形、素材、色を探求するデザイナー、セシリエ・マンツの眼差しに触れる

デンマークを拠点に活動するデザイナー、セシリエ・マンツの個展が東京都内の2カ所ーー高田馬場のBaBaBaと東日本橋のmaruni tokyoーーで開催中だ。「TRANSPOSE――発想のめぐり」と題し、マンツのデザインプロセスを試作と新作を通して伝えている。

BaBaBaでの展示。マンツの事務所で起きていることを再現した「創造の現場」をテーマに、マルニ木工の「EN」チェアの試作品をはじめ、まち針、テープなど思索に欠かせない身近な道具が並ぶ。©Kohei Yamamoto

2018年、パリのインテリア見本市「メゾン・エ・オブジェ」でその年の傑出したデザイナーに与えられるデザイナーオブザイヤーに選ばれ、フリッツ・ハンセン、フレデリシア、ムート、バング&オルフセンといったデンマークのメーカーはもとより、エルメスをはじめとするインターナショナルブランドからも製品を発表。名実ともに今を代表するデザイナーのひとりと言えるのがマンツだ。

しかし、当初からデザイナーを目指していたのではなく、もともとは画家になりたかったと彼女は振り返る。それでも、なぜ“もの”がその形になっているのか、つくり方や素材、色に対する興味が尽きることはなかったとも語る。

2つの会場ともにキュレーションはセシリエ・マンツ、企画・ディレクションをデザインジャーナリストの猪飼尚司が務める。©Kohei Yamamoto

そんな彼女が、デザインのうえでどのような思考を巡らせているのか。展覧会では、今でもテクノロジーやコンピュータに任せることなく、手と目で確かめながら模型をつくって検証し、発想が形になるまでのプロセスを可視化している。BaBaBa会場が「有田の記憶」「創作の現場」「新しいアイデア」「食事の風景」、マルニ木工ショールームであるmaruni tokyoが「A Hint of Colour」をテーマに、二会場をつなげて構成する。

「有田の記憶」。磁土や陶片、1977年に白山陶器のプロダクトデザイナー、森正洋がデザインした青い塩入れなどを通して、有田焼が経てきた時間と存在を浮かび上がらせる。

マンツがデザインの意識を抱いた原風景は、幼少期、陶芸家の両親とともに訪れた有田にあるという。「有田の記憶」では、その頃、有田で見つけた陶片をはじめ、父と母の作品、そして後年、彼女が百田陶園とともに製作した有田焼のティーポット&カップ、それが完成に至るまでのドローイング、紙の模型、試作で構成される。なかには華美な絵付けのないシンプルな形の陶片もあるが、数百年前につくられたと教えてもらわなければ、近年の製品だと思うほど時代を感じさせない。こうしたタイムレスな磁器を前に、マンツは様式を排除し、カップをはじめとする百田陶園との「CMA Clay」コレクションをつくり上げたのだろう。

「CMA Clay」のカップの取っ手を検証するスケッチ。セシリエは、握りやすさと持ったときのバランスを鑑み、指に引っ掛けるような形の取っ手を提案。窯元は、焼成時に取っ手を支えるパーツを考案して実現させた。

Beoplay M5の布地を検証するために、簡単に取り外すことのできる道具としてまち針を使用。

Beolit20スピーカーのグリル穴のドローイング。

「創作の現場」は文字通り、さまざまなプロジェクトのためのスケッチ、試作、模型が並び、つくっては更新する、コペンハーゲンにあるマンツの事務所を東京に運んできたような展示だ。オーディオ機器メーカーのバング&オルフセンのスピーカーの横には、数や配置の異なるグリルのパンチングホールのサンプルが並ぶ。音質は空気の波動で決まるため、パンチングホールの数や配置は何度も検証された。

また、マルニ木工のためにデザインした「EN」チェアの試作も展示されている。マンツは椅子のデザインをすでに20年近く手がけているそうで、座面の高さ、快適な背もたれの角度といった大方の数値は把握している。それらを基点につくり手の技、自らの考える美しいフォルムを頭の中でビジュアライズしていくプロセスだという。前脚の内側を平坦ではなく、丸みを持たせて切削したり、シートレイルの下にわずかなアールを与えたのは、構造上は必要ないが、造形として美しいと考えたからだ。

筆者が最初にマンツを取材したのは、10年前の2013年夏。彼女がジャパン・クリエイティブのリサーチのために岩手県のホームスパンの工場を訪れた際のことだった。デザイナーとして関わる仕事は家具だけでなく、セラミック、オーディオ機器、ガラス、テキスタイルと幅広いが、扱う素材とそのつくり手の技の本質を見極め、極限までその特性を引き出そうする姿勢は、かつてと変わらないように映る。

彼女は4月に開催されたミラノデザインウィーク中、エルメスからも木の椅子を発表している。マルニ木工と同じ木製の椅子でも、つくり手それぞれの強み、価値に光を当て、エルメスではレザー加工の技を存分に引き出すことで同社でしか実現できないデザインをつくり上げていた。

maruni tokyoでの展示。「EN」チェアのグレーバージョンの色を決めるうえで参考にしたのが、韓国で見つけた高台皿だったそう。

一方、maruni tokyoの展示「ア・ヒント・オブ・カラー」では、「EN」チェアの新たなカラーバリエーションの発表に合わせて、マンツが日頃から世界各地で収集している色のサンプル、それも人がつくり出したさまざまな立体物を公開している。マンツは、立体の表面の色が光を受けたときにどのように見えるかといった点を重視する。パントンの紙の色見本ではなく、人工物や自然界の造形を含めて、オブジェとしての色を集めている。会場にはマンツがこれまでデザインしてきた製品とともに、その色のヒントとなった製品、例えば巻き尺や電灯用のソケット、砥石といった身近な日用品が展示された。

道具が持つ色の意味を考えさせる展示。工具は一目で認識できる色が用いられている。

展示には、木、ガラス、アルミニウムといった素材のサンプルも含まれる。素材ごとの色のトーンがあり、その違いによってニュアンスや見え方が大きく異なることに気づかされる。また、色はデコレーションではなく、機能の一部であることを説く展示もある。製品づくりにおいて、形と素材と色が破綻なく噛み合うためのデザイナーとしての深い探求がうかがえる内容だ。End

セシリエ・マンツ(Cecilie Manz)/1972年デンマーク生まれ。ヘルシンキ芸術デザイン大学交換留学を経て、1997年デンマーク王立芸術アカデミー卒業。1998年コペンハーゲンに自身のスタジオを設立。家具や食器、照明、電化製品など幅広い領域のデザインを手がける。また実験的なプロトタイプや彫刻的な一点もののデザインも、彼女の創作活動において重要な位置を占める。©Kohei Yamamoto

「TRANSPOSE 発想のめぐり」

会期
2023年5月20日(土)- 6月30日(金)水曜休
会場
BaBaBa(東京都新宿区下落合2-5-15)
詳細
https://bababa.jp/ceciliemanz/ceciliemanz/

「TRANSPOSE 発想のめぐり -A Hint of Colour」

会期
2023年5月25日(木)- 6月30日(金)水曜休
会場
maruni tokyo(東京都中央区東日本橋3-6-13)
詳細
https://www.maruni.com/jp/topics/post-40407.html