REPORT | テクノロジー / プロダクト
2025.04.22 14:00
オリンピックトーチほど、デザインする者にとって特異な物はないのではないだろうか?
新しい製品ができるのは4年に一度だけ、しかし世界中の何億もの人々が目にする。
商品化されるものではないが、量産される。数ヶ月にわたって、何人もの人の手から手に渡って使われるものだから、多い大会では1万本程使用されることもある。
また聖火ランナーやメダルに比べると脇役でありながら、クライマックスのシーンにはなくてはならないモニュメンタルなアイテムだ。かといってアートオブジェではなく、片手持ちしながら走ることができる重量・形、風や水の中でも、炎が消えないといった機能を満たさなくてはならない。そもそもデザイナーにとって、オリンピックトーチの仕事に巡りあうということ自体、生涯一度あるかないかという稀に見る好機といってよいだろう。
ミラノ・コルティナで行われる次期冬季オリンピックのトーチは、開幕したばかりの大阪・関西万博のイタリア館内でミラノと同時発表された。
披露された「エッセンシャル」の炎の出る先端部分。
デザインしたのはドバイ万博のイタリアパビリオンを設計したことでも知られている建築家、カルロ・ラッティ。彼はデザイナーとしてだけでなくエンジニアとしての視点も持ち、イタリア国内外で、建築・都市・環境を構築する活動を進めている。
自作を説明するカルロ・ロッティ(左)。日本でもお馴染みのカロリーナ・コストナーとパラリンピック100m走金メダリストのマルティナ・カイローニが色違いのトーチを手にして登場。
聖火を運ぶオリンピックトーチは、彼が言及した1964年東京・72年札幌の柳 宗理をはじめとして、92年アルベールビルのフィリップ・スタルク、2006年トリノはピニンファリーナ社、12年ロンドンのバーバー・オズガビー、そして20年東京オリンピックの吉岡徳仁と、その国のその時代を代表するデザイナーの手によって編み出されてきた。
形も、桜やオリーブ、オペラハウス、弓矢など、国や開催都市を象徴するものを模ったものが多くデザインされているが、今回は、「いまだかつてないほどシンプル」(カルロ・ラッティ)なトーチが登場した。「エッセンシャル」と銘打つだけあって、松明のもっとも基本的な形ともいえるすっと伸びた筒状だ。
左がオリンピックの「空の色」、右がパラリンピックの「光の山」色。
この理由を、カルロ・ロッティは「とにかく炎を際立たせる形を出したかった」と説明する。しかし、形はシンプルだが色は複雑。特殊なコーティングが施されており、天候や光の加減によって色の見え方が変わる。
また今回初めて明らかに色が異なる2色展開となった。ミラノとコルティナの2カ所で開催されるということと、オリンピックとパラリンピックのふたつを象徴しているという。オリンピックの方は冬季オリンピックらしい、氷や雪も連想させる寒色のブルー「Shades of Sky(空の色)」。一方パラリンピックの方は勇気をあらわす温かみのある暖色のコッパー色「Mountains of Light(光の山)」が採用された。
発表の舞台に登場したメダリストのフィギィアスケーター、カロリーナ・コストナーは、「思っているよりずっと軽いのに驚いた。またさまざまな状況に順応する色だと思う」と感想を述べた。彼女はトーチを持つのは今回初めてで、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでは、聖火ランナーのひとりとして走る予定だ。
サステナビリティにも配慮してあり、素材は廃棄素材の再生アルミニウムと真鍮合金。横に開口部がありバイオガスを充填する。100%メイド・イン・イタリーで、使ったら終わりではなく10回ほど繰り返し使用できるので、製造本数は従来製造していた1万本から、1,100本と大幅に縮小することができた。
貴重な芸術作品からレストランまで、展示内容が充実していて人気が高く、列も長い大阪・関西万博のイタリア館内で目にすることができる。
重量1,060g(燃料カートリッジ除く)で長さ89cm、玉虫色に輝くオリンピックトーチ「エッセンシャル」は、大阪・関西万博の期間中イタリア館内に展示される。(文/AXIS 辻村亮子)