日常の観察から「遊びのタネ」を
見つけることを追求する クリエイターの太田琢人

「〜」(2020)。Photo by Takuto Ohta

クリエイターの太田琢人は、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科を経て、昨年、東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻を修了した。在学中から国内外の展示会やイベントで作品を発表。自らの方向性を見出す作品になったのが、2019年の「RUBBISH THINGS」だったと振り返る。日常を観察するなかで「遊びのタネ」を見つけることを追求する。そんな太田にものづくりに対する想いを聞いた。

「deku」(2021)。角材をカットして積み重ね、マスキングテープで固定して制作したオブジェ(木偶)。Photo by Takuto Ohta(本記事の写真すべて)

学生時代から各地で作品を発表

建築家の父と、言語聴覚士である母のもとフランスで生まれ、2歳のときに東京に居を移した。子どもの頃から絵を描くのが好きで得意だったこともあり、自然とものづくりの道に導かれていった。

プロダクトデザインを学びたいと思い、2013年に武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科に入学。だが、1年目の基礎課程でクラフトやインテリアなど、ほかのコースも知る。2年目にデザイナーの山中一宏が教授になったインテリアコースに興味をもち選択。人とものとのコミュニケーションについて考える課題や、山中の仕事をそばで見る機会を通じ、多くの刺激を受けた。

「COLAL」(2019)。沖縄・名護の多目的スペース「COCONOVA」のために、戦後普及したコンクリート建築に使われた花ブロックを使って制作した家具。

武蔵野美術大学在学中の2014年から東京デザインウィークの学生コンペやイケアの産学協同プロジェクトなどに参加し、さまざまな賞を獲得。受賞作品は、ミラノサローネやニューヨークのICFFにも展示され、それらの場で世界で活躍する人々の作品を目の当たりにしたことが転機となった。「座り心地のいい椅子、洗練されたデザインのものはすでに市場にたくさんある。自分も同じところを目指してつくる必要があるだろうか」と、既存にない、新しい感覚で発想したものをつくりたいと考えるようになった。

コンペや展示以外に、理系大学の建築サークルなどに参加し、他大学の学生との交流を積極的に図った。次第にクリティカルデザインやスペキュラティブデザインに興味を持ちはじめ、その分野の視野を広げ知識を深めるために、卒業後に東京藝術大学大学院へ進学した。


「RUBBISH THINGS」(2019)。コルベール委員会ジャパンと東京藝術大学の共同プロジェクト「コミテコルベールアワード2019」でグランプリを受賞。

日常を観察するなかから探る

修士1年目に学内プロジェクトに参加して「RUBBISH THINGS」を制作したが、その発想は、自らの何気ない体験から生まれた。「部屋にはたくさんのものがあるのに、外出前と帰宅後の状態が何も変わらない、ひとつもものが動いていない、その当たり前に違和感を覚えました。場所に固定され、静止した状態のままのものに哀愁を感じたのです」。

もし、ものが意思を持って、心地いいと思う居場所を自ら探して移動することができたら、人の意識はどう変化するのかに興味を持った。動きについて調べていくなかで、ムカデの無数の脚が連続的に呼応することに着目。試作を重ね、振動や風によって生き物のように動く家具(テーブル)が生まれた。太田は「日常を観察するなかから探り、風景を異化させるものをつくりたい」と語り、このときに自身が追求したい方向性が見えてきたという。

※日常で見慣れたものを見たことのないものに変化させること。ロシアの言語学者であり作家のヴィクトル・シクロフスキーらが提唱した言葉。

作品「〜」の素材は、鉄製の細いワイヤーを螺旋状に巻いたもので、遠目からは見えない。

「〜」(2020)。ADFミラノサローネデザインアワード 2021にて最優秀賞を受賞。

2020年に発表した作品「〜」も、日常から発想した。「私たちは人とものの関係性を瞬間的に言葉の情報に置き換え、理解したつもりになっているような気がします。例えば、『人がコップを机に置く』という行為を目にしたときに、『人+コップ+机+置く』とおおまかに記号化して受け止め、細かな部分に想像を巡らせることはあまりありません。そのなかで見過ごしている部分を表層化させることで、ものの見方に変化を与えたいと考えました」。

「〜」は、ものが置かれる対象を指し、背景に溶け込んで目に見えにくいものである。「〜に置く」「〜にかける」という人の行為を浮き上がらせ、ものの質量や質感に意識を向かわせる。ものとの関わりを体験してもらうのではなく、「観察する」という第三者的視点に重きを置いた作品である。

「WONDER OBJECT」(2022)。

行為の痕跡が余韻として残る

2022年の大学院の修了制作では、「WONDER OBJECT」をつくった。「以前から、目を閉じると周りにあるものの存在が消えてしまうのがなぜか嫌いでした。例えば、トイレの使用後に水が流れる音がドアを閉じても聞こえるといった、行為の痕跡がしばらく空間に余韻として残るものが、身の回りにもっとあっていいのではないかと思っていました」。

制作の手がかりになったのは、友だちに誘われ企画したワークショップだった。それは目を閉じて視覚情報を消し、触覚や聴覚を頼りに空間に散りばめられた素材を組み合わせてものをつくるという内容。そこで太田は天井から吊るされた素材に誰ひとり気づかなかったことから、人は目を閉じると、目から上の位置にあるものに意識が向きづらいことに気づいた。このような人の感覚と認識の関係性について考え編み出したのが、下方のコイルを蹴ると、なぜか頭上で反響音が鳴り響くというオブジェである。不思議な体験のなかで感覚を研ぎ澄ましながら、ものと向き合うことを促す。

「コモン・ネグレクト・マテリアル」(2022)。第一弾プロジェクトは、三重県の九鬼の漁港などで行った。放置されていたコンテナを家具に仕立てた作品。

「遊びのタネ」から生まれる

常に日常を観察しながら思考を巡らせ、展示やイベントのたびに、それまで考えていたことを整理して作品としてアウトプットしてきた。太田は言う。「最先端の研究から生まれてくるようなことではなく、ありきたりで見過ごしてしまう部分のなかに、誰もやってこなかった視点を見つけていきたい。僕が探しているのは、『遊びのタネ』です」。

2022年に発表した自主プロジェクト「コモン・ネグレクト・マテリアル」は、まさに「遊びのタネ」と言える。過疎化した地域で多くの人の頭の片隅にはあるが、存在を無視して放置されてきたものに再び命を吹き込み、街へ戻していく活動である。他地域においても使われず眠っているものがあることが予想でき、多様な展開が考えられる。そんなふうにひとつのタネから、楽しい遊びが広がっていくようなことを意味している。

「KINTOKI」(2021)。電子マネー化が進むなかで、硬貨の終わらせ方を考えるためのオブジェ。

太田にとっての「遊びのタネ」は、自分が楽しむための手段でありながら、誰でも参加が可能なゲームのルールのようなものだという。そこで生まれるのは、日々の生活に直接的に必要なものでも、商品化を目指すものでもない。では、太田がものをつくる意味とは何か。

「ものづくりは、生産と分解の繰り返しだと考えています。誰かが生み出したことに疑問を抱き、壊して新たな何かをつくる。僕自身は、それを続けていった先に何があるのか知りたいのです。そのためには、時々に応じて自分が面白いと感じた情報や環境に飛び込むのが一番いい方法だと思っています。これから先、仮にまったく違う方向に進んだとしても、何かを分解し生産することに変わりはないでしょう。そこで一緒に遊んでくれる人が現れたら最高ですね」。

さらに体験を重ね、活躍の場を広げていくのはこれからだろう。既存にない、新しい感覚で発想したものを目指して、今後、どのような方向に進むのか楽しみである。今春に新作発表を予定しているとのことで、ご興味を持たれた方はSNSなどで情報をチェックいただきたい。End


太田琢人(おおた・たくと)/クリエイター。1993年フランス生まれ。2017年武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。2022年東京藝術大学デザイン学科修士過程卒業。現在は、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科にて助手として勤務しながら制作活動を行う。コミテコルベールアワード2019 グランプリ受賞、ADFミラノサローネデザインアワード 2021で最優秀賞。主な展示として、「Fuori Salone 2021」Tortona37(イタリア)、「TAKE YOUR TIME」Tongyoeng Triennale 2022(韓国)。