【連載:ミラノからの独り言】
第1回 包む文化と靴のデザイン

この連載は、ミラノで長年デザインを営む橋本昌也が、デザインを通した日々の気づきをお届けするものです。第1回は、自己紹介を兼ねて、イタリアの靴ブランド「ヴィブラム(Vibram)」のデザイン・開発ストーリーを紹介。

▲収縮性のある布地と靴底をポリウレタン(濃いグリーン色部分)で一体成型。同素材の髭のような部分が生地の収縮を調整し、さらに足幅に合わせて靴底幅が変化、足を保護する。2つ羽の先端にはマジックテープがあり、踵に交差させ固定する。
Vibram Furoshiki Wrapping sole © Vibram

ヴィブラムとの出会い

まずは、ヴィブラムというイタリアのブランドをご存じだろうか。1937年に創業し、タンクデザインで有名になった、靴底製造のみに特化した世界のトップブランドだ。近年では五本指の靴などで業界の話題になっている。

私、橋本昌也は、ポストモダン運動最高潮だったミラノでプロダクトデザイン界に携わりはじめた1986年以来、イタリアデザインと関わって今年で36年となるデザイナーである。

自分の師匠である細江勲夫をはじめとする多くの巨匠達から物づくりを通して成長させてもらった。そのひとりでもあるヴィブラム社の社長に誘われ、7年前から本社でアドヴァンス・デザイン(簡単に言えば、世の中に未だ存在しない靴を発明すること)を担っている。その初仕事が風呂敷から発想した「Vibram Furoshiki」だ。この突拍子もない日本名の靴をイタリア・メーカーが製造販売するようになった経緯をたどってみたい。

風呂敷から生まれたソール

社長マルコと出会って間もない頃、彼から「マサヤ、会社が今抱えている問題のひとつ、製品の金型を減らす事をデザインで解決できないか?」と唐突な課題を言い渡された。

元来負けず嫌いの自分は、これは面白いと真っ向からこの難題に立ち向かうこと数週間、昼夜問わず靴底の世界にのめり込んだ。靴にはサイズがあり、靴底毎に金型がある。その金型の数を減らすにはサイズを兼ねる他なく、この手法は既に修理用の製品で行われている。こうして行き詰まって迎えた2011年新年のこと、明け方4時にはたと目が覚め「風呂敷だ!」と、ベッドから飛び起き、キッチンでコンセプト・スケッチを描きあげた。その朝出勤後すぐに工房に籠って、「足を包む風呂敷様の靴」のプロトタイプをつくりあげた。すぐに事務所の多国籍スタッフたちに履いて貰い、大きな手応えを感じた。

それは靴底を四角い布に液体ゴムでデザインしたものだった。このアイデアを気に入ってくれた社長はすぐに開発を指示、製品化に向けてさまざまな社内の部所が連携して取り組んでくれた。ヴィブラムにとってソールの革新とは、使用目的にあわせてデザインとコンパウンド(ゴム化合物)をそのつど編み出し、その後プロトタイプによるパフォーマンステストで開発を完了させることだ。

▲ヴィブラム・フロシキを横から見たところ、踵部分に羽の先端を装着。
Vibram Furoshiki Wrapping sole © Vibram

▲製品イメージ。素足に近いライト構造のフットウエア。
Vibram Furoshiki Wrapping sole © Vibram

しかし風呂敷様の靴のソールは、いまだ前例がない製品であったため、開発、テスト、さらには市場導入のためのマーケティングとの調整が手探りで進められ、正式な市場導入は、発案から4年後の2015年となった。

この特徴ある欧州製日本名の靴はデザイン界でも興味を持たれ、イタリアでは黄金コンパス賞と国家技術革新賞、香港ではDFA金賞、中国のDIA賞等を受賞した。受賞の理由は、これまでの製品とは逆転の概念、つまり、靴が足に合わせてくれるということ。アジア圏の審査員からは欧州起源の靴文化を追いかけて来たアジアにおいて、今後独自の靴文化を築ける可能性を示したと評価された。

▲ワールドトリップをテーマとしたコレクション。
世界の伝統的テキスタイルのモチーフを高精度インクジェットで印刷している。
Vibram Furoshiki Wrapping sole © Vibram

フットウエアの多様性

日本伝統の風呂敷文化とは、単純な四角い布1枚だけで物を包む究極のミニマルデザインで、梱包物の形や大きさに柔軟に即応して、多様に変化するところであり、用が済むと折り畳まれ持ち帰られる。他方欧州には鞄の文化があり、目的に合わせて時代と共に多様に進化したが、前例と異なるのはたとえ中身が空っぽであっても寸法や形は変わらないことである。

この包む構造文化の違いを、欧州生まれの靴に持ち込むとどうなるであろうか。こうして生まれたのがVIBRAM FUROSHIKIである。風呂敷のダイナミック構造で多種多様な形の足を包むフットウエアが出来るはずである、と勇んで喜んだがそうは簡単に問屋が卸さない。

▲独自のダイナミック構造で、足の形に合わせて自在に沿うフロシキ。
Vibram Furoshiki Wrapping sole © Vibram

ドイツで行われた見本市のヴィブラムブースで製品説明に立ち会ったときの出来事だ。小柄で若いスイス女性ジャーナリストがこの靴に興味を持って立ち止まった。試着を勧めるが戸惑った様子で長い時間思案の挙句、意を決して革製のトレッキングシューズを脱いだ途端、登場したのは分厚く幅広で巨大な足。彼女は、言い訳するように、「こんな足なので女性らしいハイヒールも履けないの」。フロシキシューズでもカバーしきれない様子だったので、私は「あなたの足が素敵になる靴を開発しますね!」と励まし、彼女は笑顔で去っていったのだ。

足には、体系としてローマ型、エジプト型、ギリシャ型などがあり、それはつま先の形とプロポーションの違いに基づいて分類されている。それでは何故格差が生まれるのか、それは我々先祖の生業の結果なのである。肉体労働者はエジプト型、都市生活者はギリシャ型といわれているが、生活環境が海か平野、または山間部だったのかによっても大きく影響するようだ。近年日本で行われたリサーチによると、両親がエジプト型にもかかわらず若い世代ではギリシャ型に移行しており、これは都市生活が肉体労働を減らしたことが原因であろうという結果が出ている。

▲2017年ADI Design Index賞展示会場のようす。不可思議な靴に関心が持たれた。
Vibram Furoshiki Wrapping sole © Vibram

皆さんのなかにも、カッコいい欧州製革靴を無理して履いて苦労されたことがあるはず。ヨーロッパの足に基づいた靴木型は甲高でスリム、これをアジアに持って行けば幅が足りず、大きめのサイズを無理して着用、さらに歩き方も摺り足とくるわけで、いまだ道具として文化にフィットしていないのである。世界はますますその距離を縮め、民族間の融合が進んでいるわけだが、靴ひとつとってもまだまだ解決しなければならないことが山積みであり、デザインが貢献すべき事が多くあるように思うと共に、日本のデザイナーの更なる世界での飛躍を期待してならない。

最後に目下の自分の課題は、社長の命を受けた金型を減らすデザインを進めること、そしてあのスイス人の足を美しく包めるフットウェアを開発することである。デザインの仕事とは、こうしたものだとつくづく思う。End