくりやすく効率的でいいと思います。でも、手作業でたくさん製作するわけではなく、本物の木を使うなら、量産品と同じようなものをつくる必要はないかなと思ったのです」。

卒制では、外皮を削って深部を掘り起こし、節や木目の存在をあらわにして木が本来もつ魅力を引き出すという、本物の木材にしかできない表現を試みた。「フェイク材と本物の木材どちらがいい悪いではなく、椅子が100脚あったなら、そのうちの1脚に、こういうものがあってもいいんじゃないかと思えるものをつくりたいと考えています」と太田は言う。

▲「According to the grain Bench no.4」(2019)。DAEの卒制のコンセプトをシンプルにしてデザインしたベンチ。

アイントホーフェンを拠点に活動をスタート

DAEの卒展には、毎年、デザイン関係者だけでなく、一般の人も多数足を運ぶそうで、太田の卒展のときには、9日間の会期中に約5万人が訪れたという。「普通のおじいちゃんおばあちゃんも長い説明文を読んで理解しようとしてくれて、興味をもったら『これはどういうことだ?』と聞いてくれて、それがいいものだと褒めてくれる。みんな新しいものに対して見てみよう、受け入れようというオープンで柔軟な姿勢があって、そのときにオランダの国っていいなあと思ったんです」。

そんなオランダの懐の深い国民性やビザの取得のしやすさ、ヨーロッパ各国で展示会を開催しやすいことなどに惹かれて、太田はアイントホーフェンを拠点にフリーで活動することに決めた。現在、個室と製作ができる工房がついたシェアスタジオを借りている。ほかにも多様なクリエイターやアーティストがいて、一角には各々がプロジェクトで使用して余った木材が積まれていて、自由に使っていいそうだ。

▲「Surfaced」シリーズの原点となった椅子。

廃材から生まれた家具シリーズ「Surfaced」

DAE卒業後、その廃材を使って最初につくったのが、代表作のひとつ「Surfaced」シリーズの原点となった椅子である。廃材を接着して固めてから、削り出して椅子の形に仕上げたものだ。

これが生まれた背景には、以前勤めていた日進木工での経験があったという。「椅子を製作する際には、最初にすべてのパーツをつくって磨いて仕上げてから組み立てるのですが、その逆の工程でつくったら、何か新しいものができるんじゃないかと思ったのです」。その後、角材を接着した途中の状態の面白さがわかるものをと考えて「Surfaced」シリーズが生まれた。

▲東京・南青山のjanuka(ヤヌカ)の店内。内装デザインは、建築家の関祐介が手がけた。写真提供/januka

▲DESIGNARTのjanukaでの展示風景。

▲janukaでは「Surfaced」のスツールや棚を発表した。

「Surfaced」は、最初に角材を短く切ってたくさん用意し、積み木をするように組み合わせて接着してグラインダーやサンダーで削り出して仕上げる。このシリーズは、椅子やベンチ、棚、トレイなどがあり、昨秋には日本のDESIGNART、オランダのダッチ・デザインウィーク、パリの初個展で新作を発表した。DESIGNARTでは、東京・南青山にあるデザイナーの中村穣のジュエリーショップjanuka(ヤヌカ)で発表。日本での展示会はこれが初となり、多くの人が訪れてさまざまな反響を得た。

▲アムステルダムのBbrood。「According to the grain」シリーズを什器に展開した。

これから挑戦したい素材のひとつは石

太田の作品は、展示会場でも販売していて、特に昨秋のオランダとパリでは、自身の予想を超える数が売れたという。また、昨年の3月にオープンしたアムステルダムの老舗ベーカリーBbroodの新店舗のカウンターを手がけるなど、クライアントワークも少しずつ増えている。

▲新世代のデザイナー、建築家、アーティストのための展示会「RE FORM Design Biennale 2020」の会場構成のスケッチ。太田は、オランダのデザインウィーク2021に合わせて作品を発表した。

▲「RE FORM Design Biennale 2020」に出展した作品。壁に取り付けたコートハンガーや、節にコードを通した照明などを発表した。Photo by Yuta Sawamura

▲太田が一番気に入っているという節の棚。「使いにくさもあるかもしれないが、自分は100%人のためにつくるのではなく、何%かは材料のためにつくっている」と言う。Photo by Yuta Sawamura

現在、太田は主にマスプロダクションではできない表現を追求しているが、今後もそれを続けながら、その経験を活かした量産のプロダクトデザインや、木材以外の素材も手がけたいと考えている。「特に今、興味をもっている素材は、石です。石にも木目のように目があって、以前、フランスで見た教会の柱の石目がすごく美しくて印象に残っています。材料の本質を見せるというやり方は、木以外にもできるのかなと思いました。挑戦したい素材のひとつですね」。

現在はヨーロッパでの仕事が大半を占めているが、今後、日本での活躍も期待したいところだ。そして、この独創的な視点と発想のプロダクトがさらに住宅、店舗、公共施設とさまざまな空間に展開されることも楽しみにしたい。南青山のjanukaには、「Surfaced」のスツールやトレイが置かれているので、興味のある方はぜひ実物を体感いただきたい。End


太田翔(おおた・しょう)/デザイナー、アーティスト。1984年千葉県生まれ。千葉大学工学部意匠科卒業後、日進木工に就職。2018年にデザイン・アカデミー・アイントホーフェンの大学院を卒業し、同年Studio Sho Otaを立ち上げ、「素材と向き合うこと」と「工程を見直すこと」で「工業化以降固定化された概念」を机に並べて壊すことを信条に制作を続けている。近年ではアムステルダムのベーカリーBbroodの新店舗のために196個の木の節を切り出したカウンターを手がけた。