ジェームズ ダイソン アワード 2010
「坂井直樹氏に聞く、イノベーションのヒント」

▲坂井直樹氏

現在作品募集中のジェームズ ダイソン アワード 2010。前回までは昨年の最終審査に残った作品を振り返ってきましたが、今回は今年の日本での最終審査を担当するウォーターデザインスコープ代表の坂井直樹氏を訪ね、参加者へのメッセージやいくつかのヒントをいただきました。

同アワードのテーマは一貫して「日常での問題を解決するアイデア」。簡単なようで難しい? 「まず大切なのは、何を問題ととらえるのか、何が問題かを見つけるということ。それがいちばんのポイントで、そこまで辿り着ければ大したものです」と坂井氏。日常生活において、われわれが気づかない、あるいは見て見ぬ振りをしている問題がゴロゴロしているはず。でも、それを問題と感じなければ何も始まらない。見て見ぬ振りをしているうちに、問題とさえ思わなくなったものも多いのではないでしょうか。つまり、問題の発見と設定によって、作品のクオリティが大きく左右されるということ。

「でも、問題を見つけるということについて難しく考える必要はなくて、それは、いわば日々の態度なんです。例えば、ドラッカーの『イノベーションのための7つの機会』を見ても、すべてのイノベーションは、こんなに簡単なことだったんだとわからせてくれます」(坂井氏)。

イノベーションのための7つの機会とは、どこにイノベーションの機会があるのかということ。
1)予期せぬこと:予期せぬ成功や失敗など、自分が予期しないことがイノベーションの機会となる。
2)ギャップの存在:顧客が欲しているものと、顧客が欲していると企業が考えているものとの間にあるギャップがイノベーションの機会となる。
3)ニーズの存在:何かが欠けているとき、問題があるとき、有効に機能していないとき、そこにイノベーションの機会がある。
4)産業構造の変化:産業構造が変化するときイノベーションの機会がある。
5)人口構造の変化:人口の増減や年齢構成の推移など社会の変化にイノベーションの機会がある。
6)認識の変化:ライフスタイルや価値観の変化を利用してノベーションの機会を得る。
7)新しい知識:研究開発による新しい知識や発明によってイノベーションの機会を得る。

さらに詳しい内容はドラッカーの著書『イノベーションと企業家精神』を読んでいただくとして、何らかの課題・問題解決がデザインの役割だとすれば、ジェームズ ダイソン アワードが求めているのは、ごく当たり前のデザインプロセスを経て生まれた結果(作品)なのです。

とは言え、問題の発見そのものが難しいのも事実。坂井氏に既存の製品から「ここにイノベーションのヒントがある」というものをいくつか挙げていただきました。

「ゼムクリップ」

「ゼムクリップは針金を3回曲げただけの工業製品だが、これほどミニマムでかつ便利なモノも世の中に少ない。アノニマスデザインの典型だろう。最も一般的に使われている細長い長円形のクリップは特許が取得されておらず、誰が発明者かはっきりしていない」。
→最小限の要素による究極の機能性。

「3Mのポストイット」

「最初のポスト・イットは、3Mによって開発された。たまたまひじょうに弱い接着剤をつくり出してしまったことに由来するが、それをしおりに使えないかと思いついたことがポイント」。
→想定していなかったところに成功のヒントがある。視点の移動。

「OXOのダイコン グレーター」

「大根おろしのデザインを依頼されて、デザイナーの山中俊治さんは、外観の形ではなく、“歯”からデザインした。コンピューター上でおろし金に並ぶ歯の高さと角度、並び方などを0.05ミリ単位でさまざまに変えて、最新鋭の工作機械で数十種類のテストピースを作成したという。しかも軽く手を添えれば、自然と体重が掛かるというひじょうに機能的なカタチをしている」。
→機能の根本に立ち返る。

「USBメモリー(USB flash drive)」

「USBコネクタに接続するだけで使えるシンプルさ。そこに気づくかどうか。ちなみに私はLaCieのUSB Keyを愛用している」。
→ライフスタイルの変化の中にヒントがある。機能とシンプルさ。

「Peace-Keeping Design」

「製造・配送・管理・ 廃棄に至るすべてのプロセスを総合的に構築し直し、ワクチン接種のトータルなデザインシステムを提案したこと」。
→広い視野から全体を見渡す。世の中の変化の中にヒントがある。

前回の繰り返しになりますが、ジェームズ ダイソン アワードで求められているのは、日常において「あれ? おかしいな」と思ったり、「何とかならないものか」と不満を感じたりした事象を解決するイノベーティブなアイデアです。

坂井直樹/コンセプター、株式会社ウォーターデザインスコープ代表(5月1日より、ウォーターデザインに社名変更予定)。1947年京都市生まれ。66年京都市立芸術大学デザイン学科入学後、渡米。サンフランシスコでTattoo Companyを設立しTattooT-shirt(刺青プリントTシャツ)を売り、大ヒットする。87年日産「Be-1」、89年には同じく「PAO」を世に送りだし、フューチャーレトロブームを創出した。88年にはこれまでのカメラの概念を覆すオリンパス「O-Product」を発表、95年、MoMAの企画展に招待出品しその後永久保存となる。2004年デザイン会社、ウォーターデザインスコープ社を設立以降、auのコンセプトモデル「MACHINA」や「HEXAGON」をはじめとし、数多くのプロダクトを手がける。2007年より慶應義塾大学SFC大学院 政策・メディア研究科教授に就任。坂井直樹研究室では通信技術やUIとデザインを研究。

ジェームズ・ダイソン・アワード2010概要は以下のとおり。

テーマ:日常での問題を解決するアイデア
募集期間:2010年2月2日(火)〜7月1日(木)
結果発表:2010年10月5日(火)予定
賞品:最優秀作品 1作品
●ジェームズ・ダイソン・アワード トロフィー
●受賞者に賞金約150万円(受賞時の為替相場に準じて変動)
●受賞者が在籍または卒業の教育機関に寄付金約150万円(同上)
●英国、またはマレーシアのダイソン研究施設訪問
国内最優秀賞 1作品
●英国またはマレーシアのダイソン研究施設訪問
応募資格:工業デザイン、プロダクトデザイン、エンジニアリングを専攻の学生、または卒業後4年以内の卒業生。

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