メーカーとデザイナーをつなぐIFDA
後編:旭川のコンペティションが見据える新しい家具とは

旭川の家具コンペ「IFDA」

家具5大産地のひとつ、北海道旭川市。産地全体でデザインを追求している旭川市は、1990年から3年に一度「IFDA(国際家具デザインコンペティション旭川)」を開催し、多くの応募作を商品化してきた。その歴史を振り返った前編に引き続き、「IFDA2021」で商品化を実現したメーカーとデザイナー、そして「IFDA2024」(12/20までエントリー受付中)審査員長である建築家の藤本壮介に、旭川家具への思いと期待を聞いた。

デザイナーやメーカーなどが集うあさひかわデザインウィーク(ADW)のオフィシャルパーティー

自由に提案し合える関係性。
匠工芸 × アンカー・バック

前編で話を聞いた、IFDA会長の桑原が会長を務める匠工芸がタッグを組んだのは、デンマーク出身のアンカー・バックだ。

旭川空港のある街、東神楽町の自然に囲まれた匠工芸の社屋。匠工芸には、松岡智之や小林幹也、ミッコ・ハロネンらが家具デザインを提供している。

今回初めてIFDAに応募したというアンカー・バック。きっかけはミラノのバー「バールバッソ」で日本人からフライヤーをもらったことだそう。空手を習っていたため、いつか日本に行きたいと思っていたと話す。

アンカーが今回応募した作品は、壁につけるコートハンガーやラック、鏡などのシリーズだった。しかし展示されていたのはデイベッドだった。その経緯を聞くと、応募作品とは別にアンカーがIFDAに椅子のデザインを売り込み、匠工芸での製品化が決まった。しかし同社は、椅子よりも先に、デイベッドをつくりたいと逆に提案したのだという。IFDAを介してのデザイナーとメーカーの柔軟な交渉に驚かされる。コンペの枠におさまらず、自由に提案し合える関係性が築けるのもIFDAの特徴かもしれない。

アンカーが子どもの頃に育った砂漠をイメージしたというデイベッド。持ち運びが簡単なものを匠工芸から依頼されたが、折り畳みの機能はつけず、軽さやシンプルな構造でそれを実現した。背もたれのクッションを外して脚に立てかければ、床に座って寄りかかれるソファになる。オットマンは、クッションを外せばサイドテーブルとしても使用できる。

こだわったのは、隠しごとのないデザイン。「デザインは見えないところも大事なんです」。壁際ではなく部屋のどの場所に置かれてもいいように、どこから見ても綺麗に見えるデザインを念頭に置いたと話す。

家具デザイナーであると同時に家具職人でもあるアンカーは普段、福祉用具の製作もしている。きっかけは90歳の祖母が歩行器を使いはじめてから、外に行きたがらなくなったことだ。インテリアは美しい木製のものが多いのに比べ、杖はアルミニウム製で機能や構造優先であることに疑問を抱いたアンカーは、人を起点にした福祉用具をつくりはじめる。このような仕事が評価され、アンカーは今年、ハンス・ウェグナー賞を受賞した。福祉用具は「用具」ではなく「家具」だと強調する。
「椅子のデザインは溢れるほどあり、新しいものをつくるのは難しくなっています。これからインテリアは、もっと新しい方向に向かっても良いのではないでしょうか。福祉製品はそのうちのひとつかもしれません」。
この先、家具の定義も広がっていくかもしれない。

応募デザイナーの専門領域はさまざま。
カンディハウス × 石橋忠人

およそ200名の社員が働く旭川市のカンディハウス。長原 實が設立した当初の会社名「INTERIOR CENTER」の名前を記した看板が残る。

旭川の家具メーカーのなかで最大の規模を誇るカンディハウス。IFDA創設者のひとりである長原が1968年に設立して以来、旭川の家具産業を牽引してきた存在でもある。

1点1点手作業で丁寧に仕上げや検品が行われる、本社に隣接する工場内。

今回、同社が製品化したのは2作品。
ひとつ目は、高く伸びたライトが印象的な、石橋忠人の「reading stool」。普段は情報通信機器やオーディオなどのデザインを手がける石橋は、今回のIFDAに並々ならぬ思いで応募したという。
「エレクトロニクスの商品は、どうしても3年もすれば買い替えられてしまいます。でも木工製品は世代を越えて長く使ってもらえるので、込められる熱量が全然違うんです」。

今回の応募作品は、IFDA2021が設定していた「いろいろな素材を受け止める木の寛容性を活かして家具をアップデートする」という目標からスタートした。
「椅子は、座面に脚、背、アームがあるというスタイルが何百年も変わっていません。素材の組み合わせにより、それを刷新できないかと考えました」。
そして鉄製の後ろ脚を床から座面の上まで高く伸ばし、ライトの機能を加えた。座ってみると、ちょうど手元に灯りが届く。
製品化にあたり、応募時からは、何点か改良を加えられている。まずは脚の本数だ。当初は3本脚だったが、安定性などの観点から4本脚にした。そしてライトになっている脚を真後ろにするため、すべての脚の位置を通常の椅子から45°ずらした。また、ライトの鉄パイプの直径は、19.1㎜から21.3㎜に変更。最も大きな変更点は、ライトとのバランスを考えて重心を置きたかったと、たっぷりと厚みを持たせた座面だ。しかしその厚みをもたらす木材は入手が難しく、カンディハウスで出る端材を集めてフィンガージョイントでつなぎ、NC加工機で切削して製作した。「美味しい寿司屋のバラちらしは美味しいですよね。カンディハウスの端材も良い端材ばかりなので、良いものになったんです」と石橋。木材をたっぷり用いながらも、環境負荷を抑えた家具だ。

驚いたのは、ライトの電気部分のパーツ開発を石橋が手伝ったことだ。カンディハウスに照明の担当者はいないが、普段エレクトロニクスの仕事をしている石橋には人脈も知見もある。そこで石橋がメーカーを仲介し、構造や組み立て方法を指示。電子部品をとめるパーツは石橋の3Dプリンターで生産した。家具づくりにおいても、3Dプリンターの可能性を感じていると石橋は言う。

他分野に携わるデザイナーの経験が、家具デザインに新たな風を吹き込んでいる。

メーカーとデザイナーの長きにわたる関係。
カンディハウス ×下里修平

もうひとつの作品「Flan Chair」を手がけたのは下里修平。座る人を包み込むような存在感のある背もたれが特徴のデザインは、日本の「間」の文化への興味からスタートしたという。
「畳の縁のように、物理的な壁がなくても心理的な境界があるのが『間』です。日本人のその繊細な感性を椅子に取り込もうと考えました」。
座ってみると、大きくゆったりとした背もたれによって自分だけの空間ができあがる。それでいて外部から完全に遮断されてはいない。製作の段階で苦労したのは、その加減だったという。座ったときに居心地よい「間」が取れるちょうどいいサイズを追求し、入選時の提案では頭が出るくらいの小さな背もたれだったが、カンディハウスから提案されてより大きなものに見直した。

「間」は座っている人だけが感じる心地良さではない。同じ空間にいる周りの人たちも居心地よくなることを目指した。
「他の椅子だと、人が座っていることが視覚的な情報として目に入ります。でもこの椅子だと、後ろから見たときに人が座っていることはわかるけれど、空間と溶け込んでいて気になりません」。
居心地の良さへのこだわりは随所に見られる。いろいろな座り方に対応するため、頭部のクッションは重りをつけて背もたれに掛けるだけのシンプルなつくりにすることで、取り外しも移動も可能だ。
IFDAに挑戦したのは今回で5回目だったという下里は、もともと旭川の家具メーカーに勤め、IFDA入選作品の試作を担当していたという。悔しさも味わったが、いろいろなデザイナーの試作をつくることが勉強になったと振り返る。15年越しに叶った夢は、Flan Chairと一緒に使えるサイドテーブルなど、シリーズ化へと広がっている。

コンペの二次審査のためにつくられたプロトタイプ、Flan Chair(左)とreading stool(右)。Flan Chairの背もたれの高さや、reading stoolの座面の厚みなど、製品との違いが一目瞭然。

2作品に共通して言えることは、製品化にあたって入賞時からデザインを変更していることだ。「製品化となれば、材料の使い方や調達方法、最適なサイズなど、さまざまな要素を綿密に検証します」。こう話すのはカンディハウスの技術開発本部本部長、山下陽介だ。
そうして製品化を実現することは、数ある家具コンペのなかでもIFDAの大きな特徴であり、設立当初から大事にしていることだという。製品化のメリットはデザイナーにとっても大きく、メーカーとデザイナーの関係が長く続くことになる。
山下は、「これまでにないデザインながら、家具として成立しているものをIFDAに求める」と言う。さらに、今後の応募作品には、木だけでなく異素材を組み合わせた家具を期待していると語る。応募内容を木製家具に限定していないIFDA。新たな素材との組み合わせで可能性の広がりが求められている。

審査員長は藤本壮介。
身体、家具、場所はすべてつながっている

IFDA2024」で前回に引き続き審査員長を務めるのは、建築家の藤本壮介だ。2021年開催の前回の審査はパンデミックの最中で、延期の末に最終審査はオンライン開催になったこともあり、再度同じメンバーで審査を行うことになったという。日本からは藤本と、グラフィックデザイナーの廣村正彰。ふたりとも家具の専門家ではない。そのことの意味がパンデミック後の今、より明確になってきているのではないかと藤本は言う。
「パンデミックによって、家具や建築、グラフィックなど、専門分野の境界はもはや揺らいでいます。建築視点から見たときに、人の身体と家具、場所、すべてがつながっている感じがするんです。つまり体験のデザインです。そういった意味で、パンデミック後に世界中の人がどのようなことを考えて家具をつくっているのか見るのを楽しみにしています」。
2024年からは応募者のプレゼンテーションといった公開審査が導入される。「オンラインだとニュアンスが伝わりづらいもどかしさもあった」と、対面で議論できる機会に期待を高める。
「IFDAは家具工房・メーカーの皆さんの家具に対する誠意が見えます。順位だけで判断するのではなく、これは面白い、と思えば各々が製品化に向けて努力して時間をかける。そういうことが30年続いているのがIFDAの素晴らしいところです」。

豊かな自然が広がる旭川には、家具に誠実に向き合うつくり手と、家具への強い思いを抱くデザイナーが集う。IFDAは30年という歴史のなかで両者をつなぎ続け、その出会いは旭川家具に新しい風を吹き込んできた。そして2024年へ——新たな家具の姿を見据え、デザイナーの提案に期待している。(文/AXIS 鳥嶋夏歩、写真/萬田康文)End

IFDA2024

公式サイト
https://ifda.jp
応募期間
2023年12/20(水)まで
予備審査
2024年1月下旬
本審査
2024年6月18日(火)予定
表彰式
2024年6月19日(水)予定

エントリーフォームはこちら