美術家・イケムラレイコのオランダ初となる個展とベルリンの企画展を巡る

今年に入ってから毎月のように欧州や南米で展示が続いている美術家のイケムラレイコ。6月からはアムステルダムから電車で1時間の距離にあるズウォレのミュージアム・デ・ファンダティでオランダ初の個展が開催されており、7月からはベルリンのフォイエレ・コレクションで展示もスタートした。

Photo by Xin Tahara ©Leiko Ikemura

▲イケムラレイコ/美術家。ドイツ・ベルリン在住。大阪外国語大学スペイン語科中退後、スペイン・セビリア美術大学に入学し、ファインアートを専攻。チューリッヒやニュルンベルクを経て、ケルンとベルリンを拠点に活動。パリのポンピドゥーセンター、東京国立近代美術館、国立国際美術館、バーゼル市立美術館などで作品が収蔵されている。

三重県津市出身のイケムラは1970年代にスペインへ渡り、セビリアの芸術大学でファインアートを専攻する。80年代からはスイスやドイツのケルンで作家活動を開始し、現在はベルリンを拠点に活動している。少女が倒れ込むペインティングや両手が目に突き刺さるテラコッタ彫刻は、少女期の葛藤を連想させる。人物の顔から木が生えたり、尻尾がついたり、猫やうさぎがモチーフになることも多い。人、動物、植物が融合したハイブリッドな生き物が表現されるのも彼女の作品の特徴だ。人と動物が自然とランドスケープに融合するペインティング。国境や思想を超え、人と自然が融合する表現には主流の現代アートが置き去りにしてきた温かさや人間らしさが込められている。

Museum de Fundatie© Peter Tijhuis

▲オランダのズウォレにあるミュージアム・デ・ファンダティ

オランダ初の回顧展

元は裁判所だったというミュージアム・デ・ファンダティ。その3フロア、6スペースでの展示となるオランダの初の個展「Motion of Love」の感想をイケムラはこう語る。 「モーション・オブ・ラブ(愛の動き)というタイトルは、争いや破壊が日常になってしまった今のような大変な時代に、感情を大切にしたいという思いが伏線になっています。悪いことも含め、すべては愛情のエネルギーに基づいていると思うのです。アートの根源はパワーですから、理想よりもその動きの根源を信じたいと思ってます」。

Museum de Fundatie© Peter Tijhuis

▲顔のない少女、ウサギの耳の柱、猫の耳がついたタワー。テラコッタやブロンズのハイブリッド作品が並ぶ展示風景。

今回の個展では過去40年の作品の中から近年の作品と関連があるものを抽出してテーマごとにまとめている。 「一時期は70年代の作品を展示することに抵抗がありました。若気の至りというか、とてもプリミティヴすぎて。でも、今は当時のパワーとか純粋さも気に入っています。自分の一部でもありますから。そして、若い世代の人たちが私のその時代の作品に興味をもってくれています」。

Museum de Fundatie© Peter Tijhuis

▲“Female Genesis”。ランドスケープに少女や女性が溶け込む3枚のつながるペインティング。

Museum de Fundatie© Peter Tijhuis

▲“ New Girls“ 。 可愛い少女ではなく、女性らしさが目覚める気持ちと祈りが込められている等身大サイズのペインティング。

Museum de Fundatie© Peter Tijhuis

▲過去のドローイングやペインティングを投影した迫力のあるモーション・ピクチャー。

最上階のドーム部分には最新作が発表されている。シリーズ“New Girls”は等身大の少女がペインティングで描かれており、子供なのか動物なのか手に何かを抱えている。またピカソへのオマージュ的なタイトルである“Guernica of Our Time”という作品では現代の戦争や移民問題がテーマになっているが、同時にイケムラのスペイン時代の影響も示唆している。さらに近年は新たな表現方法として初歩的なモーション・ピクチャーにも関心を寄せているそうだ。
「動画はすべて私が過去に制作したペインティングやドローイングをベースにしています。ダイナミックな大きさで、今回の展示のタイトルにもあるようにモーションを意識しました。色々な被写体がトランスフォームしてゆく作品です」。
パンデミック後、イケムラの集大成が一挙に公開となる大規模な回顧展となった。

動物愛に溢れるアンティークのぬいぐるみコレクション

ベルリンの展示「When Animals Become Art」は、第二次世界大戦時代の防空壕跡に東洋の古典と現代アートの蒐集品を集めたフォイエレ・コレクションで開催中。2016年に開館し、改装をジョン・ポーソンが手がけたことでデザイン界ではすでに話題となっている個人蒐集の美術館だ。

The Feuerle Collection, DésiréFeuerle. Photo by def image © TheFeuerle Collection

▲ベルリンのフォイエレ・コレクションのエントランス

創設者のデジレ・フォイエレ氏はケルン時代からイケムラの知り合いだったが、彼女の自宅にフォイエレ夫妻が招かれた際、アンティークのシュタイフのぬいぐるみコレクションに感動したそうで、そのぬいぐるみは彼女の彫刻やドローイングと共に今回の展示の仲間入りをした。ぬいぐるみ集めは随分前から続いているそうで、プロダクトではあるけれど誰かが心を寄せて手作業で作っている点に魅力を感じるという。愛らしさの反面、子供が成長すると手放されてしまう悲しさもあり、少し草臥れた姿にも惹かれるそうだ。

Installation view of the second Silk Room exhibition.‘’When Animals Become Art. Leiko Ikemura at The Feuerle Collection.‘’Plush toys. In the back ground Bride, Bronze, patinated bronze, ca. 98 x 45 x 31 cm. Untitled, 1992, 42×29,5cm framed: charcoal and 47,5 x 3,5 cm pastel on paper. Ha, 1991, 42,0 x 29,7 cm charcoal on paper framed: 60 x46,6 x 3,5 cm. Photo: Wai Kung.Courtesy the artist. ©Leiko Ikemura and The Feuerle Collection

▲フォイエレ・コレクションのシルクルームの展示「When Animals Become Art」インスタレーション風景。

「人間中心の思想から、動物への愛情、自然や地球の問題を考える時期に来ている。ここドイツでも異文化への総合的な理解が深まってきています」とイケムラ。
干支ではうさぎ年となる今年の1月から5月まで、ベルリンのゲオルグ・コルべ・ミュージアムでは展示「Witty Witches」が開催されていたのだが、そのカタログの中で、キュレーターであり、ベルリン国立美術館の総合ディレクターを務めたことがあるウド・キッテルマンはこうコメントする。「最近の西洋の考え方は、幸いなことに、もはや人間と人間でないものを対立的に考えるのではなく、必然的に共にあるものとして考えるようになった」。

絵画、テラコッタ、ブロンズ、ガラス彫刻、版画、写真、動画、そして多言語を理解するが故の詩まで、長いキャリアで様々な表現方法にチャレンジし続けるイケムラレイコの作品が今、世代を超えて評価されている。楽しさや美しさの中に、怒りや悲しみも見え隠れする繊細な表現。そこには黒か白ではない、曖昧さの中での共存によってすべてを受け入れるという祈りも込められている。芸術文化と歴史へ真摯に向き合い、その深い理解から生まれた彼女のアートへの取り組みはこれからも続いていく。End