INTERVIEW | プロダクト
2018.01.09 08:30
今秋、米HP Inc.が新たなデザイン指針を掲げて取り組んだプレミアムPCを発表した。日々進化するテクノロジー、デザイン、ライフスタイルに、当社はどのような姿勢をもって臨むのか。
ITガジェットを得意とするライターでありPCバッグのデザインも手掛けるいしたにまさきが、来日したバイスプレジデント ステイシー・ウルフを訪ねた。
ここ数年変化を遂げつつあるPCのデザイン。そのなかでも現在先頭を走っている一社がHP Inc.(以下、HP)でしょう。HPのPCデザインに変化を感じたのは「HP Chromebook 11」がリリースされた頃。ポリカーボネートとラバーを使ったポップなデザインと低価格、少し懐かしくもあるデザインは、他社では見ることができないバランスを持った挑戦的なモデルでした。
Chromebook 11が発表された時期は、マイクロソフトのSurfaceが登場した頃でもあります。同じようなデザインで飽和しつつあったPCマーケットに、OSを提供するマイクロソフト自身がPCのあり方を根底から問い直したのです。
このたび、来日したバイスプレジデント兼インダストリアルデザイン責任者であるステイシー・ウルフ氏ご本人に、ここ数年のHPのPCデザインの変化について直接インタビューをすることができました。また今回のインタビューは、普段カバンのデザインをしているデザイナーでもある私にとっても非常に実りのあるものになりましたので、その理由についてもご紹介したいと思います。
デザインは一晩では変わらない
インタビューに先立つ新製品発表会のなかでステイシーは、4年前からデザインチームを作り変えるというミッションに挑戦してきたことを語りました。チームを育成するために必要な哲学として、3つのキーワードーー「革新的」「調和」「象徴的」をベースに、マテリアルの変化を待って4年でここまでデザインを変えることができたのです。
またステイシーはインタビュー冒頭に彼の信念ともとれる発言をしました。
「PCは死んだと何度も言われた。でもPCは死んでいない。PCはルネサンスを体験したのだ」。
これは主にマテリアルにイノベーションがあり、これまでできなかった形状が実現でき、デザインが次の次元に踏み出せるようになったことを意味しています。
「形、素材、ルックスすべて大事だが人をわくわくさせるものでなければならない。いくらデザインがよくても、使うものとして機能を満たしていないと意味がない。デザインがどんなに良くても、われわれがデザインするものは美術館に飾るものでも、1回使えば終わりというものでもない」。
その新しいデザインの次元は、最新の薄型ノートPC・HP Spectre 13にも見ることができます。HP Spectre 13のディスプレイとキーボードをつなぐヒンジを配したエッジ部分は、機能とデザインを両立させる現在のHPデザインチームの力を象徴するかのようなパーツです。
光る素材でコーティングされたエッジはデザインの大きなアクセントであり、同時にノートPCには機能として必須になるPC内部を冷却するクーリング機能をあわせ持ってます。PC全体のデザインでみれば、エッジが横一線にあることで筐体全体のバランスと強度が保たれています。そのため、たった10mmという厚さのノートPCでありながら、本来不安定になりやすい、ひざの上でのPC利用も安定して行うことができるのです。
製品デザインに込めるもの
今回、せっかくカバンをデザインしている人間としてインタビューするお役目をいただいたので、PCとカバンの関係についてもステイシーと対話しようと試みました。私は、この日持参したカバンを指さして、自分は「カバンにも仕事をさせる」つもりでデザインしたんだと話を切り出しました。すると、ステイシーはまさに堰(せき)を切ったように話し始めたのです。
「HPにとってもっとも重要な製品はコンシューマー製品。そしてコンシューマー製品にはユーザーの日常生活が入ってきます。そこで生活とPCについて多くのことを考えました。いつ使うのか?いつ充電するのか?そこで今回は女性のバッグもデザインしたんだ。女性がPCを持ち運ぶときは、大きめのトートバッグに入れることが多い。しかも女性はいろんなものを入れます。だからPC専用のスペースを作って、さらにそのままカバンの底に入れたモバイルバッテリーから充電できるようにケーブルを通す穴も作った。もちろんバッテリースペースを底にしたのは重いから。こうすることで、バッグにPCがプラグインできるようになったんだ。家に帰ったら、モバイルバッテリーだけ外して充電しておけばいいだけになった」。
ここで私はインタビュー会場の部屋に入った瞬間のことを思い出しました。実は彼は私のカバン・ひらくPCバッグminiを見るなり「そのカバン、すっごいいいよ。注文するからWebを教えてくれ」と言ったのです。ずっとPCとカバンのことを考えていたステイシーだからでしょうか、すぐに私のカバンの設計意図を理解してくれたのです。
ステイシーと、PCとカバンの話をしている時間というのは、実に楽しい時間でした。カバンのデザインに関してアプローチの仕方はまったく違えど、お互いのカバンを見せあい細部を確認しながら、だろ!だろ!そうなるよね!と、いい歳の男2人がキャッキャと意気投合していたのは、傍からみればおもしろい光景だったかもしれません(笑)。
PCは死んでいない
冒頭、PCは死んだという言葉を使ったのは、現状ではなんといってもスマホの時代であるからです。ステイシー自身も現状認識の言葉として語りましたが、特に若い世代にとって生活の一部であるのはPCではなく、ポケットに入るスマホなのです。
若い世代のなかには、何千文字ものテキストをスマホで書く人たちがいます。スマホでもなんでもできるのもひとつの事実ですが、効率化という意味でも、PCにアドバンテージがあることはたくさんあります。複数のアプリを同時に使って、1つのアウトプットを仕上げていくのは、やはりPCの方が簡単です。PCはいざとなれば、画面を複数にすることもできます。また、いわゆる編集と呼ばれる作業もPCが得意とする領域です。何千文字も書くだけなら、スマホでできても、その何千文字の中身を編集して仕上げていくのは、PCで作業した方が早く仕上がるでしょう。
しかし、若い世代とPCの間には断絶があることも事実です。つまりPCというツールを知らないだけ。もちろんPCはスマホを否定するものではありませんが、その反対も同じことです。お互いに補完し合うことで、さらに限界を超えていくはずで、若い世代の中にもそういったツールを探してる人たちもいます。この断絶を超える鍵もデザインであるとステイシーは語ってくれました。
「若い世代はタッチスクリーンしか使っていません。学校である調査をした際も、スマホだけで本の感想文を書けてしまうことがわかりました。しかし、こういった新しいデバイスを使いこなしているレベルの高いユーザーがいることはHPにとってはいいことで、彼らの生活にマッチした製品、スマホとPCの長所をブレンドしたような製品を出していけばいいだけなのです」。
スマホとPCを隔てる最後のパーツはおそらくキーボードでしょう。学習効果は高いですが、同時に学習コストも高いものです。
「アイデアはたくさんある。もちろん、ここでは何も言えないですけど(笑)」。と、ステイシー。
ステイシーはインタビューの間、何度も「I believe」という言葉を使いました。PCという製品を長く手がけてる彼からすれば、PCの進化というのは子供の成長を見ているようなものでしょう。そして、その子供がさらに新しい段階への進化の真っ最中にいるのが、今なのです。