「Honda eVTOL」の開発者に聞く。
垂直方向の移動がシームレスにつながる未来

eVTOLとは電動垂直離着陸機のこと。ヘリコプターのように垂直に離着陸することで、飛行機のような滑走路を必要とせず、例えば、ビルの屋上から飛び立つことができるため、未来のUAM(都市型航空交通)の要になると言われる乗り物だ。

本田技術研究所が、この開発に乗り出すことを発表したのは2021年9月のこと。大手からベンチャーまで、すでに多くの企業が開発にしのぎを削るなか、ホンダはどのようなeVTOLを、またモビリティを実現しようとしているのか。プロジェクトを率いるエンジニアとデザイナーの言葉から探ってみたい。

Photos by Michinori Aoki

時間や空間の制限に縛られない未来の移動

現代人は、クルマやバイク、バスに列車など、地上を移動する選択肢を豊富にもっている。ただ、数量が多すぎるために渋滞や事故が起き、安全や環境を脅かしている側面もある。そこで上を見上げてみよう、ほとんど手つかずの空が広がっているではないか。

10年ほど前にホビー用のマルチコプター型ドローンが登場して以来、人々は、垂直方向に離着陸する新しいモビリティ、eVTOL(electrical Vertical Take Off and Landing:電動垂直離着陸機)の可能性に思いを馳せてきた。電動で環境に優しく、静粛性があり、滑走路も必要としない。なかでも人が乗れる有人タイプは「空飛ぶクルマ」と呼ばれ、空を使って人やモノを輸送するUAM(都市型航空交通)の要になると期待されている。すでに世界中のスタートアップ企業や大手航空機メーカーなどが参入の名乗りを上げ、熾烈な開発競争を繰り広げている。

そうしたなか、ホンダは2030年を目処に「Honda eVTOL」の実現を目指すと発表した。二輪、四輪、汎用、ロボティクスにジェット機で培った技術を結集し、他社とは違うアプローチによる新しいモビリティを提供する、と意気込んでいる。

プロジェクトリーダーを務める同社先進技術研究所の東 弘英によると、「最大の特徴はEVの電動コンポーネントとジェット機のガスタービンのハイブリッドであること」。

オール電化が主流のeVTOLに比べて長い距離を飛び、今後市場の拡大が見込まれる400km圏の都市間移動も可能だ。機体は日米のホンダが共同で開発し、現在は風洞試験をはじめとするテストを重ねながら実機の初期設計をしているところだ。早ければ2023年にアメリカで試験飛行を行う予定だという。

「エクステリアデザインは二輪、四輪、パワープロダクツのさまざまな領域のデザイナーが参加する白熱した社内コンペで決まった」とデザイナーの大門路人は明かす。外から見てもインテリアの広さや快適さが伝わるグラッシーなエクステリアをデザインした。

同社が並行して進めているのが、地上の移動を含めた「モビリティエコシステム」の構想だ。機体が完成しても、それを運用する社会環境が整わなければ、当然ながら飛ぶことはできない。

担当エンジニアの加納準一郎は、「乗降するための施設や燃料供給の仕組みなど、eVTOLを取り巻くモビリティ全体のあり方について議論している」と話す。道路や鉄道など既存のインフラをベースにした乗り物とは違って、eVTOLはまだ法規もなければ、どこを飛ぶのかも決まっていない。だからこそ、地上を含めてこれからのモビリティがどうなっていくのか、また自分たちが提供できる価値とは何かを考えながら、機体もシステムも総合的に検討を進めることが重要だとしている。

これからのモビリティの価値とは何か、まさに模索中というわけだが、東と加納は「単純に移動時間が短くなる、といったことではないと思う」と口を揃える。むしろ、人々が移動する時間や空間において新しい喜びを実現し、個々に移動の方法を選べるような未来を描く。

それを具現化するひとつの試みとして、Honda eVTOLの内外装デザインには今までにない移動空間の要素が盛り込まれた。コンセプトモデルは天井から腰までがウィンドウで、全4席のシートはビジネスクラスほどの広さが確保されている。デザイナーの大門路人は、「長くて1時間という移動のひとときを、仕事に集中したり、くつろいだり、その人のための環境を提供できるようにしたい。これまでの製品開発で培った“人の気持ち”を起点とするデザインの知見が生きる」と説明する。

上部8つのローターが垂直離着陸用で、後部ふたつは推進用。上空高くまで上昇後、翼の揚力と 後部ローターを使って水平飛行する。プロジェクトリーダーの東 弘英は、「いろいろな選択肢が あることで、移動の価値を上げることができる」と語る。

Honda eVTOLのプロジェクトが始動したのは約2年前。奇しくもコロナ禍によって移動が制限され、人々がモビリティの重要性を強く意識したタイミングでもあった。東ら開発メンバーは、「現状に立ちはだかるハードルを下げて、時間や空間の制限に縛られず自由に移動できる価値を提案したい」と言う。

地上や空のモビリティに垂直方向の移動という概念を取り入れることで、それらがシームレスにつながる社会があと10年もしないうちに実現する。End

左から、本田技術研究所 デザインセンター アドバンスデザイン室 大門路人、先進技術研究所 東 弘英、加納準一郎。Photo by Yuji Suzuki, Honda R&D

ーー本記事はAXIS 219号(2022年8月号)からの転載です。