ドバイ・デザイン・ウィーク 1
「30カ国50校が集った卒業制作展」

10月末、アラブ首長国連邦の首長国の1つであるドバイで、第2回ドバイ・デザイン・ウィークが開かれた。現在、デザイン・ウィークは世界95都市で行われているが、ドバイは若手のリーチに力を入れている。各国のデザインスクールの卒業制作展から選りすぐりを集めた「Global Grad Show」にその特徴が現れていた。

「Global Grad Show」は世界30カ国50校から計132組のプロジェクトを紹介する卒展の万博のようなものと言えばいいだろうか。世界共通あるいは地域固有のさまざまな課題が浮き彫りになるなかで、視野を広く持ち社会を俯瞰するような壮大なプロジェクトより、学生自身の体験から生まれたような微視的ともいえる提案が目についた。

身の回りの課題であっても、30カ国の学生が集まれば、それはグローバルな視点になり得るのかもしれない。デザイン・ウィークを訪れた地元の中高生たちは、デザインとはどんなものか、さまざまな国でどのようなことに取り組んでいるのか、肌で感じることができたに違いない。

例えば、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)を2016年夏に卒業した韓国出身のキム・ヘジュは、自閉症の症状を疑似体験できるツール「An Empathy Bridge for Autism」を考案。脳の発達障害に伴う自閉症の弟を26年間見守りつづけるキムさんならではの視点だろう。

自閉症患者は健常者より目が繊細で、光がチカチカして見えるときがあるという。そういった視覚を疑似体験できバーチャルリアリティ装具のほか、多くの人には届かないような周波の音まで捉えるという鋭敏な聴覚を疑似体験するイヤフォンなどを展示した。作業療法士の指導を受けたという作品は、会場で体験待ちの行列ができるほど関心を集めた。

「自閉症の人の感覚を体験することで、彼らに対する理解が広がればと考えた」とキムさんは言う。自閉症患者を障害者と捉えていた人は、視覚、聴覚、発声という点で、世界の把握の仕方が異なるだけだということを理解したに違いない。自らの五感だけでは体験できない経験を通して、他者への共感を生むAR拡張現実の意義は大きい。

▲ 写真左のグリーンのヘッドセットのような装具。この内部にアプリをダウンロードしたスマートフォンを入れて、自閉症の人が感じるチカチカとした光の映像を見ることができる。聴覚を体験するイヤフォンは音が増幅するように設計されている。

▲ 自閉症の口の動きを体験するための、舌の6つの部位を制御するキャンディ。自閉症特有の話し方は、脳から舌の各部位に制御信号がスムーズに送れず、舌を動かせないために起こるという。行儀は良くないが、キャンディを口に入れたまま会話をする。すると舌の1カ所が動かせないだけでも、自分が何を話しているのかわからないと実感できる。

▲ ツールを装着するとどのように見え、聞こえるかがわかる。https://vimeo.com/172758926

▲「An Empathy Bridge for Autism」のブースの前に立つキム・ヘジュ。


同じく、RCA出身のマラブ・サングハビは、義足の太ももに当たるソケット部分の装着感を、アプリで調整できるシステム「クレオト」を開発した。ソケットの内側はエアポケットによって身体が擦れない設計で、そのエアポケットを25に細かく分けることで個別に圧力を加減し、フィット感をスマートフォンで調整する。サングハビは大学院生のとき、身体の一部をなくした人たちのための医療施設の隣で暮らしていた。彼らから、静止した状態ではなく、歩くなど義足への圧力が変わるときに痛みが生じるといった話を聞き、このプロジェクトを始めたという。

▲ マラブ・サングハビと装着感を自ら調整する義足「クレオト」。現在、特許出願中。アプリと加圧のスムーズな連動を幾度となく検証したという。


ほかに、レバノン出身のガブリエラ・ギギアとフランス出身のアン=ソフィー・ギーのふたりが発表したのは、非常時に展開すればシェルターになる衣服「ウェアラブル・シェルター」。ポンチョのような衣服をファスナーでつなぎ合わせれば、4人まで入ることのできるテントになる。きっかけはシリア難民の置かれた環境を知ったこと。レバノン出身のギギアにとって、それは決して他人事ではないという思いだ。

▲ シェルターにもなる衣服「Wearable Shelter」の前に立つアン=ソフィー・ギー。デュポンの防水不織布シート「タイベック」を素材にすることで、テント時の強度を確保。


オランダのアイントホーフェン工科大学のグループは、赤ちゃんに母親の腕の中で抱かれているような感覚を与えるブランケット「ハグシー」を提案した。抱かれた赤ん坊の指にデバイスを装着し、母親の鼓動を録音しておくことで、不在時でもブランケットで安心感を与えることができるというもの。子供を抱いていたくても、多忙な現代の母親にはなかなか難しい。展示会場では「子供を産んで間もないときに、こういったものがあったらどれだけ助かったか」といった声が聞かれた。

▲ 母親の鼓動だけでなく匂いもブランケットに移しておくことができる「ハグシー」。


ソーシャルメディアが浸透し、展示して人の目に触れれば、ヴァイラル的に拡散する時代。学生の提案が、企業やエンジニアの目に止まり、プロダクトになるまでの時間が短くなる傾向にある。会場では先生に引率された地元ドバイの中高生たちの姿が多く見られた。こうしたスピードでものごとが動きつつある時代に進路を決める彼らの目に、世界各地の学生たちのデザインはどのように映ったのだろうか。(文/長谷川香苗)