【特別対談】草野絵美×深津貴之
AI時代のリアルとオリジナリティ

Photo by Shosei Seike

2025年秋、日本政府に対してのAIにまつわる政策の提言、デジタル庁との会談、日立製作所ほか国内企業との連携発表などの目的でオープンAIのサム・アルトマンCEOが来日。その合間を縫って、国内アーティストと交流の時間を持った。東京・西麻布のギャラリースペースでは、メディアアーティスト/プログラマーの真鍋大度、アーティストの草野絵美と鼎談。前日にお披露目されたオープンAIによる新たな動画生成AI「Sora2」も題材にして、AI時代のクリエイションについて意見交換を行った。

アルトマンとの対話をレポートしたパート1に続き、こちらのパート2ではインタラクションデザイナーの深津貴之が草野絵美をゲストに迎えた対談をお届けする。

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※本記事は「AXIS」235号 連載「深津貴之の『行ったり来たり』記」からの転載です。

対談した写真を偽物と疑われる時代

深津 実際に会ったサム・アルトマンはどんな印象でした?
草野 思ったよりも小柄でした。Soraで見かける“サム像”って、とても背が高く見えるじゃないですか。
深津 Soraには身長データが入ってないですからね。
草野 あと、握手がすごく力強かった。ちょっとロボットっぽい感じもありましたね。天才っぽい人特有の、信念を疑わない目というか。強い瞳だと感じました。
深津 AIには乗っかっていないフィジカル情報は、これから価値が上がりそうですね。そういう“注入できる独自情報”が重要になる。
草野 サムと会った写真をXに上げたら、Sora2のリリース直後だったので「これは生成AIによる合成ではないか」と疑われました。私の髪の毛の生え方まで拡大されて「不自然だ」とか(笑)。「そもそもこの人は存在しないんじゃないか?」といった話まで出て、AIアーティストは、そんな疑い方もされるんだなと驚きました。
深津 現実の証明が難しくなるほど、逆に「現実で会うこと」の価値が高まるのは面白い時代です。

あえて古いバージョンのAIも使う

草野 私はティーンの頃からずっと作品をつくってきました。17〜19歳はストリートフォトで、その後の10年くらいは音楽もやっていて、ここ2〜3年で生成AIが使いやすくなってから本格的にMidjourneyやStable Diffusionを使った作品の制作発表に入りました。
深津 2017〜18年頃のGAN系(画像を生成するための初期のAIモデルの一種)は、悪夢みたいな画像をぶわーっと出す感じでしたよね。
草野 最近はあえて古いStable Diffusionを使ったりします。あり得ないものが写っていたり、服の襟が2枚になってしまっていたり、それが楽しいんです。
深津 古いモデルは性能が悪いのではなく「できることの幅が狭い」だけという扱いですね。狭い幅のなかに欲しい表現の座標があるなら、あえて新しいバージョンを使う必要もない。
草野 当時は自分の文脈に落とし込める感覚が薄かったのですが、今はコントロールが利くし、追加学習でスタイルが如実に出せます。そこに使いやすさを感じているんです。生成されたものをプロンプトで補ったり、Photoshopの追加生成で細部をつくったり、アップスケールさせています。
深津 単に生成しただけではなく、踏める工程がさらにある。そこでクリエイティブを出しやすいんですね。
草野 そうですね。だからAIって写真の歴史と同じだと思っています。誰でもカメラのシャッターを押せるけれど、そこからクリエイティブの入る余地がいっぱいあるんです。
深津 草野さんの作品は自身をモチーフにした表現が多いですね。
草野 この1年は自分の顔や身体のデータを使ってユニークさを出しています。AIでは一貫性を出すのが難しいのですが、自分の顔を入れると“AI顔”ではない「完璧じゃない顔」が出せるんですよ。「AI時代のセルフポートレート」にも関心があり、シンディ・シャーマンや森 万理子さんの初期作品も研究しています。
深津 なるほど。注入物にオリジナリティがあれば、生成されるものにもオリジナリティが出てくるという訳ですね。こうした話は、実装が言語モデルになった今の状況とも関係が深い。コードを書けるかどうかよりも「何をつくるか、何を注入するか」の重要度が上がっていますから。
草野 私が作品を発表するまでに最も時間を使うのは、社会的背景の分析やコンセプトづくりのほうです。リサーチをしたり、幼少期のデータセットをつくったり。アウトプットするのは一瞬ですが、そこからキュレーションする作業も大変です。数カ月で1万枚くらいをKrea(AI画像の生成・検索プラットフォーム)で出力して、そこから数点に絞る。カラコレも含めると「選ぶ」作業が重いです。

Emi Kusano 【Office Ladies】

初めて「人間ではない知性」と暮らす世代

深津 AIをめぐっては感情論もかなり入ってきて、生成AIを使うだけで「政治スタンス」として見られる恐れもあると思うのですが、その辺りはどうですか?
草野 私も自分の作品がネットでバズるたびに「彼女はアーティストじゃない」「泥棒、詐欺師だ」といった反応が起こります。でも、哲学者のヴァルター・ベンヤミンは写真が誕生した時代に「写真は芸術か」という議論が起きたことを、後に「本質的ではない問いだった」と振り返っています。重要なのは、技術の登場で芸術の性質そのものがどう変わったかを見ることだ、と彼は考えるようになったのです。
深津 生成AIは全クリエイターを強制的に「マルセル・デュシャンのスタート地点」に立たせる機械でもある。レディメイドで「あるテーマに対して、適切なアウトプットを選ぶ行為が芸術の本質」という結論が出たはずなのに、それがAIで一回リセットされているというか。
草野 やっぱり感情が強いのだと思います。仕事を奪われる不安や尊厳の脅かされ方、権利の問題がすべて絡みますから。それに著作権も難しい問題です。生成AIで「出しただけのもの」には著作権がないと言われる一方で、「じゃあどこまで手を加えたら作品なのか?」が曖昧です。
深津 素朴な疑問として、人間がプロンプトを入力してAIが生成すると著作権が発生しないなら、生成AIがプロンプトを“設計”して、人間がそれを“実行”した場合にはどうなるだろう。普段の著作権と逆転するねじれが起きる気がする。
草野 私はプロンプト自体もChatGPTに最適化してもらったり、カスタムGPTをつくって書かせたりもするので、ねじれがさらに多重になりますね。
深津 オープンAIが開発中というデバイスの話も象徴的です。もし「全人生ライフログ」のように24時間、音と映像を撮れる端末を考えていると仮定すると、サムが言っていた難しさというのはバッテリー問題に加え、プライバシーを含めた訴訟問題なのでしょう。これまでに考えられなかった存在が世に出るのは難しい。現実的にはスマートホームのような方向に落ち着くかもしれない。
草野 そこで「AIはエイリアン」とたとえた話につながるんです。つくった人でさえ、その存在が何なのかを説明できない。私たちは、倫理観も痛みも、死の恐怖もない「人間ではないインテリジェンス」と一緒に生きる初めての世代になっていきます。だから「友好的にどう付き合うか」を考えなくてはいけません。
深津 国かビッグテック側で、最終的に「人間を真似すぎてはいけない」という最低限のガードレールが必要になる気がします。「私は人間じゃない」と明示したうえで付き合う設計にする。放っておくと、都合のいい彼氏/彼女/親みたいな方向に寄るから。
草野 私は自分の子どもに対して、常に「AIは人間じゃないからね」と言い聞かせています。インティマシー(親密さ)が増しすぎると、AIは危険な道具になり得ますから。

Emi Kusano 【She/Body/Null】

表現や社会の側がどう成熟するか?

草野 今恐れているのは、企業の倫理観が突然変わることです。ツイッターがXに変容したように、突然、ある日からビッグ・ブラザー(=ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する、監視社会の象徴となる権力)になってしまう。私はサムが、ある種の“聖典を信じる教祖”のように見えた瞬間がありました。
深津 僕が個人的に知りたいのは、「サム・アルトマンの脳の何割が本人で、何割がAIなのか」。今回のクリエイターとのトークセッションでもメッセージが上手に設計されすぎていて、彼の中身はすでに半分AIに置き換わっていても不思議じゃない(笑)。
草野 今、世界のビッグテックは、互いに先を争うように競争を続けています。しかし私は、企業同士の対立や勝ち負けよりも、最終的には人類全体のために倫理を追求し、社会としてどう成熟していくかのほうが大切だと考えています。
深津 サムやイーロン・マスクって、10年単位ではなく、100年、1000年、1万年とかのタームで未来を考えている人たちだと思う。属人性が強い人は、これからさらに強くなるでしょうね。ビジョンを示せて、美学があって、推進力がある人がいれば、あとは「AIが納得させてくれる」みたいな世界になる。
草野 より領域を横断した人が活躍する世界になりますよね。私がいるアートの世界も、これから時間をかけながら社会や法律との答え合わせをしていくでしょうし、少しずつ「AIアート」を扱うギャラリーも動き出しています。
深津 自分はデザインの業界にいるので、AIアートの作品をつくっても、発表する場がありません。アートにまつわるキーパーソンやネットワークの地図をまるで知らないから。ここでもやっぱり現実のつながりが大事になっていくのですね。
草野 デジタルギャラリーを紹介しますよ。深津さん、ぜひ作品をつくってください!End