もし針を使わず注射できるとしたら?

針を使わず注射できる経皮浸透という技術。リポソームという技術が知られているが、そこに画期的な効果を発揮する最新型が登場した。当然、医療の分野での利用が期待される技術だが、まずは美容分野でのデビューとなった。そしてそれはわたしたちにその先進テクノロジーを気軽に体験できるという恩恵をもたらした。

ディープ・イン・アクト技術で髪のボリュームに作用するというメディカルプルーフの新作、THE FOREST。

革新的なテクノロジーはどのようにして人びとが享受できるまでに広まるのか。革新的なテクノロジーが生まれ、既得権益の壁をかいくぐりその存在が人びとの口の端にのぼるように至っても、利用できる場所が限られていては宝の持ち腐れだ。しかし今回紹介するdeep in act(ディープ・イン・アクト)は今すぐ体験することができる革新的テクノロジーである。

外界からの異物の侵入を防ぐためバリアの役目を果たしているわたしたちヒトの皮膚。通常は皮膚から何かを吸収するということはない。しかし注射針などによらず有効成分を直接肌の深部にまで到達させる仕組みは存在する。送り届けたい対象物を小さく軽くしたうえでさらに脂質でコーティングすると、角質層の隙間を通り抜けることができるようになる(※1)。そこまでしてようやく肌内部に対象物が届くのだ。その技術を経皮浸透と言う。

※1:角質層を通過させるための3つの条件
1:分子量(≒質量)500ダルトン以下
2:サイズ200nm(ナノメートル)以下
3:脂溶性(脂質でコーティングされていること)

経皮浸透は実は美容の分野ではすでに知られた技術である。その代表的なもののひとつがリポソームである。インフォマーシャルなどで、そのままの大きさでは角質層を通過できない美容成分を「この製品ではナノ化した!」などと姦しく喧伝する映像を見たことがある人もいよう。そこにはほぼこのリポソーム技術が使われている。

極論すると、細かく刻んで脂でくるむところまでがリポソームである。ただ、小さくなった成分は元のかたちのままではない。細切れになった成分はカケラの状態でも本来の効果をじゅうぶんに発揮できるだろうか。

角質層を通すところまでを頑張った技術が『従来型』経皮浸透だとすると、今回紹介するディープ・イン・アクトは通過後の結果までを意識した経皮浸透である。送り届けるべき成分を、かたちはそのままに脱水させることでサイズを小さくして隙間を通すという発想の転換だ。

小さく軽くなって脂質にくるまれ肌のバリアを通過したあと、ヒト体内の水分に触れ元どおりの成分として復活する。切り刻まれていないので本来の効能を100パーセント発揮できるというわけだ。まずは角質層を通り抜けさせよう、ではなく通過後どうするかに配慮されているところが従来型との決定的な違いである。

ディープ・イン・アクトと従来型経皮浸透がそれぞれどのようにして角質層を超えて成分を浸透させるか、STEP 1、2、3と順を追って模式図で比較。最下段のSTEP 3で効果の違いが鮮明に(左側がディープ・イン・アクト)。

塗るだけで成分が浸透する。この革新的な経皮浸透のテクノロジーは医療に応用されれば計り知れない恩恵をもたらすはずだ。新しい=使い捨ての注射針は世界中どこででも簡単に手に入るものではない。先進国ではすでに根絶された感染症がいまだ蔓延している途上国にこの技術がもたらされれば、注射針が使いまわされることで返って別な病気を広めてしまうといった不幸は根絶できるのではないか。

そんな可能性を秘めたこのテクノロジーが生まれたのは実はここ日本である。当初、離島など無医村の医療の助けになればと開発されたが、その尊い志にもかかわらずなぜか広まることなく埋もれていた。それをこの技術について知る海外の医療従事者から逆輸入のようにして情報を得、その監督下に当該技術の開発に当たる研究所を再編し、現在のように世間に知られるところまで育て上げたのもまた日本の企業、株式会社レムテックだった。ディープ・イン・アクトと命名し、医療技術として一般化させるための次なる一歩が踏み出されるはずだった。

「はずだった」というのはそこに立ちはだかった障壁があるからだ。たとえば、必要なエビデンスを揃えて日本医師会など権益団体に話を持ちかけてみるものの前向きな回答は得られなかったという。この技術が承認された暁には注射針を生産しているメーカーを潰すことになるとでもいうのだろうか。明確な理由はわからないが、医療分野での活用はペンディング状態である。

そこでレムテックとしては比較的短期間で製品として発表することができる美容の世界へとこのディープ・イン・アクトを援用させた。メディカルプルーフというブランド名のもと、現在3種類の製品の商品化に成功している。技術開発と実現化はイコールではない。レムテックに見出されなければどんなに長い茨の道が待っていたことか。インフルエンザワクチンの点鼻薬接種承認は申請から7年かかったというニュースはまだ耳に新しい。

THE FORESTには今話題の成分であるCBD※2も含まれる。その有効成分であるカギは正しく受容体であるカギ穴に入るのか。左側がディープ・イン・アクトによる受容の仕組み。右の従来型経皮浸透ではじゅうぶんな効果を発揮できるか心許ない。
※2:CBD=カンナビジオールの略称。塗布や飲用による摂取でリラックス感が得られると注目される植物の麻由来の薬効成分。効用には免疫や神経伝達、自律神経の恒常性維持のほか、抗炎症作用なども。カンナビス(大麻)を連想させるためか、麻薬成分を含まないにもかかわらずいまだ危険な成分と誤解されることも

このテクノロジーがいかに革新的かはおわかりいただけただろう。ただ、ディープ・イン・アクトはあくまでも成分を肌深くに浸透させるためのツールである。晴れて製品化されたこの技術によって届けられるべき何か特別な成分が必要だ。メディカルプルーフの新製品2点には幹細胞培養上清液が含まれている。

再生医療の世界では確かな信頼性をとともに語られるキーワード、幹細胞。それを培養する際に生み出される副産物が幹細胞培養上清液である。細胞の活動を活性化させる幹細胞の、その要となる成分は培養時に幹細胞が浸される液体に染み出す。その培養液を幹細胞培養上清液と呼び、滲み出た要の成分をグロースファクターと呼ぶ。グロースファクターは言わばカギのようなもの。カギ穴である幹細胞に接合することでその成長を促す。そしてカギは損なわれることなくカギ穴まで届けられてこそ十分な効果を発揮する。

ディープ・イン・アクトと幹細胞培養上清液の掛け合わせは無敵だ。眠ってしまっている細胞に本来の役目を果たせ、と揺り起こす。たるんだ皮膚には張りがよみがえり、痩せ細った毛髪にはコシが戻るとか。幹細胞は体内にもともと存在しているのだから実際はまったく安全な成分である。副作用などの心配は無用だ。

大型工作機械などとは違いこのテクノロジーがどのように働くか、ナノの世界の仕組みを目視で確認することはできないが、幸いすぐさま手に取って体験することができる。そしてその結果については毎朝の鏡の前で確認させてもらおう。(文/入江眞介)End