街をつくるようにオフィスをデザインする
スチールケース社のオフィスネイバーフッド構想とは?

創業以来、働き方そのものを提案し続けてきたアメリカの老舗オフィス家具メーカー、スチールケース(Steelcase)。暮らしと仕事がなめらかにつながるオフィスデザインが世界中で求められる今、同社の哲学には、コロナ禍以降のオフィスデザインのヒントがたくさん詰まっていそうだ。




多様な働き方と「出社したくなるオフィス」

日本では、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少を喫緊の課題として、社会全体で解決すべき「労働にまつわる問題」は山積している。そうした状況の打開策として施行されたいわゆる働き方改革の推進が新型コロナウイルスの感染拡大によって推し進められたばかりでなく、リモートワークの急増によって「オフィス不要論」さえも耳にするようになるなど、この3年間で私たちの働く環境は大きく変化した。

実際に、アメリカのオフィス家具メーカー、スチールケース(Steelcase)が2020年以降に全世界的に実施してきた「働き方にまつわる調査」(※1)では、従業員が働きたいと思う場所について、「在宅」と答えた人は45パーセントに及び、逆に「オフィス」と答えたのは半分以下の21パーセントにしか至らなかった。

▲スチールケース社による世界規模のアンケートのうち、「従業員が働きたいと思う場所」についての結果。同アンケートは、このコロナ禍が将来的に個人や企業組織の働き方、働く「場」をどう変化させていくかを把握するために実施された。

その一方で同アンケートでは、「週2日以上の在宅勤務を希望する人は6カ月以内に離職する可能性が高くなる」という結果も出ているほか、コロナ禍における在宅勤務が、社員の孤立化、企業カルチャーの希薄化といったイノベーションの弊害につながるといった問題も顕在化。そのため、GAFAMと呼ばれるような巨大IT企業も対面コミュニケーションの重要性を再認識し、「オフィス回帰」を加速させているのが実際だ。

(※1)世界11カ国の企業、57,000人を超える従業員を対象としたアンケート結果によるもの。数十回にわたって実施され、最新の定量調査は2021年の秋に実施。その時は、世界11カ国、4,986人を対象に行われた。

今でこそ家具メーカーが働き方そのものを提案することは珍しくなくなったが、スチールケース社は創業以来、働く「人」を軸にしたデザインによって革新を続けてきた(創業時はMetal Office Furniture社)。

1914年にオフィス向け製品の取り扱いからスタートした同社は、画期的な耐火ゴミ箱で特許を取得。建築家のフランク・ロイド・ライトとの協働で内装や家具を手がけた「SC Johnson Wax building」が高い評価を受けて以降、色やデザインにも注力した先進的なオフィス家具を次々に発表。背骨の動きを真似るエルゴノミクスチェア「リープ(Leap)」や、同社初の環境配慮プロダクト「シンク(Think)」チェアなどのベストセラー製品が、同社の地位を不動のものとした。

▲1912年にアメリカで創業したスチールケース社。当時は籐のゴミ箱に捨てられたタバコを原因とするオフィス火災が社会問題となっていた。耐火性の高いスチール製のゴミ箱によってその名が知られて以降、当社は社会に目を向けた製品開発に継続的に取り組んでいる。

また、近年は脱炭素化に向けた循環型ものづくりに力を入れつつ、2019年にはオフィスのレイアウトを自由に変更できる「フレックス・コレクション(Steelcase Flex Collection)」を発表するなど、業界をリードしている。

そんなスチールケース社は、今こそ働く場や体験を再定義し、再構築する必要があると考えている。同社が考える理想のオフィスとは一体どのようなものなのだろうか。

Photo by Sayuki Inoue




オフィスネイバーフッド構想――自律性と共創を促す“場”の重要性

効率性を最重要視して島型にテーブルを並べていただけの画一的なオフィスに、今求められているのは「人間らしさ」だという。対面やオンラインで人同士がつながることと、必要に応じてプライバシーを確保できるパーソナルスペースへのニーズが高まっている事実からは、従業員の自発的意欲や共創を誘発するオフィスデザインが企業の生産性を左右する時代に突入していると推測できそうだ。

そこでスチールケース社が掲げるコンセプトは「オフィスネイバーフッド(Office Neighborhood)」。まちづくりをするようにオフィスをつくるという発想だ。人が行き交う広場のカフェに座りながら1日の活力を得たり、図書館での静かで良質な時間を楽しんだりと、街の中にあるさまざまな仕掛けをオフィスに持ち込むことを意味している。

▲まるでひとつの街のように、多様な活動スペースが同居するオフィスの構想。チームのスペース(ネイバーフッド)と共有スペースが融合し、それぞれの活動をサポートしながらより大きなコミュニティを形成する。

また、これらの“街”の多くを構成するワークスペースも決して画一的ではない。

同社が行った先のアンケートによると、今「従業員が価値を置くオフィス機能」という問いに対して日本の従業員および経営層が出した答えの多くは「対面とオンライン会議のためのひとりワークスペース」だった。次いで、対面とリモートを融合することを目的にデザインされた「ハイブリッドコラボレーションスペース」、「プライバシー」が上位に。

Photo by Sayuki Inoue

一見すると両立しないと思われるこれらの要望には、気軽にオフィスレイアウトを変更できる同社の家具コレクション「フレックス・コレクション」が力を発揮するだろう。家具同士の融合性や統一感やなど、デザインの隅々にまで美意識がいきわたっていることは言うまでもない。

問題解決の答えはひとつではないものの、オフィスネイバーフッドの考えにおいて最も重要なことは、時代の変化やチームの人員増減、そのニーズに合わせてレイアウトを素早く変更できるフレキシブルさがあること。なぜなら、在宅勤務やノマドワーク、テレワークなどを併用するハイブリッドワーク新時代が到来した今、それぞれの従業員が生産性を上げつつも、他人と切磋琢磨して共創できる場への欲求は不可逆的に高まっているからだ。

▲オフィスネイバーフッドのイメージ。コラボレーションスペースとプライベートスペースが共存し、それぞれを自由に行き来することができる。

▲個人とチームが最高のパフォーマンスを発揮できるように、必要に応じてオフィスのスペースを自由に変更できる「フレックス・コレクション」。ブレインストーミングからワークショップ、スタンドアップからスプリントレビューまで多角的に対応する。

▲エグゼクティブ向けワークプレース「C-スイートホームベース」。これからの企業のリーダー像のひとつ「親しみやすさ」を空間全体で促すデザイン。




テクノロジーと家具が融合したハイブリッドワーク新時代へ

リアルとリモートのハイブリッド会議はコロナ禍で定着しつつあるものの、世界にある9,000万もの会議室のうち、ビデオ対応型スペースはわずか10パーセントに満たないという(※2)。そして、その1割に満たないスペースにおいても、部署同士の緊密な連携を叶えたり、従業員の誰もが能力を最大限に発揮するためには、テクノロジーと家具が完全に融合したワークスペースが不可欠だとスチールケース社は考えている。映像や音声、視野や照明、コンテンツなどの諸要素を包括的に設計することが鍵になるということだ。

(※2)「世界のビデオ会議デバイス市場の実態と2025年までの予測」より。(2021年3月、Frost & Sullivan)

そこで、発売予定の新製品のひとつ、カーブ状の会議室向けテーブル「オキュラー(Ocular™)」はどうだろうか。マイクロソフト社とのコラボレーションによる本製品は、曲線型フォルムによってデスクを囲む全員がそれぞれの顔や声を認識することが可能なうえ、オンラインの相手とも同じ目線で会話ができる環境を整えてくれそうだ。

▲マイクロソフト社と共同で開発されたテーブル「オキュラー」。テーブルの天板をカーブ状にすることで、リアルもオンラインでも会議に参加する全員の顔や声を認識することを叶えた。

また、ホワイトボードとしても使えるモニター「Microsoft Surface Hub 2S」シリーズと、専用にデザインされたモバイルスタンドなら、物理的な可動性のみならず、オンライン会議が終了しても発想やアイデアのフローを終わらせないワークスタイルを可能に。ハイブリッドワークを支えるツールとして力強い存在となるかもしれない。

▲「Microsoft Surface Hub 2S」デバイスファミリー専用に設計されたモバイルスタンド「スチールケース・ローム・コレクション(Steelcase Roam Collection)」。

こうしたハイブリッドワーク新時代に向けたオフィスの再考に重要なことは、新たなニーズに対応するためにオフィスのあり方を根本から見直すこと。コロナ禍で様変わりした従業員の意識や価値観を把握し、そのニーズや欲求にどう応えるかについて働く人を中心に据えて誠実に向き合うことだ。

繁栄する都市は多様性に富み、個性豊かだ。魅力と活力に溢れ、新たな発想やトレンドが生み出される。そうして豊かに醸成された街というコミュニティこそが、従業員が今望んでいる理想のオフィスの姿だとスチールケース社は考えている。

今こそ、組織のあり方や文化をリセットする絶好のチャンスなのかもしれない。

(文/阿部愛美)