ミラノデザインウィークの自動車ブランド
若手クリエイターの支援者の次に求められるもの

▲シトロエンが展開した「レ・ザミ・ドゥ・ロー」は、女性アーティスト5名によるEVのラッピング。Photo by Akio Lorenzo OYA

ミラノ国際家具見本市(ミラノサローネ)の連動イベント「デザインウィーク」が、2022年6月6日から13日まで市内各地で開催された。通常4月の同イベントだが、新型コロナウイルス規制の影響を受けて2020年にはデジタルエディションとなり、2021年はスペシャルエディションとして9月に延期。今回は6月に会期を移して開催にこぎつけた。

イベントのウェブサイト「フォーリサローネ・ドット・イット」のファイナルレポートによると、イベント数は800以上、1,380のデザイナーと1,061のブランドが参加した。

今回は夏であることから、期間中は連日30℃を超える猛暑となった。それでも地下鉄駅の構内放送では「Buona Designweek!(よいデザインウィークを!)」のアナウンスがしきりに流れ、エリア全体でイベントに本腰を入れていることを感じる。一部では、一般来場者のほか、デザインやデザイン広報を学ぶ学生が果敢に飛び込みでスタッフに就職方法を打診する姿が見られ、規制前の活気が取り戻りつつことを感じさせた。

本記事は、自動車ブランドによる出展の中から7つの訪問記である。概観すれば、彼らのキーワードは「持続可能性」と「電動化」のトレンドをどう表現するかに集約されたが、それでもブランドなりのさまざまなアプローチが見られた。

アウディ:家具ブランドが内装をデザイン

アウディは、ドゥオーモ(大聖堂)に近い20世紀初頭の旧銀行本店「パラッツオ・デル・クレディト・イタリアーノ」の1階部分・1,500㎡を期間中改装して「ハウス・オブ・プログレス」とし、「Re-generate」をテーマに展示した。

▲アウディの電装パーツをいかにリサイクル&リユースするかを解説。Photo by Akio Lorenzo OYA

会場の一角では、いずれも電動(EV)の2021年「グランドスフィア・コンセプト」と2022年「A6アヴァントe-tronコンセプト」がイタリアプレミアを飾った。

しかし最も興味深かったのは、イタリアの高級家具ブランド「ポリフォーム」とのコラボレーションである。アウディが中国都市のカスタマーを想定してデザインした2022年のEV「アーバンスフィア・コンセプト」をベースに、オリジナルとは異なるインテリアをポリフォームがバーチャルで提示した。

ポリフォームのスタッフによると、企画のスタートはアウディからのアプローチで、レベル4自動運転におけるサロット(客間)がイメージという。再生コットン、ケミカル不使用のレザーなどは今日定石ともいえるチョイスだが、同時に一部に大理石を用いるといった、自動車デザインでは見られない大胆な提案も行われている。さらに、2枚のガラスの間に繊維をラミネートするといった試みもアウディに対して積極的に行った、と誇らしげに説明してくれた。

▲家具ブランド「ポリフォーム」による「アウディ・アーバンスフィア・コンセプト」のインテリア。フロントシートは回転可能。©︎Audi

▲アウディ・アーバンスフィア・コンセプト。©︎Audi

▲ポリフォームが提案したテキスタイルをラミネートしたガラス。Photo by Akio Lorenzo OYA

ポルシェ:野バラ付きドローンが飛来

アウディからほど近い18世紀の館「パラッツォ・クレリチ」の中庭は、ポルシェが占有した。
ここでの主役は、ベルリンを拠点とするフラワーアーティスト、ルビー・バーバーによる庭園アートワークである。2021年秋にポルシェが開始したエキシビジョン「ザ・アート・オブ・ドリームズ」のシリーズで、すでに第1回はフランスのアーティストによるインスタレーションをパリおよびシンガポールで実現している。

今回は無数の野バラで構成する2つのガーデンで、そのうちの1つでは、ポルシェ・デザイン社50周年を記念して復元された1972年「ポルシェ911 2.4タルガ」を囲むようにしてバラが植えられた。

さらに現地では毎日数回ヨガや、パフォーマンスの時間が設けられた。後者は開始時間になると、瞑想を思わせる音楽が流れるなか、いずれもバラをぶら下げた12機のドローンが飛来。花への水分補給も兼ねた幻想的なミストの中をシンクロナイズして上下し、ギャラリーたちの喝采を浴びていた。その“心”は、自然と人工の空間、そしてテクノロジーの3つへの思い、という。筆者が訪れたとき来場者は、いわゆる自撮りや友人との撮影を楽しむ女性がほとんどだった。ポルシェという、自動車の世界でも長年男性に多く愛されたブランドが、ジェンダーレスとなることにどのくらい貢献するか、興味深いところだ。

▲ポルシェ。フラワーアーティストのルビー・バーバーによる野バラのインスタレーション。Photo by Akio Lorenzo OYA

▲2カ所に設けられたインスタレーションの1つでは、花を提げたドローンが飛来するパフォーマンスが繰り広げられた。Photo by Akio Lorenzo OYA

クプラ:巨大コンテナの中身

クプラとは、フォルクスワーゲン(VW)グループでスペインを本拠とする「セアト」のブランド・イン・ブランドである。2018年にスタートした、ヨーロッパの自動車業界でも極めて若いレーベルだ。彼らが今回ベースとしたのは、2021年9月にオープンしたミラノ市内の常設ショールーム。そこにEV「VW ID.3」の姉妹車「ボルン」を展示した。

同時に、道を挟んだ「4月25日広場」横には、12mの産業用コンテナを据えた。こちらはミラノとロンドンを拠点とするスタートアップ企業「REALITY IS_」によるものだ。コンテナ内の天井に設置されたモーションセンサーでビジターの腕の動きを感知、瞬時にそれを反映したスピード感あふれる映像を生成し、ディスプレイ表示するというものだった。ただし実際のところは、DJをフィーチャーした前述のショールームの賑わいに押されてしまっていた。

▲クプラ初のフル電動車「ボルン」。©Cupra

▲ANOTHER WAYと記された12mのコンテナが広場に設置された。Photo by Akio Lorenzo OYA

▲「REALITY IS_」によるモーションセンサーを用いたインスタレーション。Photo by Akio Lorenzo OYA

ランブレッタ:伝説のブランドは生きている

「ランブレッタ」といえば、ミラノのランブラーテ地区にあった工場で生まれ、戦後高度成長期においてピアッジョ社の「ベスパ」とともにイタリアを代表するスクーターであった。モノコックボディのベスパと異なり、チューブラーフレームの構造だったことから、ボディ・バリエーションの変更が容易。よりファッショナブルな意匠が可能だった。ただし製造元のインノチェンティ社が四輪車に主力を置くようになったため、イタリアでの生産は1971年をもって終了した。

今日存在する復活版ランブレッタは、スイス・ルガーノの企業(商標の管理会社はロンドン)によるものである。製造こそタイの生産拠点に依存しているが、デザインおよび設計はイタリア国内で行われている。

今回彼らがブランド誕生75周年を祝うべく選んだのは、ブレラ地区にある教会の回廊だった。ランブレッタ博物館が所有する歴代モデルとともに、ニューモデル「G350」「X300」を並べた。この歴史的な展示は、それなりに好評を得たようだ。夜9時過ぎになっても多くの人々で賑わい、翌朝10時前にもう一度訪れても、開場を待つ人が見られた。その中のひとりの高齢女性は「“私たちの”ランブレッタですから」と語った。そのニュアンスからは、古いミラネーゼにとって、ブランドはベスパ以上に思い入れがあることを匂わせていた。

▲イタリア戦後高度成長期の一シンボルであるランブレッタが並べられた。Photo by Akio Lorenzo OYA

▲新生ランブレッタの1台、G350スペシャル。Photo by Akio Lorenzo OYA

シトロエン:ギャラリーオーナー+5人の女性作家

シトロエンのタイトルは「Les AMI de Ro(レ・ザミ・ドゥ・ロー=ローの友達)」。家具やインテリアのギャラリーオーナーとして著名なロッサーナ・オルランディにゆかりある女性アーティスト5人の競作を展開した。具体的には、アーヴァン用EV「シトロエン・アミ100%エレクトリック」をベースに、各自がカッティングシートを用いてラッピングを施すことであった。日本人作家で、モザイクを得意とするユキコ・ナガイも、そのひとりとして加わった。

シトロエン・イタリア法人のマーケティングマネジャー、アレッサンドロ・ムスメチは「世界的アーティストたちが、自身のアイデンティティやスタイル、クリエイティヴな技術を活かして、個性的に仕上げてくれたことは感動的でした。これは、われわれシトロエンのDNAである、大胆で独創的なアプローチに通じるものです」と語っている。

期間中、実車はオルランディが主宰するギャラリー前の公道に縦列駐車された。20世紀末以降、アートカーといえば「メルセデス・ベンツ」「BMW」など、ドイツ系ブランドのものがとくに知られる。しかし、そのルーツの1つは、かつてパリで活躍した画家ソニア・ドローネイ(1885-1979)によるものであった。そうした意味で、フランス系ブランドが行った今回の試みは、意義あるものといえよう。参考までにオルランディ自身もアミ100%エレクトリックを日常使用しているという。

▲ユキコ・ナガイによるシトロエン・アミ100%エレクトリックのアートカー《テッセラ》。Photo by Akio Lorenzo OYA

▲ロッサーナ・オルランディ(右から4番目)と参加アーティストたち、および関係者。©︎Citroën

レクサス:未来のプレミアムを探る

通算13回目の出展となったレクサスは、今回もミラノを代表するデザインディストリクトの1つ、トルトーナの大規模施設「スーペルストゥディオ・ピュウ」を舞台にした。全体テーマは「Sparks of tomorrow」。3つに分かれた展示のうち、最もスペースを割いていたのは、建築家/デザイナーでマイアミを拠点とするジャーメイン・バーンズによる「ON/」である。レクサス・ブランド初のバッテリーEV専用モデル「RZ」のフォルムをワイヤーフレームで表現したもので、それを照明スタジオであるアクア・クリエイションズによるペンダントライト「Code 130°」が取り巻く。今まさに地上に降り立とうとしているRZの姿で、持続可能な未来の到来を表現した、と解説された。

▲ジャーメイン・バーンズによる「ON/」を、アクア・クリエーションズのペンダントライト「Code 130°」が取り巻く。Photo by Akio Lorenzo OYA

脇に展開された第2の展示は、レクサス・デザイン・アワード 2022の入賞作品であった。1,726に上る応募作のなかから、ブランドが掲げる基本原則「Anticipate(予見する)」「Innovate(革新をもたらす)」「Captivate(魅了する)」「Enhance Happiness(そのアイデアがいかに人々に幸せをもたらすか)」に照合して選ばれたファイナリスト6作品が展示された。とくに印象的だったのは、ナイジェリアのTeam Dunamisによるポータブルの「ソーラーパワーによるクッキングバーナー」である。調理で発生した熱で電力を生み出す発電機能を装備。「調理」「充電」「照明」といった複数機能を同時提供することで、電力供給が不安定な地域の生活を支えるというものだ。

▲Team Dunamisによる電気式クッキングバーナー「Ina Vibe」。パワーは調理のほか充電や照明も。当初は水素をエネルギー源とする構想だったが、メンタリングの段階で、価格低減が見込まれるソーラーに変更された。Photo by Akio Lorenzo OYA

第3のスペースは、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートとの産学共同プログラム「2040: The Soul of Future Premium(未来のプレミアムの魂)」の作品展示に充てられていた。

3人の学生のアイデアが、いずれもモックアップとスケッチ、そして映像で示された。いずれも一見インダストリアルデザイナーでイラストレーターでもあったシド・ミードの世界を想起させるが、さまざまなエネルギーや技術を駆使した具体的な提案だった。

例えば、「レクサス#ユニッツ」は、海岸の消波ブロックにインスピレーションを得たものである。タイヤの代わりにマルチダイレクションのボールを採用するのは、過去の作品にも見られたものだが、彼の場合は、それを介して他のクルマと容易につながれるというアイデアが斬新といえる。

▲Zhenyu Kong氏による「レクサス#ユニッツ」。ブロックチェーン技術を用いて、ジェネレーションαたちによる自己表現の多様性に応える。Photo by Akio Lorenzo OYA

BMW:あえてクルマなしで挑む

BMWグループ・デザインはミラノ屈指のファッションストリートであるモンテ・ナポレオーネ付近のビルを借りて展開した。

このブランドがあえて挑戦したのは、「クルマがないエキシビション」だ。参加デザイナーの選出を担当したドイツのデザイナー、マイク・メイレーによると、自動車展示なしは、BMW側からの提案であったという。

3名のデザイナーに与えられたのは「現代世界の課題を考える際、人間のニーズに応える技術をどうデザインできるか?」であった。

オランダを拠点とするボッターのデザインよる「モノブロック・チェア」は、限りなく使い捨てとしてデザイン・量産されているプラスチック椅子がベースだ。新たなテキスタイルを施すことにより、テイラーメイド的ステイタスを付加している。メイレーは、筆者の前で作品を突然担ぎ、「ファッションウィークで、こうしてファッションモデルがランウェイを歩いてもおかしくないのです」と、従来製品に異なる価値観を反映させることで誕生する可能性を説いた。

▲ボッター「モノブロック・チェア」。Photo by Akio Lorenzo OYA

クラウディア・ラファエルの「AIポートレイツ」も、斬新な試みだった。期間中に来館者の顔画像をリアルタイムで蓄積。それをもとに人工知能のフェイシャル・フィルタリング技術を通じて、来館者全員を象徴するイメージを自動生成する。さらに、それは刻々と変わってゆく。デジタル化がもたらす「匿名性」と「親密性」の矛盾を表現していた。

▲クラウディア・ラファエルによる「AIポートレイツ」。来館者の顔画像をもとに、全員を象徴するイメージが徐々につくられてゆく。Photo by Akio Lorenzo OYA

筆者の訪問日には、3人目のアーティストであるアンナ・デラー=イーとメイレーによるトークセッションが催された。彼女の作品は「Smell of rain」。絵画と刺繍は職人による工芸に関する古代から蓄積された知識を表している。同時に、多様な素材で構成されたタペストリーは、デジタル時代における人間の集団行動に、どのような力を与えることができるかを表現したという。

デラー=イーは、作品の一部が床の通路にまで及んでいることに言及。「踏まれる」といえば筆者はMoMAの所蔵作品でヨーコ・オノによる「踏まれるための絵画」をとっさに思い浮かべる。デラー=イーの場合、それは美しさとともに、踏まれてしまう“か弱さ”であると解説した。そして弱さを認識することが未来へのキーではないかと訴えた。実は筆者もセッション前に、彼女の作品を鑑賞しながら、無意識のうちに踏んでしまっていた。

BMWのアプローチは、たとえ大規模なインスタレーションでなくても、ブランドイメージ向上につながる好例である。小さくもきらりと光る内容であったといえよう。

▲アンナ・デラー=イー「Smell of rain(雨の匂い)」。あえて一部が踏まれることを意図している。Photo by Akio Lorenzo OYA

▲アンナ・デラー=イー(左)とマイク・メイレー(右)によるトークセッション。2022年6月10日。Photo by Akio Lorenzo OYA

今回の自動車ブランドのアプローチで評価すべきは、レクサスが早くから手がけていたような若手アーティスト育成の機運が、さまざまなブランドに広まっていることである。企業市民として芸術やデザインの支援者となることは、これからも実践されるべきだ。

いっぽうで残念なのは、イタリア第2の大都市ミラノという巨大なプラットフォームがあるにもかかわらず、シェアリングをはじめとする都市交通の未来の提示が希薄であることだ。モーターショーの役割が希薄化し、同時に技術偏重になる昨今の自動車業界で、デザインウィークは広義のオートモーティブデザインを模索するにあたり、より活用されるべきだ。End