中国建築界の雄
MAD Architectsの馬岩松が目指す「天空の革新」

ジョージ・ルーカス発案のナラティブ・アートミュージアムなど世界各地で巨大文化施設や高層タワーを設計してきたMADアーキテクツ。ファウンダーであり、各プロジェクトにおいて主にコンセプトワークを担う馬岩松(Ma Yansong – マー・ヤンソン)は、今最も注目を集める建築家のひとりだ。東洋の伝統に基づく独自の建築理念の提唱者でもある馬は、中国の「天空」の歴史をどう読み解き、空に広がる未来の建築をどう予想するのか。北京で話を聞いた。

「天」と「地」の伝統的世界観

モスクワでの講演から戻り、明日はロスへと飛び、ジョージ・ルーカスとの打ち合わせに臨むという馬岩松。2004年、彼が北京で立ち上げたMADアーキテクツは今や世界の名だたる建築事務所と肩を並べる存在だ。世界を飛び回る馬のスケジュールからもその躍進ぶりが伺える。

事務所があるのは、狭い路地に平屋が並ぶ北京の旧市街。「天空」をめぐる話題は、北京伝統の建築様式である「四合院」の話題から始まった。四合院では中庭を囲み、東西南北に棟を建てる。中庭の上には常に天空の存在があり、それが重要だと馬は言う。

「地があり、天があり、その中間に人間がいる、というのが中国の伝統的な世界観です。北京に天をまつる天壇と地をまつる地壇があるように、地に対して天は常に強く意識され、造景にもその思想が表れている。さらに言えば、中国の伝統的な世界観では、空(エンプティ)という考えが重視され、天空はそのひとつの領域と言えます。山水画を例にとれば、画面がぎっしり埋められることはなく、必ず空がある。空によって人は想像力を羽ばたかせることができ、それは生命にとって最も重要だと考えられてきました。北京の故宮、天壇、地壇、四合院など、伝統的な空間に巨大な空が必ずあるのもそのためです。しかし近代以降、特に経済発展の続いたこの30年で、建築では物性が最も重視され、逆に空という概念をかえりみない傾向が強まっています」。

建築が天空で果たす役割 

天空や空に対する伝統的価値観が失われつつある現代の中国において、建築が空の領域に対して果たすべき役割は何なのか?馬は次のように解説する。

「建築は、人々のさまざまな感情を呼び起こし、自由を与え、多様な生活様式の舞台となるものです。同じような部屋が重なる高層の牢獄のようなものであってはいけない。似たような様式は、同じような行動を強いる強権にもなるのです。そうならないために、現代の建築は素材や技術を駆使して空間を創造する必要があるし、そのための要件は十分用意されている。そこにもし何らかの障害があるとすれば、それは空間を開発したり使用する人たちの意識です。効率の面から言えば、四角四面の建物をつくるほうが確かに得策で、高層においてもそのロジックはひじょうに強い。何事も経済性が最優先で、空間に精神性を求める人はごくわずかになってしまっているのです」。

▲2006年にカナダで行われた国際コンペで1等を受賞した「アブソリュートタワー」の模型。150mと170mの2棟の高層建築からなり、17年竣工。ねじれた曲線美から地元の人々に「モンロータワー」のニックネームで呼ばれている。

こうした危機感から、馬は14年、自らの建築の考えをまとめた「山水城市」を出版。同テーマの展覧会を世界各地で開催している。このなかで馬は、「かつて山水の景観が中国人に与えた豊かな感情を、都市(中国語では=城市)空間の建設において取り戻すべきだ」という熱のこもった主張を展開する。馬のもとでは現在、その主張を具現化したプロジェクトがいくつも進行中だ。中国の建築事務所として初めて国際コンペを勝ち取ったカナダ・ミシサガ市の「アブソリュートタワー」、北京の「中央公園広場」、中国東北部ハルビン市の文化センターなどだ。いずれも、見る人に豊かな感情を呼び覚ますアイコニックなデザインとなっている。

▲中国文人の理想の居住空間である「山水」を現代の都市で実現するプロジェクト「南京証大ヒマラヤセンター」。

また、南京では東京ドームふたつ分を上回る敷地に建つ「南京証大ヒマラヤセンター」の完成が迫る。建物は6棟の高層建物からなり、うち1棟は、あえてエレベーターを建物の外に設置。エレベーター棟から空中回廊をつたって住居棟に渡るアプローチを採用している。住居棟の上下移動にもあえて階段の利用を促し、階段の踊り場はコミュニティスペースと緑化スペースにあて、高層階において人の交流を促進する空間づくりを目指している。

▲「南京証大ヒマラヤセンター」は住宅、ビジネス、ショッピングなどの機能を有した複合施設。

「高層階にこのようなスペースを設けることは、経済効率の面ではマイナスです。ディベロッパーを説得するのは大変ですよ(笑)。でも、時には新しいことをやってみたいという想いを共有してくれる人がいるんです」。

▲「南京証大ヒマラヤセンター」

屋上庭園と高層階におけるコミュニティスペースを組み合わせた事例に、アモイで建設中の「欣賀デザインセンター」も挙げられる。南京同様6棟の建物からなり、それらが放射状に配置され、オフィス棟と居住棟は空中ガーデンなどを通して結ばれる。空中ガーデンはフッ素樹脂の膜材で覆われ、アモイの猛暑に対し断熱効果と通風作用を果たすという。

▲アモイで建設が進む「欣賀デザインセンター」。クライアントは地元のファッションメーカー。敷地面積1.5万m2。6棟が花びらのように広がり、それぞれを屋上庭園などがつなぐ。

空の活用は始まったばかり

「敷地の30%を緑化にあてるというルールが設定されている地上に対し、高層建築にはまだパブリックスペースの規定さえありません。仮に高層でも30%を緑化に使う、というルールが生まれれば、高層建築はその姿を大きく変えることになる。そういう意味で、高いところに住む、という人類の模索はまだ始まったばかりです」と馬は言う。

加えて、新たな兆しも見えはじめていると言う。過去の伝統空間の文脈を見つめ直し、現代の都市建設にそうした考えを取り入れようという中国の若手建築家の動きだ。チャレンジ精神と資金を持ち合わせた若いディベロッパーの台頭も、こうした新たな挑戦を後押しする。

そうなると期待したくなるのが空中都市だろう。「中国で世界初の空中都市が誕生する可能性は?」。馬に尋ねると「さあ、どうかな」と応じた後、未発表のプランについて教えてくれた。それは沖縄で計画中のプライベートミュージアムに関する構想だ。そこでは一定時間、空中に滞在できるスペースを設けるという。施主である中国ディベロッパーの理解もあり、実現に向けて設計が進む。

▲「欣賀デザインセンター」

インタビューで馬は、「天馬行空」という中国古来の四字熟語について熱っぽく語った。何ものにも縛られず自由奔放な様を、遮るもののない大空を天馬が勢いよく走る姿に例えた言葉であり、そこには中国伝統の空への想いや憧れが込められている。馬の建築への挑戦は、天馬行空という言葉とともに、大空にも向かおうとしている。(文/原口純子、写真/グレッグ・メイ)End

ーーデザイン誌「AXIS」187号より。