いけてるオフィスは仕事ができない?
JINSの会員制オフィス「Think Lab」は最高に集中できるストイックな空間

▲100席を超える机が一方向を向いてずらりと配された空間は、ストイックなフィットネスジムのようだ。

政府の「働き方改革」によって多様なワークスタイルが推進され、それに合わせてさまざまなオフィス空間が登場している。そんななか、アイウェアメーカーのJINSが「最高に集中できる空間」として会員制オフィス「Think Lab(シンクラボ)」を東京・飯田橋にオープンさせた。

イノベーションを起こすには「DeepThink」が大切

JINSが東京オフィスを飯田橋に移転したのは3年前のこと。「オープン・スペース」をコンセプトにコミュニケーションを活性化する先進的なオフィスとして、第28回日経ニューオフィス賞を受賞するなど注目された。ところがその後、メガネ型ウェアラブルデバイスの「JINS MEME(ジンズミーム)」で社員の集中度を測ったところ、「実はあまり集中できていないことがわかってしまった」(田中 仁代表取締役社長)。開放的で共働しやすい空間は、逆を言えば、個々の仕事に没入しにくいというわけだ。田中社長は、「真に仕事のクリエイティビティを高めるためには、コワークと集中を行き来する必要があるのではないか」と、「最高に集中できるスペース」の開発に乗り出した。

▲田中 仁 ジンズ代表取締役社長。

プロジェクトを監修したのは、予防医学研究者の石川善樹(キャンサースキャン)。ビル・ゲイツや欧米のエグゼクティブが、仕事をいっさいせずに好きな本を読んだり、考えごとをする時間を確保していることにヒントを得て、ひとりでじっくり集中する「DeepThink」に着目した。石川によると、「定型的な仕事の場合はできるだけ無駄を排除して効率を高めることが重要だが、本当に創造的なアイデアやイノベーションとは、ゆっくり時間をかけて醸成されるもの。組織の知的生産性を高めるには、個々がDeepThinkした後にコワークするとよい」と説明する。

▲「DeepThinkした人間が集まったときに初めてブレストが価値を持つ」と予防医学研究者の石川善樹。図の左上にあるDeepThinkからZ型のように仕事をしていくのが理想とのこと。

神社仏閣のようなオフィス

では、どういった空間であればDeepThinkしやすいのか。石川が参考にしたのが日本の神社仏閣の構造だ。「脳科学の観点から言うと、人間の脳はいきなり集中モードにはならない。神社やお寺を見ると、順路に沿ってストレスとリラックスが交互にあり、徐々にDeepThinkしていく構造になっています」。

こうして、石川から「神社仏閣のようなオフィスをつくってほしい」というオファーを受けたのが、建築家の藤本壮介だ。藤本は、「鳥居、門」に始まり、「参道」や「庭」を歩きながら少しずつ心を整え、最高に集中した状態で本殿に入って拝礼するという、参拝者の一連の動きをオフィス空間に落とし込んだ。

▲「神社仏閣のようなオフィス空間」を依頼された建築家の藤本壮介。

▲「参道」を経てエントランスに入ると、東京の夜景が視界に広がる。高野山に生えるコウヤマキのアロマが香る。

設計に際し、プロジェクトメンバーは高野山に合宿し、空間構成から香りまでのインスピレーションを得たという。メインのオープンスペースには111席のデスクが3列ずらりと並び、まるで座禅道場のよう。全席が一方向を向く「同向型」のレイアウトは定型業務に適しているとされ、銀行の店舗や電話オペレーターのオフィスなどで採用されるが、ひと昔前のオフィスではよく見られた。

机は横90cm、縦60cmと小さめで、そのぶん視線が狭い範囲に集約する。空間全体は黒を基調とし、照明も暗め、もちろん原則私語は厳禁。いわゆる「快適で素敵なオフィス」とはかけ離れた、ただただ集中するために無駄を削ぎ落とした空間である。

▲1列ごとにデスクの高さと椅子の姿勢が3段階に分かれ、タスク内容や自身の状態に合わせて選ぶ。

▲窓に面した最前列にオカムラの「Cuise & Atlas」を配置。低座・後傾のポジションで集中力を持続させる。

▲「人がいたほうが集中できる」という人のためのテーブルも。ここにはコクヨの360度自由に動く「ing」チェア。

▲オープンスペースの奥にはさらに集中できる個室ブースが13席。

▲フロア内にフランスのIoTベンチャー「NETATMO(ネタトモ)」のウェザーステーション約20台を設置。環境のバイタルデータ(気温、湿度、気圧、CO2濃度、騒音)を計測し、自分にとって最適なスペースを選んで着席する。

▲カフェ空間は打って変わって白を基調とし、素材感のある家具と温かみのある照明、アートでリラックスを提供。対照的な空間を行き来することで、集中とリラックスをコントロールしやすくなる。

JINSMEMEの井上一鷹プロジェクトリーダーによると、「実際に社員の集中度を比較したところ、明らかに自社オフィスよりもThinkLabのほうが長時間集中していることがわかった」と言う。

「集中」とは決して先天的なものではなく、外的要因によってある程度コントロールできる。またそのメカニズムを知り、集中の方法を身につけることもできるというわけだ。ThinkLabは、そのための環境を整えた、いわば集中を身につけるためのジムということもできる。

▲JINSオフィスとThinkLabにおける集中の比較。

コンソーシアムによる「集中ビジネス」の展開

料金は、オープンスペースの利用が5チケットで月額3万5000円(税別)、日数無制限は月額7万円(税別)など。想定利用者は、企業のなかで新規事業を立ち上げるイントレプレナーやフリーランスなどだ。ユニリーバ・ジャパン・ホールディングスや森・濱田松本法律事務所などがモニター企業として協力することが決まっている。

一方で、オフィス機能を提供するだけでなく、さまざまな分野で集中を高めるためのソリューションを持つ企業とともにコンソーシアムをつくり、ThinkLabを実証の場にしていくという展望もある。すでにオフィス家具メーカーの岡村製作所やコクヨ、照明の大光電機が製品協力し、パソナ・パナソニック ビジネスサービスがストレス低減効果のエビデンス(検証結果)をもとに、シュロチクの植栽を提供している。

ほかにも音環境(ビクター)、食事(森永、大塚製薬)、運動(セントラルスポーツ)といった、ソフト面でもさまざまなメーカーが参加。これらの企業は、集中を高める商品やサービスを提供する代わりに、そのフィードバックを製品開発やマーケティングに生かすことができる。井上は、「例えば、音環境と緑化をセットにするとより深く集中できるという結果も出ている。ソリューション単体ではなく、複合的に組み合わせて実証できることがコンソーシアムのメリット」と説明する。

▲畳のスペースではフィットネスクラブのセントラルスポーツによるヨガなどのプログラムが行われていた。

現在コンソーシアムは18社だが、参加企業はさらに増えそうだ。田中社長は、「JINSMEMEで集中を測定しながら、進化していくことがThinkLabの強み。事業が独り立ちする可能性も十分にある」と今後の展開に期待を寄せる。禅や神社仏閣など、日本独自の精神性から発信する、「集中」をキーワードにした越境的なビジネスは、日本だけでなく内面のメンテナンスに関心の高い北米などでもニーズがありそうだ。End

▲ThinkLabを退出する際に通る通路。集中をクールダウンさせて日常に戻っていく。

ThinkLab

住所
東京都千代田区富士見町二丁目10番2号 飯田橋グラン・ブルーム29階
電話番号
03-5275-7017
利用時間
平日:7:00−23:00(有人受付は9:00-23:00) 土日祝日:9:00-18:00
詳細
https://thinklab.jins.com/