「メタバース」か、「メタトラップ」か?
長期的成長に必要な視点

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「Design Mind」に掲載されたコンテンツを、電通BXクリエーティブセンター、岡田憲明氏の監修でお届けします。

イノベーターたちがメタバースの基盤を築こうとしている今、それがもたらす価値を手にしようと、世界中の企業の間でメタバースへの関心が高まっています。メタバースの活用を検討している段階であれ、すでに試験活用を始めている段階であれ、自分たちのアプローチが正しいかどうかを、今のうちに確認しておきたいところです。

そこで本記事では、すぐに達成できる目標を追うという、企業が陥りがちな罠を避け、自社のビジネスにとって、さらに大きな戦略的価値をつかむためのメタバースの導入方法を解説します。ますますバーチャル化していく世界で、持続可能な収益源を創出する方法を学んでいきましょう。

メタバース空間でも“これまで成功した方法”を繰り返してしまう「メタトラップ」とは?

新しいテクノロジーに出会ったとき、私たちは以前の行動に回帰し、過去にうまくいった方法を繰り返すことがよくあります。例えば、最初のラジオ番組は新聞を読み上げるだけのものでしたし、最初のテレビ番組は生放送の劇でした。マーケティング専門家の トム・グッドウィンがわかりやすく説明しているとおり、多少の革新的な“味付け”を加えたり、周辺の手順を新しくしたりはしても、根本的なところで、私たちの意識は過去に根差したままなのです。

そして今、私たちはまた同じことをしています。ただし今回は、それがメタバースで起きているわけです。これを「メタトラップ(メタの罠)」と呼ぶことにしましょう。例えば、小売りブランドはメタバース空間「ディセントラランド」に実店舗をそっくり再現し、音楽レーベルはバーチャルコンサートを開催、消費財メーカーはバーチャルでデモ販売を行っています。

ここではっきりさせておきましょう。上記のような動きは、称賛されてしかるべきです。進歩的なブランドは注目を集める機会を狙って、ゲーム界への参入や「NFT(非代替性トークン※)」の活用を試み、若者層に働きかけて、新たなチャネルでのブランド構築に乗り出しています。

今、考えるべき重要な問いは、こうした初期のメタバースの取り組みから得た教訓をどのように生かしていくか。さらには、この機運を足掛かりにして、持続可能な収益源を新たに創出するにはどうすればよいか、ということです。

※ NFT(非代替性トークン):唯一無二のデジタルデータであることを証明し、資産的価値を付与する技術。

メタバースはゲームではなく、人々のより良い暮らしを実現するチャンス

次に、企業がメタバースを活用する際に見落としがちな3つの視点について、詳しく見ていくことにしましょう。

①メタバースとは何か?

メタバースはビデオゲームではなく、VRヘッドセットを着けたまま一日中歩き回ることでもありません。メタバースとは、フィジカルな世界とバーチャルな世界を結び付けることにより、人々のより良い暮らしを実現する“チャンス”なのです。

人工知能(AI)が支援する拡張現実(AR)や仮想現実(VR)から、NFT、メタヒューマン※。その他今後登場するであろうあらゆるバーチャル技術を含め、メタバース前の時代には不可能だった双方向的な製品・サービス・新規事業を開発するチャンスと認識することが必要です。では、「ディセントラランド」のようなバーチャルプラットフォームでの活動も、そのようなチャンスに含まれるのでしょうか? もちろんです。ただし、それは「メタ氷山」の一角にすぎません。

※メタヒューマン:非常にリアルな人間のデジタルモデルを作成するツール。

バーチャルサイクリングサービス「Zwift(ズイフト)」の例を考えてみましょう。Zwiftは、オンラインフィットネスサービスを提供する「Peloton(ペロトン)」をさらに双方的なメタバース型にしたものといえます。ユーザーは自宅で快適に過ごしながら、他のユーザーとリアルタイムでレースができます(実際のところ、モン・ヴァントゥー山を自転車で登るのは決して快適ではありません)。さらに、各ユーザーのパフォーマンスに合わせてカスタマイズされたトレーニングプランが作成されます。2020年、Zwiftの事業は4.5億ドルの投資を集めました。

メタバースは、顧客との関係を深め、従業員のパフォーマンスと満足度を高め、パーソナル化された製品体験を提供し、従来の販路の質を高める機会だと考えましょう。最終的には、それが新たな収益源とビジネスモデルの創出につながっていきます。

新たなテクノロジーの裏に隠れた、長期的な潜在メリットを理解する

②メタバースに参入するには?

メタバースでの取り組みは、ちょっとした成功がすぐに手に入る類いのものではありません。まずは、新たに出現しつつあるテクノロジーの裏に隠れた、自社にとっての長期的なメリットの可能性を理解することから始めましょう。

メタバースの市場規模は拡大しています。2030年までには50億人が利用し、獲得可能な最大市場規模は13兆ドルに及ぶと予測されています。この規模は、現在の中国の国内総生産(GDP)にほぼ相当します。

しかし、企業がバーチャル技術の潜在性を効果的に引き出すために必要なのは、NFTブームに便乗して安易に利益を上げる方法を考えるよりも、新たに出現しつつあるこうしたテクノロジーの裏にある長期的な潜在性に目を向けることです。

現在frogは、ある世界規模の消費財メーカーと連携し、まさにその研究を進めています。ポイントとなるのは、将来的な価値の源泉を見極め、戦略的なメタバースへの参入方法を明確にすることです。有望な価値の源泉が分わかれば、将来にわたって有効な、説得力のある成長シナリオを構築することができます。

そこに至るために、私たちはカテゴリーのマクロ傾向、消費者ニーズ、企業戦略との整合性、パートナーの優先課題、活用すべき既存の資産の分析に協力しながら取り組みます。関連する問題が明確になった時点で、メタバース関連のテクノロジーが、永続的な価値のあるソリューション(解決策)の構築にどのように役立つのかを検討します。メタバースはそれ自体がソリューションなのではなく、重要な顧客ニーズを解決するためのツールだと認識することが必要です。

このことが、3つ目のポイントにつながります。

“自明”なことの先にある変革的なアイデアの追求が、次の時代を切り開く

③利益性の高い製品を開発するには?

視野を広げて考えましょう。慌てて実行に移す前に、自明なことの先にある変革的なアイデアを追求することです。

まずは、製品のアイデアや成長戦略、市場機会が、どのようなものであれ、文化的、技術的、商業的なインサイトに基づいて妥当性を検証する必要があります。そうした検証を効果的に導入、実行し、規模を拡張していかない限り、それが持つ商業的潜在性を引き出し、組織全体に行き渡らせることはできません。投資利益率の高い製品で次の時代を切り開くには、誰もが認知しているようなことではなく、その先にあるより変革的なアイデアを追求しなければなりません。

多くの企業がつまずくのは、この段階です。

さまざまな業種や国、事業形態で戦略主導型のイノベーションに携わってきた私たちの経験から、多くの組織に共通していることがあります。それは、「アイデアが過大評価されている」、あるいは(こちらのほうがありがちですが)「アイデアはすでにたくさんある」と考えていることです。

実際、イノベーションラボの壁には付箋がびっしりと貼ってあり、デザイン思考ワークショップに参加する機会にも事欠きません。しかし、そうしたアイデアは実践においてどれほど説得力があるでしょうか? 30分のブレインストーミングで、思わず親友に話したくなるほどワクワクするような世界初のアイデアが出てきたでしょうか?そのアイデアは、お気に入りの雑誌の見出しになると期待できるほど当を得たものでしょうか?実際には、競合他社がすでにやっていることや過去にうまくいったことに、ちょっとひねりを加えただけのものでは?よくある話だとお思いなら、ぜひ一歩引いたところから、思い切って視野を広げて考えてみてください。

frogでは、変革的なソリューションを考案するための多くのツールのひとつとして、「変革をもたらす問い」を活用しています。また、クライアントに対して現状維持の意識を脱し、もっと大局的に考えるように促す際にも、このツールが役に立っています。

frogが提案する「変革をもたらす問い」

脳を刺激し、新しいアイデアが泉のように湧き出る「変革をもたらす問い」をいくつか紹介しましょう。

・次世代のAIインフルエンサーを開発し、何百万人ものファンと一対一の親密な関係を築くことができるとしたら?

・製品体験やサービスをひとり一人に合わせたパーソナルなものとし、製品ポートフォリオのインクルーシブ性をさらに高められるとしたら?

・NFTを、高額消費者の自慢の種を増やすだけでなく、すべての顧客が自社のブランドと個人的に意味のある関係を築けるようにする目的で利用できるとしたら?

・仮想現実と没入型シミュレーションを利用して、従業員のパフォーマンスと満足度を高められるとしたら?

・顧客行動を少しずつ変え、人々がもっと持続可能な生活を送れるようにする没入体験を開発できるとしたら?

当然ながら、上記のような思考を誘発する問いは、すべての業種に適用できるとは限りません。ここで大事なポイントは、メタバースでの取り組みを実行に移す前に、広い視野で考え、自社の具体的なビジネスに適したメタバースの戦略的な機会を見極める必要があるということです。

何らかの方向性が見えたら、すぐに試行版をつくり、アジャイル方式で検証テストを実施して、アイデアに磨きをかけていきましょう。アイデアを実証するのに必要十分なテクノロジーだけを構築し、現実的なフィードバックを集めるといいでしょう。

不況の中でイノベーションを起こすには、成長分野への投資が重要

インフレ傾向で高金利という現在のアメリカの状況は、景気低迷がすぐそこまで来ている可能性を示唆しています。このような状況では、多くの経営者は身動きが取れなくなるか、コスト削減や安全策に走って守りに入るのが普通でしょう。

メタバースなんて後回しだ、となりそうですが、本当にそうでしょうか?

アメリカのコンサルティング会社Bain & Companyが2001年の不況後に実施した8年間のグローバル調査では、今こそ将来の成長分野に投資すべきときであることを示しています。なぜなら、景気低迷期にはその前後の平穏な時期に比べ、約2倍の企業が突出した成長と利益を手にしているからです。

したがって、企業が現在と将来の事業にレジリエンスを組み入れる必要性が、ますます切迫してきていると私たちは考えています。そうするための鍵となるチャネルの一つが、メタバースなのです。

frogの「Chief Challenges」の最新エピソード「Expectations vs. Reality」では、既成概念を打ち破る画期的なアイデアを、企業を大きく変革させる製品やサービスや体験に発展させる方法を詳しく紹介しています。メタバースを戦略的な視点から掘り下げてみたいとお考えの方は、 frogまでお問い合わせください。End