サローネサテリテが示す次世代デザインの羅針盤
「パーマネントコレクション」展レポート

「イタリアンウィーク」開幕式典時の様子。オープニングでは徳島県の阿波踊りが披露された。Courtesy of Italy Expo 2025 Osaka

2025年9月7日、閉幕1ヶ月前の熱気に包まれる大阪・関西万博。イタリア館を舞台に「イタリアンウィーク」の開会式が華やかに幕を開けた。式典には日伊両国の要職者がずらりと並び、大阪・関西万博イタリア政府代表マリオ・ヴァッターニと、大阪・関西万博イタリア館アンバサダー藤井泰子が進行役を務めた。冒頭では徳島県の阿波踊りが情熱的に披露され、伝統と創造のリズムが観客を魅了。リズミカルな躍動はイタリアンデザインの生命力とも響き合い、文化の壁を越えた共感を生み出していた。この日のために招かれた来賓のひとりが、「サローネサテリテ」(以下サテリテ)の創始者でありキュレーターのマルヴァ・グリフィンである。

パーマネントコレクションが語るデザインの継承

式典後は同パビリオン内へ。石黒 浩が監修した伊東マンショのアンドロイドをはじめ、イタリアンウィークにちなんだ特別展示が催されていた。その一角を彩ったのが「サローネサテリテ・パーマネントコレクション1998-2025」展だ。6つのテーブルには約47点のチェアやライト、クロークなどが並び、天井から吊るされたペンダントライトが空間を立体的に演出。壁面には各作品の解説が掲示され、モニターではミラノでの展示やトークイベントの映像が映し出されていた。なおパーマネントコレクションは、サテリテ20周年を迎えた2018年に始まったもので、過去に登場したデザインの中から製品化されたものを恒久的に保存・公開することを目的としている。今回展示された製品は、その膨大なコレクションの中から厳選されたプロダクトである。

「パーマネントコレクション」テープカット時の様子。Courtesy of Italy Expo 2025 Osaka

Courtesy of Italy Expo 2025 Osaka

「サローネサテリテ・パーマネントコレクション1998-2025」展の様子。写真右にnendoのコーヒーテーブル「Chab」が見える。Courtesy of Italy Expo 2025 Osaka

展示会では若手日本人デザイナーの活躍も紹介された。2023年にサローネサテリテ・アワードでグランプリを受賞したHONOKAは、廃棄されるイグサ畳に植物性樹脂を混ぜ、3Dプリントによって新たな素材感を引き出した『TATAMI ReFAB PROJECT』を披露。また今年グランプリを獲得したSUPER RATの長澤一樹による『UTSUWA – JUHI SERIES』は、和歌山県産のシュロ(棕櫚)の樹皮を素材に、伝統的な柿渋染めや廃鉄から作る鉄媒染技術を用いて染色され、日本の伝統素材と環境配慮を融合させた作品だ。いずれも廃材を買い取る仕組みを通じて生産者や地域に還元するものであり、万博のテーマ「循環社会」と深く響き合っていた。招待客たちは熱心にデザイナーの説明に耳を傾けていた。

招待客に作品の説明をするHONOKAメンバー。Courtesy of Italy Expo 2025 Osaka

家族としてのデザインコミュニティ

その後は同パビリオン内で、マルヴァ・グリフィンと日本を拠点に活動する歴代サテリテ受賞デザイナーによるラウンドテーブルが開催された。マルヴァはサテリテを「家のような存在」と呼び、参加クリエイターを「家族」と表現。また挨拶では「世界中の才能を結集するサテリテには特に日本からの参加者が多いことを誇りに思う。日本国内では16の大学と連携し、若いクリエイターの育成に貢献している」と語った。

マルヴァ・グリフィン/ベネズエラ出身の国際的に活躍するキュレーター。B&B ItaliaやCondé Nastで経験を積み、1998年に若手デザイナー発掘の場「サローネサテリテ」を創設。長年ミラノサローネ国際プレス部門を率い、数々の名誉を受けている。Courtesy of Italy Expo 2025 Osaka

ラウンドテーブルには米谷ひろし(TONERICO)、鈴木 僚(HONOKA)、トンマーゾ・ナニ(mist-o)、長澤一樹(SUPER RAT)、そして喜多俊之デザイン研究所の喜多華子が参加。各人がサテリテでの思い出を語り、口を揃えて「評価を得たことが活動の飛躍につながった」と振り返った。世界の企業とのコラボレーションや新製品開発の依頼が増え、活動に大きな変化がもたらされたという。マルヴァは「サテリテは単なる展示会ではなく、参加者が“ファミリー”の一員となる場」と応じ、翌年のミラノサローネ期間に再び開催される本展示会への参加を呼びかけた。

写真左よりトンマーゾ・ナニ(mist-o)、長澤一樹(SUPER RAT)、マルヴァ・グリフィンを挟んで、米谷ひろし(TONERICO)、鈴木 僚(HONOKA)。Courtesy of Italy Expo 2025 Osaka

サテリテを育てた26年の歩み

ラウンドテーブル後、マルヴァに個別に話を聞く機会を得た。26年前の企画当初に現在の姿を想像していたかと尋ねると、「サテリテは若手デザイナーへの投資を目的に始めたものでした。今や世界各地で高いニーズが生まれるほど大きく成長しましたが、設立当初にここまで国際的な影響力を持つ場になるとは思っていませんでした」と振り返る。そして「成功の原動力は若いデザイナーのクリエイティビティに尽きます」と語った。

また26年間のサテリテの歴史の中で最も大切にしていることは何かという問いには、「若いデザイナーを助けることです。彼らはキャリア形成に支援を必要としている。ミラノサローネの協力を得ながら、私たちのイニシアティブを通じて若手を支援することが何より重要です」と答えた。さらに「悩みや課題はデザイナーそれぞれですが、彼らには常に『人生は容易ではない。今日がだめでも明日はうまくいくかもしれない。諦めずに挑戦し続けることが大切』と伝えています」と若きデザイナーへエールを送った。

最後に、今回の万博でパーマネントコレクションやイタリアデザインのどこを見てほしいか尋ねると、「サローネサテリテは若い才能とイタリアのモノづくり企業を結びつけ、世界のデザインの多様性と持続可能な価値観を広げる場です。デザインは本質的に個別的であり、見る人それぞれに異なる感動をもたらします。この展示会がイタリアデザインの理解を深め、次世代のデザイナーと産業界の接点となれば嬉しいです」と答えた。

「サローネサテリテ・パーマネントコレクション」展は、単なるデザイン展示にとどまらず、若手クリエイターの才能を未来へとつなぐ「教育的アーカイブ」としての存在を示した。マルヴァ・グリフィンの理念が生んだ「ファミリー」としてのネットワークは、創造性を支え合う場であり、未来のデザインの羅針盤とも言えるだろう。本展は、世代や国境を越えて新しい価値観を共有する契機となり、次世代のクリエイターにとって挑戦と希望の灯台として輝いている。End