安積朋子(デザイナー)書評:
『グッド・ニュース 持続可能な社会はもう始まっている』


グッド・ニュース ― 持続可能な社会はもう始まっている

AXIS誌の連載「本づくし」では、「書評・創造への繋がり」と題して、デザイナーの方々による書評を掲載しています。ここでは、過去に掲載した書評の数々を紹介していきます。あのデザイナーは、いつ、どんな本に、どのようなインスピレーションを受けたのか?

第1回は安積朋子さん。

『グッド・ニュース 持続可能な社会はもう始まっている』 デヴィッド・スズキ&ホリー・ドレッセル 著(ナチュラルスピリット 3,129円)

評者:安積朋子(デザイナー)

「できることはたくさんある」

2年前に自転車に乗り始めた。自分の力で風を切って移動することが、こんなに楽しかったなんて! これをきっかけに次々と行動パターンが変わった。資源を浪費するだけの生活を変えたいと思った。

電球を抜いて照明をほぼ半分に減らし、暖房の設定温度を下げ、日が暮れたら熱を逃がさないようブラインドを下ろす。野菜は地元の有機農園から、他の食品もなるべく運送距離が短くパッケージの簡素な、環境負荷の低いものを選ぶ。クルマをハイブリッドに買い替え、できる限り公共交通か自転車で出かけ、列車で行けるヨーロッパの移動には飛行機を止めた。ミネラルウォーターではなく、フィルターで濾過した水道水を水筒に入れて持ち歩く。中庭で野菜やハーブを育て、コンポスト箱で生ゴミと梱包用紙を混ぜて有機肥料をつくり始めた。

これが、すべて実に楽しい。今まで心の底にあった「資源を無駄にしている」というやましさが減り、身が軽くなった気がする。結果として、ガソリン代は4分の1になり、回収に出すゴミの量が半分以下に減り、リサイクルに運ぶPETボトルがほとんどなくなった。電気代も確実に下がり、体脂肪率すら減った(これはほんの少し)。環境に関する記事を読むようになり、他の人たちが環境のためにどんな行動をして、それが社会にどんな変化をもたらしているのか、デザイナーとして社会に何ができるのか、探りたいと思うようになった。

そんなときにこの本に出会った。

著者のデヴィッド・スズキはカナダで有名な日系人のTVプレゼンターで、生物学者。カナダ国営放送で同じ番組を制作したホリー・ドレッセルと共に長く環境問題と関わり、世界中で進む小さな運動を支え続けてきた。その彼らがレポートする物語は、まさに環境問題とは経済の問題であり、政治の変革が必要で、だからこそ私たちひとりひとりの問題なのだ、と強く訴えている。

そんな活動を「矛盾のないビジネス」として生活の糧にして楽しく暮らしている人たちもたくさんいる。この本に登場する人たちは、とても生き生きしている。信じること、好きなことをして毎日を生きる。それは実に気持ちが良さそうだけれど、そんなことが本当に可能なのだろうか、と当初は感じた。

「デザイナーは産業と深く関わっているので、製品開発の現場で環境問題について話すのはタブーだ」と私はほんの数年前まで信じていた。議論をすると「それなら、製品をつくらないほうがいいのでは」という流れになりそうで、それでは仕事がなくなって私たちの職能は消えてしまうのではないか、という不安を抱えていた。

しかし、そんな不安は捨ててよい。デザイナーが担うことのできる役割が実はたくさんあることをこの本から学んだ。コミュニケーションを助け、地域社会やその街らしさ、アイデンティティーを商品に反映させるのはデザイナーの仕事だ。熱効率やリサイクルのしやすさなど素材の特性を学び、製造の現場で的確なアドバイスをすれば環境負荷を減らすことだってできる。大企業と関わるデザイナーには、そのチャンスがより多くあるということだ。

もちろん「道は長いなぁ」と思うけれど、これが良心に矛盾しない、気持ちのよい道のりなのは間違いないはずだ。
(AXIS135号/2008年10月より)