フリッツ・ハンセンの新製品「NAPチェア」デザイナーが語る
『椅子は身体がいったん休む場所』

リビング・モティーフB1Fで開催中の「フリッツ・ハンセン ーHERITAGE & INNOVATIONー 名作の真髄と革新を続ける次世代のデザイン」展。同展にあわせてフリッツ・ハンセン社の製品を手がけるデザイナー、キャスパー・サルト氏が来日してレクチャーを行った。(写真:蜷川 新)

9月15日、AXISギャラリーで100名の聴衆を前に講演したキャスパー・サルト氏。リビング・モティーフの展覧会でも、彼が手がけたフリッツ・ハンセン社の製品から、屋内と屋外で使えるアルミ+プラスチック製の「ICEチェア」や、椅子に合わせて簡単に高さを調整できるサイドテーブル「リトルフレンド」が展示されている。

今回のレクチャーでは、新製品の「NAP(ナップ)チェア」ができるまでを追った。インジェクションモールディングでつくられるボディを縦半分にスライスした断面を赤く塗って見せ、上端から下端のリム(縁)までを指し示しながら、この身体を支える「ミラーライン」を導くことがすべての基本になったと語る。

「デザインを検討する段階で、考えを言葉にするのが好きです。NAPチェアをつくる際にたどり着いたのが “A chair is a pit stop for the body.” (椅子は身体がいったん休む場所)というコンセプトでした」。

「普通の姿勢で座ったときに比べて、作業をするときは座面の前のほうに腰掛けますよね。ちょっと1通のメールを書くつもりで、30分も同じ姿勢で座り続けた経験などは皆さんにあると思います。それに対してゆったりと座るときには背面の先端部分、肩のところに力がかかります。そのとき、背中やお尻がツルツルと滑ってしまわないようにしなければなりません」。

Normal(背をまっすぐにして座る状態)、Active(前に身を乗り出して作業している状態)、Passive(リラックスしている状態)という3つの異なる状態、すべてで快適な座り心地を追求したNAPチェア。「ナップという短い単語が気に入っています。また、nap=昼寝 という意味も良かったですね」とサルト氏は振り返る。

彼は人々の自然な行為に注意を払い、形を導き出すデザイナーである。だから、日常生活から浮かんだ考えも大切にする。例えばレストランなどでジャケットをクロークに預けたくないなと思ったとき、服を椅子の背に掛けるにはどんなデザインが最適だろうか……と。

「NAPチェアのサイドのカーブは、かなりくびれています。正面を向いて座るだけでなく、横を向いてお喋りすることもあるからです。この形は、スタッキングのしやすさも考慮しています」。

「美しくつくろうとするのではなく、機能から美しさが導き出されると考えます。形は人のためにある。だから、そこには機能が伴っていなければなりません」。

サルト氏は「必然的につくられたものが多い自然界には、美しいものが多い」と言うが、自然からインスピレーションを得るような手法は採らない。彼が生み出すデザインは、自らの経験と緻密な考察から生まれるからだ。デザインで取り組むべき課題をリストにまとめて、1つずつ解決するスタイル。その結果、アーム付きモデルではコストはかかっても、一体成型でつくることができたという。

「直線を多用した家具は、空間に溶け込ませるのが難しい。オーガニックな形は人体に優しいだけでなく、空間にも溶け込みやすいのです。それは大先輩である、アルネ・ヤコブセンに学んだことでもあります」。

「クローム仕上げ/ボディ同色の2種類から脚部が選べるのは、現代の建築をめぐる状況も反映されています。ガラス張りの建物が増えたため、椅子の後ろ姿や置かれている状況が見えやすいからです」。

ミルクホワイト、バターイエロー、ペッパーグレー、コーヒーブラウン……テキスタイルデザイナーである、サルト氏の妻が考案した4色のボディカラーは、展示された実物を見るとその色合いがよくわかる。脚部のカバーキャップなど、細かい部分もぜひ見てほしいとサルト氏は言う。なるほど、快適な座り心地はこのようなところからも生まれるのだと気付くだろう。

セブンチェアやエイトチェアを始め、エッグチェアやドットスツールなど、往年の名作に新しい時代の息吹を吹き込んだプロダクトが、生活空間を表現した他の製品とのコーディネートで見られる「フリッツ・ハンセン ーHERITAGE & INNOVATIONー 名作の真髄と革新を続ける次世代のデザイン」展は、今月26日(日)までだ。