
数年前に筆者は、某自動車メーカーのデザインチーム向けのセミナーで、「メーターのデジタル化の流れのなかでスクリーンの大型化やダッシュボードの全幅に渡るワイド化の傾向が見られるが、そのトレンドにどのように対応すべきか?」という質問を受けたことがあった。
それに対して「トレンドを意識するよりも、御社なりの哲学に基づいて、こうあるべきというデザインを世に問うことが大切」と答えたのだが、コストや開発期間などの関係もあり、そうした考えをすぐに市販車に反映させることは難しかったようだ。
そんなことを思い出したのは、先ごろ自社初の完全電動モデルとなる「ルーチェ」を開発中であることを明かしたフェラーリが、そのコックピットデザインをデザインファームのLoveFrom(ラブフロム)に委託したからである。本コラムの読者の皆さんはご存知のことと思うが、同ファームを共同設立したジョナサン・アイブとマーク・ニューソンは、それぞれアップルの元デザインディレクターと、家具から宇宙船まで多岐にわたるプロダクトを手がけてきたスターデザイナーであり、機械式時計のモチーフを取り入れたApple Watchのデザインも彼らふたりが中心となって完成させた経緯がある。
そして、アイブもニューソンも実際にビンテージカーを所有しており、カーデザインに対する造詣が深い。そのため、披露されたルーチェのコックピットには、過去の文法も踏まえつつ、最新技術を駆使した自動車にとってのあるべき姿を追求しようとする強い意思が感じられた。フェラーリが、あえてルーチェの外観を披露する前にコックピットを先行公開したことにも、世界屈指のスポーツカーメーカーとしてドライバーとクルマ間のインターフェースのあり方を刷新しようとする並々ならぬ意欲が伺える。

その背景には、今日のEV普及の先鞭をつけ、既存の高級車メーカーをも脅かしてきたテスラの存在がある。クルマに関わる操作の大部分を担うテスラの大型センターディスプレイは、走る電子機器とも言われる昨今のデジタル化された自動車を象徴するものだ。しかしアイブは、それを「安易で怠惰」なデザインと呼び、「大きなタッチスクリーンは視線を奪い安全性を損なう」と断じた。
そして、多様な機能に対応する必要があるスマートフォンと、ドライビングを支える計器として位置付けられる自動車のメーターや操作系では、自ずから異なるアプローチが必要だとして、ルーチェのコクピットでは、むしろ物理的なスイッチや触感を重視する方向性が取られた。それらがドライバーの感覚と直結し、そこに触れて行う操作がもたらす「制御している」という実感を重視したのである。

センターに位置するメインのコントロールパネルは、ドライバーの好みや助手席のコ・パイロットが操作することも考慮して可動式のアームで支持され、頭上のサブ的なコントロール・パネルには手前に引くとパワー配分を増強したパフォーマンスモードを起動するローンチモードレバーも備えている。

その一方で、デジタル技術の使いどころにも工夫が見られる。ライターのような非接触式のキーには電子インクディスプレイが組み込まれてフェラーリのロゴが表示され、センターコンソールに置くと吸い込まれるように沈み込んで車両がスタンバイ状態になる。また、ビナクルと呼ばれるメータークラスターは複数のOLEDディスプレイとアナログ針を融合して、擬似的ではない実際の立体感を創出し、同時に自由度の高い表示を可能とした。

フェラーリはルーチェで、電動化という技術的転換を受け入れつつ「駆る歓び」を犠牲にしない方法を模索したと言える。そしてその中核にLoveFromによるコックピットデザインを据えたことは、「ドライビング体験そのものへの哲学的な自問自答」の結果と考えてよいだろう。
アイブとニューソンの発想が、果たしてエクステリアデザインにも反映されるのか? ルーチェの全貌が明らかにされる日に期待したいと思う。![]()












