REPORT | 建築
2011.11.07 16:34
ヴァレリオ・オルジャティ(1958年生まれ)は、ヘルツォーク&ド・ムーロンやピーター・ズントーの次世代を担うスイス人建築家。近年、建築誌の特集や表紙に取り上げられるなど、世界中から熱い視線を集めているひとりだ。
▲会場風景。垂直方向に模型、水面方向に資料が配置されている
「ヴァレリオ・オルジャティ展」は、オルジャティとローラン・シュトルダー博士(スイス連邦工科大学チューリヒ校建築理論・建築史研究所教授)が2006年に企画し、2008年からチューリヒ、ロンドン、ポルトなどを巡回してきた展覧会の東京バージョンであり、最終会場となる。
▲左から、担当学芸員の保坂健二朗、ヴァレリオ・オルジャティ、通訳スタッフ、ローラン・シュトルダー博士
構成は、オルジャティが設計したスイスを中心とする9つのプロジェクトを通じて、同氏の建築とそこに向かう思考を辿るというもの。担当学芸員の保坂健二朗によるインタビューのなかでオルジャティが、「模型だけ、インスタレーションだけといった展示にはしたくなかった。やりたかったのは、設計した建物や考えたりしたことを、いかにして見せるかということだった」と語るように、展示の仕方も特徴的だ。
基本的には、建築模型と図面、写真・映像といったよくある建築展のフォーマットを踏襲しながらも、コンクリートのサンプルや型枠、手すりなど建物の一部、さらに同氏が「図像学的自伝」と呼ぶ図版のコレクションから選んだ10点の資料を公開している。鑑賞者はこれらの断片情報を手がかりにして、建築のイメージを組み立てていくという趣向だ。
▲「黄色い家」、スイス・フリムス、1995-1999年。模型1:33
▲「黄色い家」の映像展示
33分の1スケールの建築模型は、実際の色やテクスチャなどにならうことなく、また敷地条件といった情報をそぎ落とした、真っ白な立体として表現される。屋根の一部を取り払った模型を人の目線の高さまで持ち上げることにより、鑑賞者はのぞき込むことができ、より内部空間を想像しやすくなるのではないだろうか。
▲「ペルミ21世紀美術館」、ロシア・ペルミ、2008年。模型1:33
▲「図像学的自伝」より、インドの細密画(ミニアチュール)、c.1880
加えて特徴的なのはビジュアルイメージの提示だ。「図像学的自伝」は、オルジャティが旅行や仕事などで海外を訪れたり、資料などから見つけたさまざまなイメージの集積であり、500点以上のなかから厳選されたもの。例えば、ロシアの画家が描いた19世紀の絵画や、ペルーの16世紀の修道院、スコットランドの16世紀の庭園、19世紀インドの細密画など国も時代もさまざま。日本の伝統工法や建築にも関心が高く、本展では篠原一男の「愛鷹の住宅」(1977年)や、「腰掛蟻継」といった木造建築の継手のイメージも含まれる。
オルジャティによれば、単にそうした図版の色やかたちに注目するだけでなく、そこに含まれる理念や哲学が重要だという。「本当に魅力的な建築は、一人一人の頭のなかにだけ、その姿を現すのである」(展示パネルより)。同氏は文章や言葉を用いてコンセプトを説明するのではなく、これらのイメージを通して、鑑賞者と考えの共有を試みるようだ。
言葉による“伝達”から“イメージ”による共有へ。保坂健二朗が「建築展の新しいあり方を示せたのではないか」と自負するように、美術館における建築展のあり方も見どころの1つといえるだろう。
▲「スイス国立公園ビジターセンター」、スイス・ツェルネッツ、2002-2008年。模型1:33
▲「図像学的自伝」より、腰掛蟻継
時代性や国籍、風土文化はもちろん、日常を通して空気のように取り込まれるあらゆるイメージについて、さまざまな体験とともに咀嚼し、複合的な表現としてアウトプットする。それは建築だけでなく、あらゆる芸術やものづくりに共通することではないだろうか。キャンバスの前に立つときだけ画家になるのではないのと同じように、図面を引くときだけ建築家になるのではない。オルジャティが示した多様なイメージを眺めていると、“生活のすべてが建築”という、ものづくりに携わる人の情熱やスタンスを強く感じ取ることができる。(文・写真/今村玲子)
「ヴァレリオ・オルジャティ展」
会 場:東京国立近代美術館 ギャラリー4
会 期:2011年11月1日(火)〜2012年1月15日(日)
開館時間:午前10時〜午後5時、金曜は午後8時(入館は30分前まで)
休館日:月曜日(2012年1月2日、1月9日は開館)
12月28日(水) 〜 1月1日(日・祝)、1月10日(火)
観覧料:一般420円、大学生130円
無料観覧日:12月4日(日)、2012年1月2日(月)
今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。