SDW_vol.5「アートから生物多様性の再構築までを手がける
ランドスケープデザイン」

▲ サラダドレッシング(Salad Dressing)のオフィスが入居する「ザ・グランドスタンド」。旧競馬場の建物をリノベーションした複合施設で、ひな壇状の旧スタンドを庭に転用。実験を兼ね、300種以上の植物を育てている。
http://www.saladlandscape.com/

1960年代にリー・クアンユー首相が推進した植樹運動に始まり、1967年のガーデン・シティ政策によって街じゅうに豊かな緑が溢れるシンガポール。人と自然と経済が調和するサスティナブルな都市を形成するうえで、ランドスケープデザインの果たす役割は大きい。シンガポールを拠点に世界各地のプロジェクトを手がけるランドスケープデザイン事務所「サラダドレッシング」の会沢佐恵子さんに話を聞いた。



その場で何を感じるか、を大切に



そもそも、ランドスケープデザイナーとは何をデザインする仕事なのですか。

サラダドレッシングの代表であるチャン・ファイヤンは、「その土地に秘められた美しさを表現する仕事」だと考えています。石や金属といったハードなマテリアルを用いる建築家とは異なり、私たちは植物というソフトなマテリアルを扱います。植物はなかなか言うことを聞いてくれませんし、さまざまな個性が強あります。常に変化しつづけるマテリアルをよく知ると同時に、その土地について知ることも大切です。土地を知るために、歴史や文化、生物多様性や環境特性など、さまざまな面からアプローチしていきます。

▲ サラダドレッシング代表のチャン・ファイヤン(Chang Huaiyan)は、シンガポール国立大学建築学部在学中にバリ島でトロピカル・ガーデンのデザインで著名なマデ・ヴィジャヤ氏に学ぶ。その後、シンガポールでランドスケープデザインのキャリアをスタートさせた。

では、サラダドレッシングの特徴とは?

チームワークによる作品づくりです。サラダドレッシングでは個が際立つことよりも、チーム全体としての動きを大切にしています。ファイヤンはチームを牽引しながら、常に「その場で何を感じるか」を考えています。彼はいつも「ランドスケープデザインの基本はサイエンスだが、それをポエトリーに昇華させること、理性的でありながら言葉では説明しきれないものを表現したい」と話していて、解決のための「答え」というより「問いかけ」を探しています。

▲ サラダドレッシングのスタッフ。現在はシンガポールに17名、ジャカルタに6名。年齢層は25〜35歳が中心で、建築出身とランドスケープデザイン出身のスタッフで構成される。国籍はマレーシア、日本、シンガポール、スコットランド、南アフリカなど。

サラダドレッシングという事務所名の由来を教えてください。

「ドレッシングがあってサラダが美味しくなるように、デザインが触媒となって自然と人間との関係性を向上させる」という意味です。ファイヤンが大切にしているのは、自然と人との関わり方。なるべくささやかな設えで自然をより美しく見せると同時に、人とのつながりから生まれる環境の保全や再生にも積極的に取り組んでいます。最新のバイオテクノロジーやデジタルアートの探求にも熱心です。

▲ 以前のオフィスは、ビジネス街の一軒家。そこだけが緑に囲まれた空間で、植物の力だけで水を浄化する池があり、壁面緑化も行っていた。

戸建住宅やレストランなどの庭に始まり、現在は国の大規模な仕事や異なる気候帯でのプロジェクトも進行中です。一方でアートワークやプロダクトデザインの仕事も多いですね。

アーティストでもあるファイヤンはペン画の作品を制作しますし、住宅やホテルの屋外空間のための彫刻、プロダクトデザインなども手がけています。マテリアルの特性を多角的に理解してから環境に入れ込むというプロジェクトの進め方は、こうした専門外の分野からも多くを学んでいるのです。

▲(左)屋上緑化のアースマウンド。子どもや大人それぞれが使い方を考えられる、余白のあるデザインを意識。(中央)レストラン「ホワイトラビット」。桂離宮からインスピレーションを受けた竹のアーチを設置。(右)日陰にも強いベンジャミンに傘を被せて、葉の影を楽しむ照明器具。

▲「ドリアン・スツール」(2014年)。強い匂いのため国外には持ち出せないドリアンをアクリル樹脂に封入。「東南アジアの美を匂いごと封じ込めて世界へ届けたい」というメッセージを込めた。

▲「ツリートップシネマ 樹上の上映会」(2014年)。ボルネオ島でのアートイベント。普段は近づくことさえ難しい地上26mの樹上にシアターを設置した。

植物による水質浄化のその先に



プロジェクトでは、具体的にどのように植物を選んでいくのでしょうか。

私たちは常に熱帯雨林を研究し、それを構成する植物を次の7種にまとめています。(1)着生植物、(2)薬用植物、(3)二酸化炭素を蓄積する植物、(4)木材になるアイアンウッド、(5)食用植物、(6)動物や鳥を引き込む植物(香りや色があるもの)、(7)土壌を良くする植物。各プロジェクトではこれをもとに、植物同士の関係や人と自然の関係を見ながら「植物のパレット」を検討していきます。

▲ 熱帯雨林を構成する7種の図。

近年はプロジェクトの規模や内容も幅広くなっているようですね。

これまでの邸宅やコンドミニアム、ホテルに加え、公共のプロジェクトも手がけています。例えば、政府によるコミュニティ施設「エネイブリング・ビレッジ」では、都市における生物多様性に焦点を当て、動植物だけでなく人間にとっても心地よい「緑のポケット」をつくりました。人々は緑の廊下を散歩したり、個性的な植物によってゆるやかに変化する風景を楽しむことができます。

また、池の水は植物によって浄化されています。近年、政府が水質の改善を推進していることもあり、私たちも積極的に展開しているのです。植物を用いた地盤や水質の浄化(ファイトリミディエーション)にはさまざまな方法がありますが、サラダドレッシングの強みは動植物の個性に精通していること。きれいにするだけでなく、そこに集まってくる生き物をイメージしながらデザインしています。

▲ シンガポールの建築設計事務所WOHAによるコミュニティ施設「エネイブリング・ビレッジ(The Enabling Village)」(2015年)のランドスケープデザインを担当。https://enablingvillage.sg/

熱帯地域を理解したうえで異なる文化を取り入れる



シンガポール以外でも多くのプロジェクトが進行していると聞いています。

インドネシアやベトナムなどの東南アジア圏はもとより、中国、インド、中東など、気候や文化の異なる環境でのプロジェクトが増えています。例えば、中国の集合住宅のプロジェクトでは、敷地の向かいにある山の樹種と同じ固有種の木を植えることで、この土地への思いを馳せるような空間をつくりました。

▲ WOHAとの協働設計による中国広州の集合住宅プロジェクト「VANKE FENGJING」(2015年)。

日本ではどのようなプロジェクトがありますか。

2014年にアマン東京(東京・千代田区)の組石を手がけました。石の表面は、磨きをかけた部分と、自然のままのところがあり、自然と人の手の美しさのバランスを表現しました。黄昏時に西日があたるとそれらの表面が複雑な表情を見せ、「石は生きている」と実感したプロジェクトです。

▲ ホテル「アマン東京」で手がけた組石(2014年)。サラダドレッシングのデザインをもとに、日本の石職人・和泉屋が制作。

▲「オジギ草の社(The Mimosa Shrine)」(2014年)。長崎ハウステンボスの「ガーデニングワールドカップ」で展示した、解体・組立が可能な旅するアート作品。上から落ちる雫によってオジギソウが閉じるのを眺めるという、植物との対話を表現している。

日本には自然に対する独特の美意識や感受性があります。サラダドレッシングの拠り所である熱帯の土地をより深く知る一方で、異なる文化からもインスピレーションを受けたい。今後も日本とはさまざまな分野でコラボレーションしていけたらと考えています。(インタビュー・文/今村玲子)

→vol.6に続く(次回は、サラダドレッシングが取り組む大規模な国立公園プロジェクトを紹介します。)