東京ビジネスデザインアワード2020年度最優秀賞
千葉印刷 & SANAGI design studio
オンデマンド印刷の可能性を切り拓く「さかなかるた」
商品化への道のりインタビュー

2020年度の東京ビジネスデザインアワード(TBDA)で最優秀賞に輝いた作品。オンデマンド印刷(ドライトナーのレーザープリント)の良さを広めたい企業と、その特性をフルに活かす提案をしたデザイナーがマッチングし、スピード感あるやり取りを経て、2022年春に商品化に至った。

オンデマンドのウリはスピード感

――千葉印刷は、1965年(昭和40年)の創業です。

柳川 前身は千葉タイプという会社で、活字を打ち込む和文タイプライターの仕事から始まりました。2005年、私の父が創業者の千葉社長から会社を引き継ぎ、2020年に私が代表、弟が専務となり世代交代をしました。私の入社当時、紙製の版を使う軽オフセット印刷を中心に印刷をしていましたが、その後、さまざまな印刷製本機をそろえ、印刷事業の幅を広げてきました。入社した頃は、ちょうどマッキントッシュによるDTPが始まりました。そこからインクジェット出力、オフセット印刷、オンデマンド印刷(ドライトナーのレーザープリント)を徐々に増やしてきました。

――今回の“主役”であるオンデマンド印刷(ドライトナーのレーザープリント)についてはいつ頃から?

柳川 20年くらい前に導入しました。印刷業界の中では早いほうだったと思います。現在の主流はCTP、LEDでのオフセット印刷ですが、ドライトナーのレーザープリントの進化にも目を見張るところがあります。

――両者の棲み分けというのは?

柳川 大まかいうと、印刷する量の多いものはオフセット印刷、小ロットならオンデマンドという認識でしょうか。例えば1種類を1,000部出すならオフセット印刷ですが、1,000種類を1部ずつ出すならオンデマンド印刷が向いています。ドライトナーはインクジェットと違って瞬時に硬化するので、色が沈んだり滲むことがありませんし、いろいろな用紙に出力できるようになりました。「きれいに印刷するならオフセット印刷」と言われたりしますが、近年はドライトナーのレーザープリントも最上級機種であれば遜色ないくらいきれいです。42億色の表現が可能というのもウリのひとつ。TBDAに参加したのは、こうしたレーザープリントの良さをもっと広めたい、という気持ちが強かったからです。

――TBDAに参加することで特に期待したことはありますか?

柳川 レーザープリンターIridesse(イリデッセ)が得意とするメタリック調を効果的に表現できるコンテンツに期待していました。パッと見てわかりやすいもの、誰もが「なんだ、これ!」と驚くようなアイデアを楽しみにしていました。

千葉印刷 代表取締役社長 柳川満生

42億色を活かすアイデア

――SANAGI design studioのふたりは今回がTBDA初参加とのことですね。

井下 はい。インスタグラムで広告を見て初めてTBDAを知りました。僕らはもともと友だち同士で、僕はファッションとプロダクトのデザイン、増谷はウェブやグラフィックのデザインを専門にしていました。

増谷 同じシェアハウスに住むようになってて、「力試しにコンペに出してみようか」とゆるい気持ちでTBDAに参加したんです。

井下 9つのテーマがあったなかで、千葉印刷の「オンデマンド印刷の良さを広めたい」という言葉に興味をもちました。増谷とアイデアをたくさん出しあって、最終的には商品開発に絞って提案することにしました。

SANAGI design studio デザイナー 増谷(左)と井下(右)

――「かるた」というアイデアはどう生まれたのか?

井下 提案にあたって「千葉印刷の内製でやる」という条件があったので、使える素材は紙だけ。さらにメタリック調を押し出すとなると、魚や昆虫、鉱石など自然界に存在する美しいものをモチーフにしてはどうかと。それらを組み合わせると、カードゲームやかるたといった案は割とすぐに出てきました。ポイントは、それを最新のレーザープリンターでどこまで再現できるか。技術力を訴求しながら、商品としても面白いものができそうな予感がありました。

増谷 あと「42億色」というインパクトある言葉を商品や売り方にどう活かすかみたいなところも重視しましたね。

柳川 提案を見たとき、すぐに「これ誰にも言えない!」と思いました(笑)。42億色をフルに活かす「さかなかるた」は、私らにとって“ドンズバ”のアイデア。SANAGI design studioから詳細の提案書をもらった翌日にはサンプルをつくってふたりに見せたんです。そうしたら「こんなにきれいにできるんだ!」とすごくびっくりされて、嬉しかったですね。あのときのふたりの驚いた顔が今でも忘れられなくて、その後も大変なことはたくさんありましたが、自信をもって頑張れたと思います。

――翌日にサンプルを見せられるって早いですね。

柳川 そのスピード感こそドライトナーのレーザープリントの特徴ですから。ほしいときに手品みたいに出せるのが、まさに「オンデマンド」の良さなんですよ。

偏執的にこだわったクオリティ

――2021年2月に最優秀賞を受賞、2022年夏にはプレスリリースとクラウドファンディングを開始。クラウドファンディング後すぐに一般販売開始となりました。約1年半の開発はスムーズだったのでしょうか?

柳川 それが、当初「大丈夫です。できます!」と大見得切ったのに、いざやってみたら全然できなかったんです。1枚につき7回も機械を通して盛り上げ加工をするため静電気がすごくて、メタリックのトナーが定着しなかった。しかもユポ紙というかなり特殊な紙を使っているので、協力会社にお願いすることもできませんでした。工夫に工夫を重ね、何とかかたちにできましたが、ほかにも開発の終わり頃にいろんな問題が噴出し、一時は「商品化できないのでは」と焦ったときもありました。

――商品の販路や売り方も千葉印刷で進めたのですか?

柳川 B to Cの売り方に関しては、正直、経験したことがなくてわからないので、SANAGI design studioのふたりにリードをしてもらいました。「こうしないと売れませんよ」、「オファーが来たらすぐ条件を提示しないといけませんよ」とか、たくさん助言をいただきましたね。

井下 特にSNSでの発信は重要で、拡散されやすい画像の配置などは試行錯誤しました。当初、クラウドファンディングの出だしが緩やかで心配していたのですが、あるタイミングでTwitterがバズって、急に跳ね上がった。それを見たほかのメディアに取り上げてもらい、そこからは連鎖的に広がっていきました。

――どんなメッセージを押し出したのでしょうか?

井下 「偏執的なまでにクオリティを追求する」というのは内外にずっと言いつづけてきました。「さかなかるた」は紙のプロダクトとしては上代が高く、生活必需品ではない。だからこそ過剰なくらいリアルさや美しさを追求しなければ、お客さんに振り向いてもらえないと思ったんです。結果的にバズったのも、普通の印刷会社が「そこまでやるか」というクオリティにガチで取り組む面白さがあったからではないでしょうか。

柳川 もうひとつ驚いたのは、クラウドファンディングでクレームが1件もなかったことです。

井下 クラウドファンディングでは実物の写真を載せず、特徴のひとつである盛り上げ加工についてもあまり説明しませんでした。それで商品が届いたときに、実物がお客さんの予想をはるかに超えていて圧倒されたのではないかなと思います。

増谷 デザイナーや印刷業界に携わっている人の関心も高いですよね。「どうやってつくられているんだろう」って。今だに「UVオフセットで盛上げ」だと思っている方も多いですよね。実は、UVオフセット印刷の盛上げだと、「さかなかるた」みたいにきれいに盛上げができないんです。

柳川 そう、印刷会社がたくさん視察に来ました。「さかなかるた」の開発を通じて、私たちはドライトナーのレーザープリントに関わるすべての苦労を経てきたから、できることとできないことが全部わかっている。だからどんな相談がきてもすぐに対応できるんです。いろんな会社と話をするなかで、新たなコラボレーションも次々と決まっています。

TBDAの手厚いサポートが印象的

――今後の展望について教えてください。

柳川 「さかなかるた」によって、ドライトナーのレーザープリントに対する期待値が、印刷業界やデザイン業界で確実に広がったと思います。引き続き「こういう印刷技術がある」ということを訴えながら、さらなる思考を巡らせて、商品の企画開発を進めていきたいと思います。

井下 例えば、千葉印刷のなかでラボみたいな組織を立ち上げてみてはどうかと思うんです。そこでは「さかなかるた」やその第2弾、あるいは違う商品を開発し販売していく。ドライトナーのレーザープリントに関する実験的な環境を整えると、もっと面白いことが起きて、新しいつながりが生まれるのではないでしょうか。

増谷 僕が今回感じているのは、千葉印刷の社内の変化です。プロジェクトを通して、社員が自ら提案する体質になってきていると実感しています。いずれ僕たちがやらなくても、社内で自走していくような雰囲気をつくれたらいいなと思います。

――最後にTBDAについての感想をいただけますか?

井下 TBDAがほかのデザインコンペと違うのは、早い段階から知財や販売のアドバイスを受けられるということ。学ぶことがめちゃくちゃ多いですし、受賞後も事務局による手厚いサポートが本当にありがたかったです。

増谷 コンペというより実験という感じでした。量産の仕組みなどわからないことも多いなかで、実際にやりながら試してみることができる、とても刺激的な機会でした。

井下 順位もそれほど重要ではないのかもしれません。それよりもいい商品やいいビジネスを生み出すために、事務局も審査委員も一丸となって「何でもやるよ」という気概を見せてくれる。TBDAに参加する人たちにとっても、それはとても心強いことです。End

Photo by Nishida Kaori

株式会社千葉印刷 https://www.chiba-print.co.jp/

SANAGI design studio  https://sanagidesign.com/

さかなかるた https://sakanakaruta.jp/

東京ビジネスデザインアワード
https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html