家具デザイナー 小泉誠氏インタビュー
「つくりがいのあるものをつくっていく」

前回に続き、武蔵野美術大学 空間演出デザイン学科「空間メディア論」での、学生の皆さんによるインタビューシリーズ。第2回は小泉 誠氏です。

デザイナー小泉誠、“せんせい”の顔
地域を駆け巡る家具デザイナー。そして武蔵野美術大学(以下、ムサビ)の教授でもある小泉 誠さん。デザインにおいて大切にしていることなど、普段は聞くことのできない話を聞いた。

つくりがいのあるものをつくっていく

小泉先生はものをつくるとき、生活ありきの道具、道具と人がどう関わるかに焦点を当ててデザインをしていると思うのですが?

生活や道具とかを考える前に、デザイナーが製造者のためにどういう役割を持つべきかが大事です。今のものづくりは、多くの場合、「これをつくりなさい」と言われてつくっている。でも、昔は違った。自分たちはこんなものつくったんだけどどうかな、いいね、それ使うから買うよ、というように、つくり手主導だった。しかし、今は「こういうものをつくりなさい」というのが商業的な流れ。そんな中でつくる人のやる気も失せて。「つくらされている」のが現状です。

自分たちの本当につくりたいものが、つくれないようになっているんですね。

そうなんです。本当に楽しんでやっている人たちは、夜も寝ずにモノをつくりたくなるわけです。この取材だってきっと、この通りやったら良いから、そうやりなさいって言われたら、面白くないよね。自分たちの仕事として自分たちで考えながらやっていく。そういう気持ちでものづくりやるほうが仕事に気持ちがこもる。今、僕がやっていることは、いろんな地域の製造者と、心が通うものづくりができる環境を整えているだけ。

小泉さんが審査員長を務める高岡クラフトコンペも“つくり手”を支援するための活動の1つ。

2日間は電話にも出ない

お忙しい中で、ご自身のデザインに関する時間はどう確保しているんですか?

僕らの仕事がデザインだとすると、「デザイン」という項目でスケジュール帳に予定を入れている人ってほとんどいないんです。デザインがいちばん大事な仕事なのに、電話にも出なくちゃいけないし、スタッフが何か言ってきたら、はいはいって聞かなくっちゃいけない。なんか、おかしいなって(笑)。
 だから僕は2日間は電話にも全く出ない自分のペースで考える時間をとっている。とにかくデザインする日をまずは最初にスケジュールに入れる。仕事のやり方をどうするかっていうのはすごく大事。みんなも行き当たりばったりではなくて、そういうことを考えていく必要があると思う。

昔の失敗談とか、怒られた経験はありますか?

そういう話、過去にもみんなに向かって言ってるよね。あっ、でもね、そうだな。あまり書けないかもしれないけど……。みんなも3年後には社会に出る。それがどういうことなのかまだイメージが湧かないよね。

そうですね。卒業後どうなるのかなんて全くわからないです。

そうだよね。でも、みんな偉いなと思うのは、美大に入る前からちゃんと志を持って受験勉強をしてきた。それは凄いなと思うし、その結果ムサビというグラウンドに入った。僕から見るとエリートなんです。自覚していないけど皆には潜在的なエリート意識があって、それを自覚した上で錯覚しないことが大事だと思う。僕は美大のようなところにいなかったから、社会に出ると美大生のほうが圧倒的にひいきされるわけ。当然、就職も。おまえ美大生じゃないんだみたいに言われて(笑)。 みんなはそういう経験しないから大丈夫だけど、僕はそういう意味ですごくコンプレックスがあった。だから、人一倍きちんとやっていかないと評価されないし信用されないぞ、という強い思いが芽生えた。
 でも、美大生でも駄目なやつも結構いるよね。友達とか、大丈夫かよっていうのがいるでしょ。

まぁ……いますね(笑)

僕も卒業させちゃって大丈夫かなって思う学生もいるけど、社会に出ると「ムサビ卒」ということでみんな一緒。富山の能作という鋳造で有名な会社の店が松屋銀座にあって、その売り場に今ムサビ出身の子がいるんだけど、社長の能作さんは、「彼女はムサビなんです」ってみんなに自慢する。みんなにはそういう意識はないかもしれないけれど、社会ってそうなんです。早稲田や慶応と同じように、ムサビが「ブランド」になっている。それはまあ良いかもしれないけれど、錯覚すると駄目になる。だから、うちのゼミ生には徹底的に気をつけたほうがいいと、すごく嫌みを言う。美大生のくせに僕よりエスキース下手だねとか。(笑)。

真面目な話を堅苦しくなく、冗談を交えながら話す。小泉さんの特徴だ。

信用できないことは任せない

あっははははは(笑)

まあ、僕の話に戻ると、最初の就職は、かなりひどい会社に入った。これはヤバいぞと思って、原 兆英さんのところに弟子入りしたんです。そのときの経験からいうと、基本的に尊敬できる人のところにいないと駄目だったんだなとすごく思っている。その前に辞めた会社には尊敬できる人がいなかったし、学校でもひとりしか尊敬できる人がいなかった……。みんなも学校で嫌な授業や嫌な先生と思い浮かぶよね。気持ちののらない授業とか、寝ちゃう授業とあるはず。そういう意味では、ひとりの先生は心から尊敬できて、今でもお世話になっているし、そういう人のおかげだなと思う。だから、僕の受け持っている授業では寝させたくない(笑)。 寝るなーみたいな(笑)。目の前で寝られるとかなり悔しい。でも自分たちも経験してきたからわかるけど、やっぱりつまらないから寝るんだよ、絶対そう。出席しないのもつまんないから出席しない。楽しければ来るよね。それが基本じゃないかな。
 僕のボスだった原 兆英さんはすごく厳しかった。尊敬しているんだけど、厳しすぎて、夢の中で、ボスをビルの屋上からバーンと突き落としちゃったりするわけ。病んでたよね。悪夢ってやつだね(笑)。

どのように原さんは厳しかったんですか?

普通の会社は、新人が入ってきたら、すぐにいろんな仕事を与えるでしょ、それをウチのボスはしなかった。信用できないことは任せないという考えだったから、電話もとれない。電話はまだだって言われると、なぜまだ出してくれないんだろうって。ふつう電話とりって新入社員の仕事なのに、それを駄目出しされる。そういう1つ1つが厳しかった。お茶を出したときには「美しくない」って言われたり。デザインが駄目とかいうレベルじゃない。すべてが良い意味で身に付いた。

では、原先生のどんなところを尊敬していたんですか?

端的に言うと、誠実な人だったんです。言っていることが腑に落ちる。だから自分が悪いんだなと、結局は思う(笑)。もちろんデザインの能力もすごかった。想像を絶する案が出てくるし、ボスが手がけた空間には何かを感じた。心から体で感じられるんです。そういう力を持っていたから、何にも言えないですよね。

こいずみ道具店。素材を活かした個性的な道具が並んでいる。

求めるのではなくて、導いてあげたいなって思う

今、小泉先生は教える立場ですが、現在の美大生についてどう思われますか?

今の美大生は、志が高いと思う。言ったことに対してちゃんと答えが出てくる。でも、素直すぎて、言われたことをそのまんまやってしまう怖さがある。僕は10年前からムサビに来ているけど、最初の頃は「アドバイスしないで下さい」って言われたこともある。先生は黙っていくださいよ、自分たちで考えるからって。でも最近は、アドバイスを求めてきて、こっちが言ったことに対して、本当に素直に聞いてくれる。それは悪いことではないけど、どっちが良いか悪いかはまだわからない。
 かつて素直じゃなかった卒業生が、今ようやく社会に出て一人前になり始めているけれど、それはそれで個性的に活躍している。ここ何年かの素直な学生たちも、社会に順応しながら、個性的ではないけども、ちゃんと頑張っている。どっちが良いか本当にわからない。

今の若者に求めることってありますか?

全くない。それは僕らが求めることではなく、自らが探すべきことだから。僕自身が学校に来て面白いと思うのは、世代によって少しずつ価値観が違うということ。もちろん個々の個性も違う。ともかくそれを大事にしてほしいと思っている。人それぞれに、各々の経験で何を見出せるかが大事。そういう意味で、誰にでも個性も価値観もあるわけで、それが何かを気づかせてあげるのが僕らの役目。求めるのではなくて、もうちょっと導いてあげたいと思うだけ。(インタビュー・文・写真/武蔵野美術大学 空間演出デザイン学科 漆原洸人、安部保仁、斉藤星華、森川ひかり)

小泉誠/1960年生東京生まれ。デザイナー原 兆英・原 成光に師事した後、90年コイズミスタジオ設立。箸置きから建築まで生活に関わるすべてのデザインを手掛ける。2003年にはデザインを伝える場として東京の国立市に「こいずみ道具店」を開き、リアルなデザイン活動を展開している。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科教授。http://www.koizumi-studio.jp/?douguten