大規模な会場編成を打ち出した「メゾン・エ・オブジェ」と、
さまざまな才能に出会ったパリデザインウィーク(後編)

「PDW FACTORY」会場風景。©️PDW

メゾン・エ・オブジェと並行して9月4日〜13日まで開催されたパリデザインウィークは、今年で15周年を迎えた。約530の企業、メーカー、デザイナーが参加し、パリ市内375カ所で多彩な展示やイベントが繰り広げられた。右岸・左岸の各地区には10の散策ルートが用意されたことで人々の回遊性も高まり、誰もが無料で参加できる、フランス唯一の大規模デザインイベントである。

今年のパリデザインウィークのテーマは「REGENERATION(再生・再建)」。加速する先端テクノロジーが生み出す未知の創造性への期待を象徴している。インダストリアルデザイン、クラフト、アートを横断的に捉え、現代のデザインシーンを展望する展示「PDW FACTORY」は、マレ地区の3会場で展開された。特に、新進気鋭の作品やプロトタイプに焦点を当てた会場のキュレーションを担当したのは、2023年に設立されたデザイン事務所、Meet Met Metジャン・バティスト・アノタンティボー・ユゲ。彼らは「若手デザイナーは、門戸の狭いギャラリー市場や量産ブランドとの協働が難しい現実に直面している。そのなかで、実験的なプロセスやクラフト志向の作品が際立っていた」と語った。

そこでは、「未来の普遍性」を追求する日本人デザイナー中山大暉が、ニューヨーク在住の立場から、セントラルパークやミッドタウンの建設現場で採取した土を使ったポータブルランプ「Time in soil」を出展。大阪・関西万博2025の欧州パビリオンの出展から帰国したばかりのギャスパール・フルリ・デュジは、製造過程で廃材を出さない3Dニットを用い、柔らかな手触りの「Soft Objects」を発表した。産業用ガラスやステンレスを素材に、アート的なパーティションを提案するクレマン・パスキエ、木材の欠点も大切に扱い、木との対話から作品を生み出すヴィタル・レネなど、多様な視点で創作する才能が集結。会場には、コレクティブルな作品に限定されない、個性豊かな創造の息吹が満ちていた。

写真左)樹脂と土を混ぜて成型し、硬化中の重さの違いで自然なグラデーションを生み出した中山大暉のポータブルランプ。砂時計をモチーフにした逆三角形の形状で、バーやレストランのダイニングシーンに調和するデザイン。©️Kaoru Urata 写真右)バイブレーション仕上げのステンレス製パネル3枚に、仏ラ・ロシェール社製ガラスブロック81個を組み込んだ可動式パーティション。半透明ブロックを従来の固定枠から解放し、建築的かつ彫刻的な要素として再解釈した。メゾン・エ・オブジェでのアメリ・ピシャールのキュレーションでも紹介された。©Luc-Borho

写真左)「Soft objects」は、一点ものとして編まれたオブジェシリーズで、オスカー・ニーマイヤーの建築の曲線や花の形からインスピレーションを得たトーテムや柱がテーマ。籠や織物の伝統的構造と、ピクセルに由来する現代的リズムが交錯し、鮮やかな色彩も加わり、ニット本来の文脈を想起させる。写真右)スケッチ、模型、手作業を往復しつつ、椅子・テーブル・照明といった日常のオブジェを繰り返し問い直し、新たな形を模索するヴィタル・レネの作品。©️Kaoru Urata

初出展として注目するのは、2023年に建築家ヴァンサン・エシャリエとデザイナーのマテオ・レキュルが設立した家具ブランド「MVE-Collection」。マレ地区の期間限定ショールームでは、アルミニウム、レンガ、コンクリートを用いたオブジェ、家具、照明器具、什器を展示した。同ブランドは建築とデザイン、職人技を融合させ、素材そのものの質感や歴史を重視する。工事現場から採取した素材を再解釈し、ユニークな家具やオブジェとして具現化するという哲学が、鮮明に示されていた。

2023年に建築家ヴァンサン・エシャリエとデザイナーのマテオ・レキュルが設立したブランド「MVE-Collection」の会場。©️MVE-Collection

さらに、市内の歴史的建造物を舞台に、不安定な社会情勢や混沌とした政治状況を物語る「人権」や「自由」をテーマにしたStudio 5.5の共同創業者クレール・ルナールジャン=セバスチャン・ブランによるインスタレーション「577 chaises: l’hémicycle citoyen(577脚:市民半円形議場)」は、民主主義の概念を問いかけた。

「人権宣言」の原本が保存されるパリ国立公文書館の中庭に展示された「577脚:市民半円形議場」は、世界フェスティバルの一環として実施された企画で、フランス国民議会の議席数にちなんだ577脚の中古の椅子を用いて民主主義の概念を問いかけた。一脚ずつに異なる言葉が刻まれており、市民の声を表現する。椅子は会期後にオンラインで競売にかけられ、来場者も購入した。写真上©️PDW 写真下©️Kaoru Urata

昨年のインスタレーション「Eau fraiche(フレッシュウォーター)」で、SNSやメディアで280万回以上の閲覧を記録したデザイナーのリュカ・ユイエと調香師アレクサンドル・エルワニは、今回「Folie(狂気)」と題した感覚的なプロジェクトで再登場した。来場者の感性を大きく揺さぶる展示が展開され、デザインの可能性の広がりを改めて実感させた。

17世紀に建立された国立記念建造物センター本部オテル・ド・シュリーのテラスでの展示では、来場者が横たわることのできる巨大なソファを中心に、幻想的な布の造形が凧のように舞った。布には特別に調香された香りが染み込み、空間全体に安らぎと夢想をもたらす。忙しい日常のなかで立ち止まり、一息つく時間を提供する場となった。©️PDW

パリデザインウィーク2025は、多彩な創造性と未来志向のデザインを体感できる場を提供した。新進デザイナーの挑戦や素材へのこだわり、最新技術の融合が来場者を魅了し、発見と出会いにあふれる10日間となった。End