化粧品メーカーから独立して4年
永く残る美しいものを追求するグラフィックデザイナー 竹田美織

ポスター「タピオ・ヴィルカラー世界の果て」東京ステーションギャラリー(2025)。

筆者がポスターのグラフィックに惹かれて、展覧会に足を運んだのは久しぶりのことだった。その「タピオ・ヴィルカラー世界の果て」展のアートディレクションを手がけたのは、資生堂を経て2021年からフリーで活動する竹田美織だ。ビューティやジュエリー、ファッション、フード、ブックデザインといった幅広い分野で活動し、現在も数々のプロジェクトが進行中という。いずれも色彩や写真の構成、タイポグラフィ、間(ま)の取り方などから独特の美意識が伝わってくる。どのようにその世界観が育まれたのか、幼少期の興味や資生堂在籍時の学びなどを紐解きながら、デザインに対する考えを聞いた。

「IÉNA」ベイクルーズ(2021)。ショップバッグのリニューアルを担当。エレガントで保守的、という従来のブランドイメージからの脱却を目指し、都会的なスマートさと実用性を併せ持ったデザインに変更した。JAGDA新人賞2022を受賞。

図鑑やフォントへの興味から導かれた

この道に進んだ出発点について、竹田は幼少期を振り返って語る。「子ども向けの絵本よりもいつも熱心に見ていたのが、編集者だった父の書棚に並ぶ雑誌『ナショナルジオグラフィック』や、精密でグラフィカルな図版で構成された英和図鑑『ワーズ・ワード』などで、今思えばそれがこの世界への興味の入り口だったかもしれません」。

中学生になってMacに触れ、フォントの存在を知って魅了された。高校に進学した頃には、自分が面白いと感じるものはグラフィックデザインと呼ばれる分野なのかと、おぼろげながら進む道が見えてきた。

メッセージカード、スパイラル(2022)。青山スパイラルにて限定販売。年末年始のホリデーシーズンに使えるギフト用メッセージカード。ホリデーを祝うメッセージがタイポグラフィで表現されている。

「資生堂書体」の体得から始まった

2006年に多摩美術大学グラフィックデザイン学科に入学。当時は広告業界を中心に、際立つ作家性をもったアートディレクターが活躍していた時代で、彼らが在籍していた大手広告代理店に同級生の多くは就職を希望していた。竹田は以前から好きだった化粧品の会社への就職を目指し、2011年資生堂にグラフィックデザイナーとして入社した。

資生堂での1年目の仕事は、同社が古くから受け継ぐ独自の書体「資生堂書体」を、烏口を使って手書きで習得することだった。「きれいに正確に描くことはもちろん大切ですが、手を動かすなかで心地いいとか、美しいと感じる曲線や間の取り方を体に染み込ませていく修練だったのかなと思います」と竹田は語り、その学びが現在の仕事にも生きているという。

レクラ」リーガロイヤルホテル(2023〜2025)。リーガルロイヤルホテルがプロデュースするチョコレート「レクラ」のバレンタイン期間限定商品のパッケージデザインを担当。ブランド名「レクラ(輝き)」をテーマに、光が動いた軌跡とそれによって生まれる多様な色彩を表現した。

新ブランド「BAUM」のアートディレクションに携わる

その後、国内向け化粧品ブランドの俳優を起用した広告や、テレビCMの制作に携わり、やがてグローバルブランドの部署に異動して多忙な日々を過ごした。

転機を迎えたのは、資生堂が2020年に新たに立ち上げたスキン&マインドブランド「BAUM」のアートディレクションを任されたことだった。世界的なサステナブル志向の高まりを受けて、BAUMも「樹木との共生」をテーマに、当時はまだ珍しかったジェンダーニュートラルの商品として開発された。プロダクトにはカリモク家具の木の端材を用い、インテリア空間に自然に溶け込む佇まいを追求。そして、ブランド名やプロダクトデザインの原案が固まった段階で竹田が開発メンバーに加わった。

資生堂「BAUM」のブランド発表時のキービジュアル。端材を無造作に積み上げたり崩したりするなかで偶然生まれた構成を活かした。撮影はニューヨークのフォトグラファーのローレン・コールマンが担当。

資生堂「BAUM」のブランド発表時のキービジュアル。Photo by Lauren Coleman

資生堂「BAUM」。プロダクトは、社内のプロダクトデザイナーの山田みどり、プロダクトデザイナーの熊野 亘、カリモク家具が協業し、木製パーツは家具製造過程で出る端材を用いている。

竹田にとって、新ブランドの立ち上げから携わり、ロゴや広告、ポスターなど、総合的なディレクションを担当するのは「BAUM」が初めてだった。しかも、ナチュラル志向でジェンダーニュートラル、インテリアオブジェのようなプロダクトなど、あらゆる面で新しいアプローチがあったことから、ビジュアルデザインも「従来の化粧品然とした壮麗なものではないほうが良い」と考えた。端材をランダムに積み上げたり、絵画のように平面的に見せたり、iPhoneで撮影したりと、化粧品ビジュアルの新たな世界観を構想。このプロジェクトの経験がひとつの自信につながった。

『Trees: Five Perspectives』(2023)。TOKYO ART BOOK FAIRに、木にまつわる制作を行うアーティストへの取材を通して「BAUM」のブランドフィロソフィーを伝えるZINEを制作した。

初めて手がけたミュージアムデザインでの葛藤

2021年に独立。フリーになってから手がける仕事の幅が年々、広がりをみせている。この4月には東京ステーションギャラリーで開催された日本初の大規模回顧展「タピオ・ヴィルカラー世界の果て」で、展覧会のデザインに初めて携わった。ポスター、チラシ、チケット、ポストカードなどの関連グッズのほか、会場内のキャプションのグラフィックデザインも担当。

竹田は当初、ヴィルカラの作品のガラスの透明度や木の質感から、モノトーンを基調としたビジュアルデザインの世界観を思い描いていた。だが、ギャラリー担当者と対話するなかから、多様な人が訪れる東京駅に直結する会場の特性や、全国のJR駅構内にポスターが掲出される状況を認識。展覧会の魅力をより多くの人に的確に伝える視認性と訴求力の高いデザインが求められると判断し、最終的に使用する画像を見直し、色彩を取り入れたビジュアルに再構成して完成へと導いた。

「タピオ・ヴィルカラ」展のチラシ、チケット、ポストカードをはじめとしたグッズも竹田がビジュアルデザインをディレクションした。TAPIO WIRKKALAの文字は、彫刻家としてのヴィルカラの手の跡を想起させるような石碑などに使用される書体を採用した。

竹田は「タピオ・ヴィルカラ」展での制作過程での思いを話す。「実はポスターやチラシに色彩を取り入れることについてかなり悩んだのですが、最終的に “これだ”と思える色を選び、色校正においても徹底してその色を追求して調整しました。独りよがりなものにならないようにという思いは常にもっていますが、一方では『竹田美織』という個人名で活動する以上、自分自身が納得できないままに作品を完成させることはしたくない。心から “好きだ”と胸を張って言えるものでなければ意味がないとも思っています」。

モノトーンで構成された竹田のラフデザインと比べると、やはり完成品のほうがより多くの人の心に届く力があり、筆者が心を動かされたのも、まさにそのデザインの力によるものだった。このプロジェクトを通じて、竹田は自らの可能性を広げ、より広い世界へと歩みを進めた印象を受ける。

ジュエリーブランド「su Ha(スハー)」のDMデザイン(2023)。2024/2025コレクションのテーマ「BONSAI」をもとに、人工的に形づくられた盆栽の密度の高い年輪の奥に息づく生命の流れをグラフィックで表現した。

「美しいものをつくりたい」という強い思い

竹田にとってものづくりとは何か、その考えを尋ねた。

「何かを生み出すことには責任が伴うと感じているので、ひとつ生み出して、世の中に置かせていただくという気持ちで取り組んでいます。そのためにできるだけ美しいものをつくりたい。その場で打ち上がってすぐに消えるものでなく、時を経ても永く美しくあり続けるものを目指しています。例えば、河井寛次郎の彫刻や陶芸作品は今見ても普遍的な美しさと、ある種の異様さ、前衛的な空気を感じます。永く残るものには、そうした魅力が必ずあると思っています。一方で、『実物がある』ということも大事なことだと最近、痛感しています。数年前の写真はクラウド上で行方不明になって見つけられず、URLはやがて消えてなくなる可能性もある。けれども、フィルムで撮影した学生時代の写真は、すぐに取り出して見ることができます。今はデータ上だけで納品が完結する仕事も多くありますが、やはり愛着や思いとともに永く残るのは『実際のもの』だと感じています。永く残る必要などないという考えも否定しませんが、私はできれば、『実物』として永く残るものをつくっていきたい。だからこそ、無駄なものはつくれず、慎重にならざるを得ない難しさがあり、自分にとってそれは永遠に考え続けていくであろうテーマだと思っています」。

「Great RIVER」アマナ(2025)。アマナのクリエイティブ人材事業「Great RIVER」のリブランディングのキービジュアルを担当。Photo by Takuya Igarashi, Sogen Takahashi (amana)

今後の抱負について、竹田は語る。「信頼できるチームと腰を据えて長期間取り組む、胆力を使ってゼロから何かを生み出していくような仕事が最もエキサイティングで、自分に向いているような気がしています。今も来年以降に発表されるプロジェクトが進行中ですが、これからも業種を問わず、世界が少しでも豊かになるような物事を生み出し、育てていく仕事に携わっていきたいと考えています」。竹田の、今後の活動にますます期待が高まる。End

*「タピオ・ヴィルカラー世界の果て」巡回展
市立伊丹ミュージアム 2025年8月1日~10月13日
岐阜県現代陶芸美術館 2025年10月25日~2026年1月12日予定
※岐阜県現代陶芸美術館の展覧会も竹田がポスターやチラシなどを担当。新たに制作したビジュアルが展示される予定。

竹田美織(たけだ・みおり)/グラフィックデザイナー。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業後、2011年より資生堂でグラフィックデザイナーとして従事したのち、2021年独立。2024年よりLAND OF LAVA主宰。個人アートワーク制作のほか、ビューティ、ファッション、フード、アート、エンターテイメントなどの分野でコミッションワークを手がける。