ドバイ・デザイン・ウィーク、レポート4 (最終回)

ドバイ・デザイン・ウィークの目的は、デザインを開かれたものにし、デザインが与える楽しさ、気づきに誰もが触れる機会を提供することにある。そのため、世界のトップデザインスクールの学生たちの活動を紹介する「Global Grad Show」展を実施。地元の学生たちは、自分たちと同世代の学生の豊かなアイデアを熱心に見ていた。

▲ ドバイ・デザイン・ディストリクトの建物内で開催された「Global Grad Show」には地元の学生たちが多く来場。会場デザインには、電源のオンオフスイッチ、更新スイッチなど、パソコンのインフォグラフィックスを用いた


人、文化のハブを標榜するドバイで、アイデアやデザインのエクスチェンジをしてもらおうと、「Global Grad Show」では9つの国と地域のデザイン系大学で学ぶ学生たちのアイデアを紹介。英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アートをはじめとして、米国のマサチューセッツ工科大学、スイスのローザンヌ美術大学、オランダのアイントホーフェン工科大学、シンガポール国立大学、慶應義塾大学など。これらの大学では留学生も多い。ゆえにデザインやその発想には国の違いよりも、厳しい現代社会に生きる世代の共感が見られた。

展示は「家」「健康」「記憶」「遊び」「仕事」「建設」の6つのテーマのもと、未来の暮らしを少しでも楽しく、改善するためのアイデアやプロトタイプを紹介。例えば、「家」では、あらゆるものがインターネットでつながるIoTは独り暮らしをどのように楽しくしてくれるだろうか、と取り組んだのは高島瑛彦さんをはじめとした慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科のチーム。IC基板を埋め込んだ家具が独り暮らしの主人をライフログのようにモニタリングし、疲れてぐったりしていると家族のように話しかける無線システムを考案した。

▲ 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科チーム。インテルのIoTのための自作基板キットを使えば、誰でも簡単にシステムを構築できる時代だ


香り時計「Scent Clock」を考えたのは、キム・シンさんをはじめとした香港理工大学の学生。時計盤に毎時、異なる香りをデフューズするようにプログラミングすることで、時間を嗅覚で把握しようというアイデア。

時間は絶対的な観念と思いがちだが、柑橘系の香りは朝をイメージするという人もいれば、鋭気に満ちた午後を思わせるという人もいるだろう。味噌汁の香りは朝を連想させるという人もいれば、夕食時間とつながるという人もいる。香りという人によって感じ方が異なる観念を、一定の共有認識が求められる時間に置き換えるというアイデアは、必要から生まれたというより、嗜好性の高いものと言えるかもしれない。

▲ 香港理工大学のキム・シンさんらによる香り時計「Scent Clock」


「健康」というテーマには、医療器具用殺菌ツールといった課題解決のためのデザインのほか、抗生物質のつくり方を子どもが学ぶことのできるオープンソースの学習キットなど、あらゆることを知りたい現代社会を反映したアイデアが見られた。

スイスECALのジョルデーン・ヴェルネさんによる「Sterilux」は、従来の医療用の殺菌器具に比べて洗浄に必要な水の量が1,000分の1、電気は100分の1で済むという紫外線殺菌ツール。紫外線殺菌装置はすでに医療現場で使われているが、救急箱のようにポータブルにすること、使用水量を少なくすることで、開発途上国での使用が期待される。

▲ スイスECALのジョルデーン・ヴェルネさんによる「Sterilux」


3Dプリンターなどの新しいツールを使った建築方法、蚕の繭づくりのように空間を形成する実験など、空間のつくり方自体が実験的になるなか、米国プラット・インスティテュートの修了生による「More Sky」はより実用性に富んだものだった。建物の外壁に扇のように開閉する窓枠を設けることで、限られた居住スペースでも‘空の景色’を広げることのできるという。プロダクトデザインであり、建材でもある「More Sky」は特許申請中とのこと。すぐに需要を生みそうだと感じた。


▲ プラット・インスティテュートのインダストリアルデザイン修士コースを2015年春に修了したアルダナ・フェレ・ガルシアさんによる「More Sky」。かつて慶應義塾大学も参画するGlobal Innovation Design programにも参加した


ドバイにはデザイン・ウィークを通したデザイナーのための発表の場の提供のほか、デザインギャラリーやセレクトショップが増え、デザインが生活の身近にある環境が整いはじめている。米国フロリダのマイアミ・デザイン・ディストリクトに倣うかたちでデザインシティの構想を練ってきたドバイが、今後はアラブ諸国で一般的な“中庭”という空間や嗜好文化など、欧米にはないアラブ文化圏の持つポテンシャルをさらに引き出していくことに期待したい。(文/長谷川香苗)