第13回
「ユーザー・ドリブンからデザイン・ドリブン・イノベーションへ」

Photo by Kensuke Nakajima

ユーザー・ドリブン・イノベーション(利用者が主導する革新)については、第10回のコラムで簡単に触れたが、デンマークでは伝統的に人間中心(Human Centric)の考え方が浸透している。その考え方を体系的にまとめ、方法論として組み立てられたのがユーザー・ドリブン・イノベーションである。もともとユーザー・ドリブン・イノベーションはデンマーク固有のものではなく、フィンランドやスウェーデンなど他の北欧諸国でも取り組まれていた。ただ実際の製品開発などにおいて企業で積極的に活用されているのはデンマークである。

デンマークでも技術主導の製品開発、問題解決に対する失敗からユーザーに軸足を置いたアプローチ、特にコスト削減ではなくイノベーションによりユーザーの新しいニーズを満たすことが求められていた。真のユーザーニーズを理解して対応するためには、多面的な視点が必要となり、文化人類学者や民俗学者そしてユーザー自身が開発プロセスに参加している事例が多い。日本では新製品を開発する際に、ユーザー調査は行われるが、ユーザーがメーカーの技術者と一緒になって製品コンセプトをつくり上げることやデザインを行うことは殆ど行われていないことを考えると、北欧デンマークの柔軟なアプローチは参考に値すると思う。

例えばわかりやすい事例としてデンマークの企業がデジタル機器のリモコンや電話の受話器をデザインするとまるで美術品のオブジェのようになる場合がある。一方日本のリモコンはご存知のようにどちらかというと機能重視でリモコンに数十個のボタンが並び、若者でもすべてのボタンを使いこなすことは困難な製品ができてしまう。つまり、デンマークの場合は製品開発の初期段階から幅広いユーザーの意見を反映してシンプルなデザイン構成にするので必要なボタンのみが配置される。そして、あると便利な機能はデジタルインタフェースで隠す手法を採用するなどして、機能的かつ芸術的な製品となり、リモコンでもリビングのサイドテーブルに飾りたくなる様な製品ができるのである。

一方で最近では、ユーザー・ドリブン・イノベーションの限界も指摘されるようになっている。ユーザー・ドリブン・イノベーションはユーザーに製品やソリューションの開発プロセスに参加してもらい、利用者の知見を活かしてイノベーションを実現する方法である。しかし、問題はユーザー自身が認識できるものには対応できるが、ユーザーが経験していないもの、十分に認知していないもの、新たな製品・技術・特性の本質に気がついていないものについては解決が難しい場合があることだ。例えばロボットなどはその典型的なケースだと言えよう。ロボットも漸くペッパーやドローン、お掃除ロボットなど日常生活でも使われ始めているが、ユーザーの立場で考えるとまだロボット技術やロボットの利用形態がユーザーに理解されているとは言い難い。ペッパーも話題性で予約が殺到したが、一般のユーザーの中で必要に迫られてペッパーを購入する例はまだほとんどないと思われる。つまり、ユーザー自身がロボットとは何か? ロボットと自身の関係性、そしてロボットの日常生活における意味づけに気がついていないなかで、ユーザーを開発過程に招き入れても最適な解決策を導き出せない可能性が高いということだ。

そこで、現在取り組みが始まっているのがデザイン・ドリブン・イノベーションというアプローチである。デザイン・ドリブン・イノベーションは、観察を通じてユーザーの理解を大切にしながらも、ものの「意味づけ」を追求してイノベーションを実現する方法である。ユーザーが使いたい物を提供するのではなく、技術のイノベーションを伴いながら、その製品やサービスに「意味のイノベーション」を興すこと、ユーザーにとってなぜ必要なのか? 自分にとってそれはどのような意味合いがあるのか?という問いかけをデザイン・ドリブンを通じて新たな「解釈」や「価値」として提供し、製品・サービスのみならず社会における変革をももたらそうというものだ。

例えば、前出のペッパーやドローンなども先端技術を活用することで既に技術的イノベーションを達成しつつあるロボットだ。しかし、まだ「意味のイノベーション」は実現されていない。既存の議論の延長線でコミュニケーションなど幾つかの利用形態は提供されているがまだ限定的である。恐らく今後ロボット分野でもデザイン・ドリブン・イノベーションにより、10年後には現在の私たちが想像もしていない意味づけが行われて、ユーザーがロボットに新しい価値を見出す時が来ると思う。

また、先月発売されたアップルウォッチも正にデザイン・ドリブン・イノベーションを興しつつある製品だ。時計=時間を確認する機能、ファッション・装飾品としての価値といった従来の概念を変革して、小型iPhoneにウェラブルデバイスとしてのセンサーを有したヘルスケア機能、情報管理、音楽プレイヤー、触覚に働き掛けるTaptic Engineなど、時計という枠組みを超えた意味づけが展開されている。恐らく既存の時計メーカーは今後アップルウォッチとは別の「意味づけ」を見出す必要性に迫られるのではないかと思われる。現在は革新技術の融合によって、異なる製品や機能が横断的に統合され既存の概念では収まらない全く新しい価値を提供しつつあるという点で、デザイン・ドリブン・イノベーションによる意味づけはますます重要なものになると思われる。

最後にデザイン・ドリブン・イノベーションが社会システムの中で利用されている事例を紹介したいと思う。コペンハーゲンは2025年にカーボンニュートラルな都市を目指しており、エネルギー、環境などさまざまなスマートシティ・ソリューションが実証されている。その中でCITS(Copenhagen Intelligent Traffic Solutions:コペンハーゲン・インテリジェント交通ソリューション)はデザイン・ドリブンを単に製品やソリューションレベルではなく、公共システムという大きな枠組みの中で展開しようという試みである。

日本ではITSは日本道路交通情報センターの専門スタッフが自動車のフローティング情報や過去のデーターを解析して渋滞予測や交通規制に活かしている。一方、CITSではそうしたスペシャリストではない市の担当者がゲーム感覚でシミュレーション機能を有した画面(ダッシュボード)から交通渋滞を予測できるシステムである。さらにCITSはデザイン・ドリブンにビッグデータ解析とインテリジェントな社会需要に基づく変革を組み合わせており、非常に高度なソリューション開発を行っている。2018年にITS(高度道路交通システム)の世界会議がコペンハーゲンで開催されることもあり、その時までにコペンハーゲン市は世界で最先端のITSのショーケースをつくろうという狙いである。ちなみにCITSプロジェクトには米国のシスコ・システムズがしっかりと主要なパートナーとして参画している。日本ではユーザー・ドリブン・イノベーションもデザイン・ドリブン・イノベーションもあまり一般的ではないが世界では着実に活用され経験が蓄積されており、日本も近い将来対応が必要になってくると思われる。(文/中島健祐、デンマーク大使館 投資部門 部門長)

中島健祐/通信会社、コンサルティング会社を経てデンマーク大使館インベスト・イン・デンマークに参画。従来までのビジネスマッチングを中心とした投資支援から、プロジェクトベースによるコンサルティング支援、特にイノベーションを軸にした顧客の事業戦略、成長戦略、市場参入戦略等を支援する活動を展開している。デンマーク大使館のホームページはこちら