ヘルシンキの旗艦店に見るアルテックのブランディング

アルテックはフィンランドデザインの巨匠建築家、アルヴァ・アアルト(1898-1976)らが、1935年に設立したインテリアブランド。アートとテクノロジーの融合、モダニズムに基づくデザイン活動から生まれた家具の数々は、現在も世界中で愛されている。今年3月にリニューアルオープンした旗艦店は同社の理念を体現する場となっている。

▲ 2つのフロアにわたる店内は約700㎡。1階の天井高は約5mと開放感がある

アルテックがヘルシンキ中心部に直営店をオープンしたのは、会社設立の翌年に当たる1936年のこと。創立者のひとりであるニルス=グスタフ・ハールが、「われわれは新しい暮らしの概念を発信していくセンターとなる」と宣言。アルテックストアは自社製品の販売だけでなく、定期的に展覧会などを開き、モダニズムの価値観を人々に伝えていく場として機能した。

その後、1954年と91年に近隣への移転を経て、3度目のリニューアルとなった今回は、80年前のアルテックストアのルーツに立ち返るという意味合いがあったようだ。場所はヘルシンキのメインストリート「Keskukatu(ケスクスカトゥ)」にある、建築家エリエル・サーリネン(エーロ・サーリネンの父)が設計した建物(1921年竣工)。隣にはアルヴァ・アアルトが設計し、かつてアルテックストアが入っていた建物「Rautatalo(ラウタタロ)」や「アカデミア書店」もある。スタッフにとっても「アルテックの歴史を象徴する場所に戻ってきた」という感慨があるようだ。

▲ ヘルシンキのKeskukatu(ケスクスカトゥ)とは、ケスクス通りの意。アルテックストアは歴史的な場所に立ち返った
Photo by Mikko Ryhänen, © Artek


1階:アルテックの歴史と新しい文化の融合

歴史的建築の意匠を随所に残した空間デザインは、ストックホルムの建築設計事務所Koncept(コンセプト)によるもの。「発見と出会い、そして新たなアルテックワールドへのゲートウェイとなるような店。また若い世代が気軽に足を運べるような場所に」と、店内にインスタレーションを散りばめ、ゾーンごとに驚きのある空間に仕立てた。

エントランスで客を迎えるのは、アアルトによる「A330S ペンダント ゴールデンベル」(1937年)を使ったライティングインスタレーション。アルテックのアイコン「STOOL60」(1933年)がオブジェのようにスタッキングされ、その周囲には観葉植物がディスプレイされている。初期のアルテックストアが植物を販売していたことに倣ったもので、マーケティングマネージャーのサトゥ・パウッコネンによると、「今回はフィンランドでなかなか手に入らない温帯地域の植物をセレクトしている」とのことだ。

▲ アアルト「A330S ペンダント ゴールデンベル」を使ったエントランスのライティングインスタレーション

▲ エントランスホール。インスタレーションの周りにある鏡は、店内の見通しをよくするためでもある

▲ リニューアルの目玉の1つである、植物コーナー

▲ 2階へ続く階段。竣工以来残る真鍮の意匠がキーマテリアルとなっている


1階は家具と雑貨のゾーンに分かれ、両ゾーンの中間に配置されたランウェイのような展示台にはアルテックの代表的な家具が一列に並ぶ。家具ゾーンでは商品単体ではなくインテリアをスタイリングして紹介。社内と外部から成るバイイングチームが世界中から集めたラグやテーブルウェアなどを合わせ、生活のシーンを見せていく手法もまた初期アルテックから引き継がれるDNAだ。

▲ 開放的な1階。アルテック製品には同ブランドに関わりの深いデザイナーたちによる「なぜこの家具が好きなのか」という小さな物語が添えられている

▲ イルマリ・タピオヴァーラの名作椅子「ドムス チェア」などを中心としたスタイリングの例。今年70周年を迎えた「ドムス チェア」の展覧会が今年の秋、東京で開催される予定だ

▲ 雑貨のゾーンではフィンランドを中心に世界から集められた商品が並ぶ。「来店する人すべてが家具を探しているわけではない。特に若い世代にアルテックのライフスタイルに気軽に触れてもらいたい」とパウッコネンは言う


2階:顧客の創意をかきたてる道具が揃う

2階はグループ会社であるヴィトラの製品、モロッコカーペット、ファブリックなどを扱う。特に注目したいのは今回新たに設けたワークショップスペースだ。ここでは「STOOL 60」がカスタマイズできるほか、併設のミニキッチンを使ったティーパーティ(北欧にはティータイムの文化がある)やトークイベントなどを開催するという。アルテックストアではアウトドアコレクションや外部ブランドのポップアップ、照明やオフィス家具の特別展などさまざまな展示やイベントを年間を通じて実施していくそうだ。

▲ 2階にはアルテック以外の家具も並ぶ。中央の「ボールチェア」はヘルシンキのデザインミュージアムで「エーロ・アールニオ展」が開催されていることにちなんで展示された

▲ モロッコカーペットはアルテックストアが初期から取り扱っていたもので同社のスタイリングにはなくてはならないDNAである

▲ ワークショップスペース。ヘラ・ヨンゲリウスが監修したカラーパレットなどが並び、座面の色を選ぶことができる

▲ 2階にはデザイン関連のブックストアもあり、訪れた人がゆっくり過ごせるコーナーとなっている


若手デザイナーの起用で新しい息吹を

店内のサイン計画や印刷物などのビジュアルデザインは、フィンランドの若手デザインチームTSTO(ティーエスティーオー)が手がけた。20年代のモダニズム建築にインスピレーションを受けたレトロなサイン計画。アルテックのロゴとはイメージの異なる書体だが「旗艦店として独自の強いアイデンティティ、物語性を持たせたかった」(パウッコネン)とのこと。

▲ TSTOによるサイン計画

▲ 右側の壁面にはTSTOによる「STOOL60」を使ったインスタレーションも


ショップカードやオリジナルポスターのグラフィックは、アルテック家具のシルエットを落とし込むなどあらゆる局面で「歴史」がストアデザインのキーファクターとなっている。ちなみにポスターデザインにはTSTO以外に各国のデザイナーが参加。日本からはミナ ペルホネンの皆川 明が「ドムス チェア」のキャンペーン限定ポスターのデザインを手がけている。

▲ TSTOらが手がけたオリジナルポスターと歴代のアルテックのポスター

▲ 皆川 明による「ドムス チェア」のキャンペーン限定ポスター


アルテックにとってフィンランドの旗艦店はこの1店舗のみ。基本的に同社のビジネスはリテーラー(小売店)が販売する。つまりこのストアは店のかたちをしたコンセプトブックのようなもの、ということができるかもしれない。ロケーションや建物を含め、ここでなければ表現できないアルテックのすべてが凝縮されている。(文・写真/今村玲子)



今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。