クリエイションギャラリーG8
「POSTALCO Wheel Printer by Mike Abelson」展、レポート

“郵便”と“紙”への興味から誕生したステーショナリーやバッグなどを展開するブランド、ポスタルコ(POSTALCO)が、東京・銀座のクリエイションギャラリーG8で展覧会を開催中だ(16日まで)。会場では、設立11年目を迎えたブランドの製品ラインナップやグラフィックデザインを紹介するとともに、新作の「ウィールプリンター(WHEEL PRINTER)」を展示する。

▲ 会場風景。右端に立つのが、マイク・エーブルソン

▲ポスタルコの印刷物をまとめて紹介するのは今回が初めてだという

ポスタルコのデザイナーであるマイク・エーブルソンは、2007年に「チャンスプリンター(CHANCE PRINTER)」を開発。これは、インクの付いたボールを紙の上に次々と落下させ、カラフルな模様を付けるという楽しい印刷機。デザイナー自身がインクまみれになりながら印刷したり、偶然性や同じものが2つとない生産プロセスといった点で話題を集めた。

▲2007年につくった印刷機「チャンスプリンター」

新作の「ウィールプリンター」は、以前に彼がパリに滞在した際、水たまりを通った自転車のタイヤ跡を見てインスピレーションを得たもので、インクの付いた車輪を回転させることで、紙にさまざまなストライプ模様を刷ることができる。「僕にとって印刷とは、跡を付けること」とエーブルソン。

開発にあたっては、中世から現代までのさまざまな印刷機を調べたという。オフセット印刷や新聞社では輪転機も見学したが、「スピードが速すぎてあまり参考にならなかった」と笑う。車輪についても研究を重ね、金物屋で見つけた既成の車輪のほか、自ら旋盤を求め、金属のかたまりに溝を刻んで車輪をつくるなど、開発に約1年半を費やした。

▲「ウィールプリンター」のプロトタイプ

▲資料としてのノートやアイデアスケッチも展示

▲車輪をはじめとしたパーツのプロトタイプ

完成したウィールプリンターはピアノと織機を足したような構造で、ホームセンターで購入した建材やごく身近なものでつくられている。仕出し弁当に付いている醤油入れにインクを詰め、スポンジを経由して車輪に付着させ、手動輪転機の要領で、製品となるノートを動かしながら刷っていく。会期中は展示室が“作業場”となり、エーブルソンやポスタルコのスタッフが不定期で刷り続けているが、何度も刷り重ねるため、1日作業しても80冊程度を仕上げるのが限界だという。

▲ピアノの鍵盤のような構造

「画一的なものを大量につくるのではなく、イレギュラーなものを少量つくる生産プロセスに興味がありました」と語るエーブルソン。通常のプロダクトデザインでは、デザイナーが生産プロセスに直接関わることはないが、ウィールプリンターを通じて工場や職人への敬意やものづくりの楽しさを再発見したという。

▲インクを車輪に取り付けたところ

▲ハンドルを回転させてノートを載せた台を動かしていく

ノートは、1冊ごとにインクののり方や刷り具合などが異なり、それぞれ個性的だ。また、つくりながら改良したり、新たなパターンを思いついたり。「ここで作業をしていたら、お客さんが“これが気に入った”と、まだインクの乾いていないノートを買ってくれたのが嬉しかった。町のパン屋さんのように焼きたてのパンをお客さんに手に取ってもらえるような製造と直結したコミュニケーションのあり方も新鮮です」。

▲車輪のかすれやにじみがデザインのポイントになる

▲乾燥中のノートと、印刷を待つストック

ウィールプリンターはひとりで動かすことができず、占めるスペースも大きいが、できる機能はただ1つ。そのうえ手動と、効率重視のプロダクト生産とは対極にあるが、時間をかけて生まれるノートは、世界に1つしかない魅力を持っている。「この道具は限られた機能で少ない数しかつくれない。でも、つくることのできるバリエーションは無限。その自由度の高さにこそ少量生産の可能性が潜んでいると思います」。

▲パターン見本。作業者しだいで無限のバリエーションをつくることができる

▲完成品は会場で購入可能だ

展示終了後は、東京・京橋にあるポスタルコのショップにウィールプリンターを移し、バリエーションを増やしながら生産を続けていくという。プロダクトとクラフトの間にあるような彼らの取り組みは、ものづくり本来の楽しさを再認識させてくれるようだ。(文・写真/今村玲子)

▲会場では、ウィールプリンターの作業風景のほか、現代美術作家・田中功起による映像作品を上映する。ポスタルコの製品を受け取った田中は、財布をツールボックスに、またポンチョをバッグに見立てるなどして、ものの定義や機能を問い直すユニークな映像に仕上げた


「POSTALCO Wheel Printer by Mike Abelson」

会 期 2012年1月17日(火)〜 2月16日(木)
    11時〜19時

休 館 日曜・祝日

会 場 クリエイションギャラリーG8

印刷実演 2012年2月4日(土)14時〜(終了時間未定)
     *入場無料、予約不要




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ