ブランドの新時代を、カラー&マテリアルで刻む。
シトロエン
「C5 X」日本人デザイナー、柳沢知恵氏インタビュー

▲シトロエン社カラー&マテリアル・デザイナーの柳沢知恵氏。自ら手がけた新フラッグシップカーC5 Xを駆り、朝のパリ市内に現れた。

本国フランスで2021年秋にデビューし、この8月末よりいよいよ日本にも導入が始まったシトロエンのフラッグシップカー「C5 X」。3種類のボディタイプの長所を組み合わせ、最新技術とフレンチ・エスプリを込めて形にした、新時代のハイブリッドモデルだ。注目を集めたカラー&マテリアルを担ったのは、日本人デザイナーの柳沢知恵氏。C5 Xでの仕事やシトロエンへの愛着、デザイナーとしての思いを語った。

シトロエン社が、新しいブランドアイコンを託した日本人

――シトロエン・ファン待望の新フラッグシップカー「C5 X」が、日本でもお披露目されました。シトロエンが大型ツーリングカー部門に復帰した重要モデルとして、フランスでも注目を集め、好評を得ています。柳沢さんは唯一の日本人デザイナーとして、開発当初からプロジェクトに携わったそうですね。

柳沢     カラーとマテリアルの開発を担当し、内外装の柄や色、そこで用いるシートやパネル類のデザインを手がけています。実は私は、このプロジェクトのためにシトロエン社に採用されているんです。「アジアも視野に入れた、世界展開するモデルをつくるため」と打診があり、前職でアジア地域向けのセダンの開発に携わった経験が買われました。

――C5 Xは王道の上級セダンと実用的な大型エステートカー、モダンでスポーティなSUVの”良いところ取り”をするという、大胆な発想のクルマです。加えて目指すは世界市場と、とても野心的なプロジェクト。カラー&マテリアルデザイナーの柳沢さんには、どんなミッションが課されたのでしょう?

柳沢     私のポジションには、「新しいブランドアイコンを、カラー&マテリアルで表現する」という目標がありました。色展開や、乗車する人の身体に触れる素材すべてで、『これぞシトロエン』と実感してもらえるものをデザインすることです。
 シトロエンは担当者の情熱が込められた独特のデザインが特徴で、発売から何十年経っても、ファンの方々が熱く語り合ってくださいます。そんなシトロエンデザインの長い歴史に自分も連なるということが、とても嬉しかった。私も象徴的なクルマを生み出したいと、願いを込めて取り組みました。

▲C5 Xに似合うロケーションとして柳沢氏が選んだのは、パリに隣接するブローニュの森。ロンシャン競馬場やルイ・ヴィトン財団などの文化施設が、豊かな自然と共存する。

ブランドを体感させる、5つのデザイン・ポイント

――柳沢さんが手がけたデザインは、ボディカラー、シート、天井、運転席回りのステアリングなど多岐に渡っています。

柳沢     まずブランドアイコンとなる紋様をデザインし、それを展開したパターンを何種類も考えていく、という方法を取りました。紋様のベースになっているのは、シトロエンを象徴するエンブレム「ダブルシェブロン」です。線画の紋様を考案し、そこから形やサイズ、素材を変えて、たくさん考えたアイデアのうち5つが採用されています。

▲「ダブルシェブロン」のロゴを平面と立体で5種類に展開した、C5 Xのインテリア素材。柳沢氏はシトロエン社内の職人アトリエと密に協働し、技術面の問題をクリアした。

――実際に乗車してみると、その5つはどのように体感できるのでしょう。

柳沢     最初に目に付くのは、ドアを開けてすぐ視界に入るシート上部ではないでしょうか。このステッチ部分には、「ダブルシェブロン」のロゴを連続して、一筆書きのように配置しました。

ふたつ目は前席正面にあるダッシュボードで、そのパネル部分には、「シボ」という凹凸の模様が入っています。C5 Xではこの模様も、ダブルシェブロンの展開パターンを施して開発しました。このシボの模様をデザイナーがデザインしていることは、知らない方も多くいらっしゃり、お話しすると驚かれることがありますね。

▲ダッシュボードの樹脂素材には、「シボ」と呼ばれる模様の加工でダブルシェブロンをあしらった。

3つ目は「パーフォレーション」と呼ばれる小さな穴が空いている、背面シートの表面です。この穴の大きさと配置によって、「ダブルシェブロン」の模様が浮き出るようにデザインしました。クッションの膨らみや耐久性を考慮して穴の間隔を位置を調整する必要があり、開発でも苦心した部分です。

▲C5 Xのアドバンスド・コンフォートシートの背面。通気穴の大きさと配置により、ダブルシェブロンのシボが浮かび上がるデザインだ。

4つ目のシート上部のアクセントクロスは、日本の印伝のような凹凸の厚みが出るように印刷しています。この凹凸の柄も、「ダブルシェブロン」のロゴから展開したパターンです。そして最後の5つ目は、ドア内部の木目パネル。木目調の柄の上に、さらにダブルシェブロンの展開パターンの柄が細かく入っています。

▲内装の印象を決める木目調のパネルにも、ダブルシェブロンのシボが。光の加減で可視性が変わるさまもユニーク。

――さまざまなところに、細やかにロゴが入っているのですね! まさにブランドアイコン、と体感できます。

柳沢     こういった細かいこだわりが、シトロエンというブランドの歴史の一部になっていくのだなぁと考えて、作業中もワクワクが止まりませんでした。私のデザインした「ダブルシェブロン」のパターンはその後、プロモーションやオフィシャルグッズでも使われています。社内で何度も「あの柄のデータをちょうだい」と声をかけられては、嬉々として配布しました。

――カラーはボディも内装も、グレーやブルー、ブラウン、ブラックなど、彩度の低い色合いを基調とした提案です。

柳沢     フラッグシップということで、内装・外装ともに上質感のあるシックな色合いにしています。シトロエンは常にカラフルな色使いを提案してきたので、これも冒険でした。

▲シトロエン社内のアトリエに保管された、C5 Xインテリアの各部品の開発素材モデル。

――細かな挑戦と調整、冒険を重ねたクルマができあがったとき、どのように感じられましたか?

柳沢     実際に動くC5 Xに初めて乗ったときは、感動でしたね。外光を受けたシェブロン模様が反射して、上部のクローム部分に浮かび上がる様子がとても美しくて……つくりながら何度もモデルを確認していたけれど、空の下を走って陽の光を浴びるとこのような見え方をするのかと、嬉しい驚きでした。

▲独特の車体ラインを強調する、ニュアンスに富んだ「グリアマゾニトゥ」のボディカラー。ぬめるような艶感で反射する光が美しい。

「人のやらないことをやれ」という教え

――デザイナーの仕事や領域は幅広く多彩ですが、柳沢さんはクルマを題材にしています。自らの分野として、カーデザインを選んだのはなぜですか?

柳沢      「人がやらないことをやれ」という両親の言葉が、私が何かを選ぶときの基準にあります。自動車業界は女性が少ないということもあり、興味を持つようになりました。

また自動車はオブジェとして、多角的な要素を持っています。風景の一部になったり、所有物であったり、中に入って過ごせる空間であったり。誰かの憧れや、自己表現する手段にもなり得る商品です。常に新しい発見があるのが、飽きっぽい私にも魅力になっています。

▲助手席側から見たC5Xのインテリア。シックで上質感のあるやわらかいダークカラーでまとめ、居間でくつろぐような快適性を感じさせる。

――カーデザインのなかでも、車体のフォルムではなく、カラー&マテリアルを専門にされてらっしゃいます。改めてカーデザインにおけるカラー&マテリアルには、どのような役割があると考えていますか?

柳沢     カラー&マテリアルデザインは、「人が触れる部分全般」の素材開発を担当します。多くの人が「自然に、なんとなく存在している」と思っている車内の細部にも、デザインの手を加えているのが、私たちの仕事です。革のかおりや、クロームのきらめき、クロスの柔らかい質感など、乗る人の五感に働きかける、仕上げのデザインだと考えています。

▲背面シートのアクセントに配置したベルト部分には、ダブルシェブロン・ロゴをパターン展開して厚めにプリント。日本の伝統工芸・印伝に着想した立体感を施した。

例えば先ほどお話しした5つのポイントのうち、ダッシュボードパネルの表面にシトロエンのロゴパターンを加工した「シボ」。樹脂部品はツルツルのままでは傷がつきやすかったり、品質感がでないので、この世のほとんどの工業製品にはシボがついています。

クルマはそのシボをオリジナルで開発できる、数少ない製品です。シボの開発は時間も経費もかかるので、経験豊富でキャリアの長いデザイナーが担当することが多いもの。私もこれまでなかなか担当できずにいましたが、C5 Xのプロジェクトではこうした部分に携われる貴重な機会に恵まれ、感謝しています。

街角を走り、真価を発揮するクルマ

――今回の取材では柳沢さんにC5 Xのハンドルを握ってもらい、パリの街中と郊外の森、そしてヴェルサイユ近郊の田園地帯を走りました。撮影地でのC5 Xの乗り心地はいかがでしたか?

▲車内モニターは12インチのラージサイズ。運転席からも楽にナビが確認できる。

柳沢     午前中に走ったパリ7区のアンヴァリッド付近は、石畳が美しい界隈。C5 Xのニュアンスカラーが映えましたね。またシトロエン自慢のサスペンションで、凹凸のある石畳でも「魔法の絨毯」に乗ったようになめかな走りを体感できました。

パリ西部ブローニュの森では、パノラミックルーフで周辺の緑を存分に楽しめました。コンテンポラリーなルイ・ヴィトン財団の建築とC5 Xの個性的なデザインも、親和性が高くマッチしていたと思います。

ヴェルサイユ近郊の農園は、普段からプライベートでも愛用しているお気に入りの場所です。ラゲッジルームを野菜でいっぱいにしよう!と意気込んで買い物をしましたが、広くて余裕があり、C5 Xの特徴である大容量ぶりを実感しました。

――実際に街を走り、荷物を積んで使ってみて、C5 Xの真価が発揮されるのですね。日本でC5 Xに乗るなら、どのように楽しんでもらいたいですか?

柳沢     平日は都会で「あまり見たことがない個性的なクルマ」として、目を惹きつつ運転していただきたいですね。渋滞に巻き込まれた時間は、オプションのマッサージ機能でリラックスして。休日には都会の喧騒を離れて森林や水辺に向かう、そんなゆったりした空気が似合うクルマだと思います。ボディは光源によって見え方が変わるニュアンスカラーですので、さまざまな場所とシチュエーションを走って楽しんでもらいたいです。

文/髙崎順子
写真/吉田タイスケ

▶︎C5 Xスペシャルサイト
https://web.citroen.jp/c5x/

▶︎シトロエンとAXISの企画記事を、デザイン誌「AXIS」10月号(特集:うみと。)にてご覧いただけます。