五感で感じる 夏の涼

「瑠璃光院」

この季節になると暑さに耐えかね、冷たいものや涼しい場所で涼をとりたくなります。エアコンのなかった時代は冬の寒さは火でしのげても夏の暑さには対処できなかったため、食べ物や飲み物のほかに、漢方や薬湯、行水や川遊びなどで、五感を使って暑気払いをしていたようです。

夏を元気に過ごすため 現代も続く風習

今でも、京都では「夏至」の頃を過ぎると神社で行われる神事 「夏越の祓」に向けて境内や鳥居の下には「茅の輪」が設けられ、和菓子店のショーケースには「水無月」が並びます。水無月は、1年の残り半分の無病息災を祈祷して食べる和菓子ですが、その形は、氷室※から切り出した氷をイメージしたものと言われています。氷に見立てられた涼しげなお菓子は、冷蔵庫がなく氷が貴重で入手できなかった時代から今も変わらず多くの人に一時の涼をもたらしてくれます。

※氷室・・・夏に氷を使用するため冬の間に池に張った氷を切り取り貯蔵した穴室。その氷は4~9月、朝廷に献上され天皇・皇族・貴族に供された。

「夏越の祓」。一年の折返しにあたる6月30日に各地の神社で行われる季節の神事。半年の穢れを祓い清め、無病息災を祈願しながら大きな茅の輪をくぐる「茅の輪くぐり」や身に付いた穢れを人形(ひとがた)に移して祓う「人形流し」が行れる。

「水無月」。6月30日に行われる「夏越しの祓」の行事食として現代でも親しまれる。夏を代表する京都発祥の銘菓。小豆の赤色には邪気払いの効果があるとされる。

目に見えないものから涼をとる

視覚から涼をとることも効果的ですが、聴覚・嗅覚・味覚・触覚をとおして得られる涼もまた風情が感じられます。高く鳴る風鈴の音色に涼しさを感じる方も多いのではないでしょうか。風鈴の起源は中国とされ、魔除けの意味もあり軒先に古くから吊るされていたそうです。

左:「江戸風鈴」。300年以上続く宙吹き製法でひとつひとつ職人がつくりあげている。風鈴の縁をあえてギザギザに残すことで涼感ある音色を奏で、内側に絵付けが施されている点も江戸風鈴の特徴。ガラスの透明感に絵筆の勢いや濃淡が美しい。

右:南部風鈴の音色が響く叡山電車内。岩手県と京都・鞍馬は源 義経ゆかりの地。義経が生きた地域の風を感じてもらおうと、2013年から岩手県名産の南部風鈴を叡山電車沿線の鞍馬駅や叡山電車内に飾り、乗客に涼しさと癒しを届けている。

また、ミントのようにスッキリと爽やかな香りや風味でも清涼感を味わえます。これは、ミントに含まれるメントール成分を脳が涼しいと判断するからだとか。同様に夏の気分にぴったりなお香やアロマからも涼しさを感じることができます。

Lisnのお香。京都のお香専門店の老舗「松栄堂」が展開する「香りを聞く」がコンセプトのブランド。一年をとおして、テーマに沿ったコレクションや季節ごとの香りを提供する。

さらに、涼のイメージと結びつく娯楽としてお化け屋敷や肝試し、怪談などがあります。特に怪談は、江戸時代から「暑さを忘れる涼み芝居」として「盆芝居」や 「盆狂言」とも呼ばれ、お盆の頃(旧暦の土用の時期)に上演されていました。怪談話には冷たく暗い場所や水辺などの描写も多く、不気味な雰囲気や怖いストーリーも相まって、外の暑さを忘れてしまうくらいぞっと背筋が凍ります。そんなひと時を求めたくなるのは今も昔も変わらないようです。

バリエーション豊富な怪談本。
左:左上から 「怪異を語る―伝承と創作のあいだで」 喜多崎親【編】、東雅夫、太田晋、常光徹、喜多崎親、京極夏彦 (三元社) / 「京都怪談巡礼」 堤邦彦(淡交社) / 「怪談 おくのほそ道 現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』」 伊藤龍平【訳・解説】 (国書刊行会) / 「日本怪談実話<全>」 田中貢太郎 (河出書房新社)
右: 「学校ななふしぎ」 斎藤洋【文】、山本孝【絵】 (偕成社)。

感覚を働かせ、記憶や体験イメージをつなげる

今やAIが身近になりました。膨大な情報の中から欲しい情報や答えを高い確度で素早く得られるようになり、その恩恵は大きいと実感します。もちろん瞬時に目的や答えを得ることも必要ですが、欲しい情報や目的に一直線にたどり着けることがスタンダードになったことで、自分自身の内にあるプリミティブな「感覚」を忘れていることに気づくことがあります。じっくり五感を働かせることにより浮かび上がるイメージや意味に気づく力を育てることで、新しい視点や美、さらには幸福につながる要素を見つけることもできるのではないでしょうか。私たちは「色」という人間の五感の大半を占める視覚情報を扱っていますが、目を閉じていても想像できるような色の世界観やストーリーも大切にし、あらゆる感覚へ意識を向けながら色の価値を高めていきたいと思います。End