2020年に向けて改装期間へ。
年月が築いた箱根・富士屋ホテルの魅力【後編】

▲クローク前。ステンドグラスを使ったシーリングライトも、街灯のような照明も時代を感じさせる。

箱根・宮ノ下にある富士屋ホテルは、2018年3月31日宿泊のお客様を翌4月1日のお昼にお見送りしたのち、2年間の改装期間に入った。改装前に行くことのできなかった方に少しでもこのホテルの素晴らしさを知らせたい、と、ごくごく個人的な紹介をさせて頂く。

前編はこちらからどうぞ。

富士屋ホテルの西洋館から花御殿に向かう道すがら、要所要所に、世界の要人を迎えた写真などが掲示されており、入館無料の史料室も併設している。史料室は宿泊しなくても入れるが、宿泊者ならではの、上着も荷物も持たずに回れることが嬉しい。宿泊者には「館内ツアー」が行なわれている(※2020年まで休館中)。45分ぐらいかけて館内を回るこのツアーは、案内してくれるスタッフによって微妙にニュアンスが異なる。それぞれが富士屋ホテルに愛情を持っていることを感じられるし、何度参加しても、新たな発見があるのが醍醐味だ。

▲館内ツアーは、何度、参加しても楽しい。再開後も、ぜひ続けて欲しい。

▲館内ツアーはこの食堂で〆られる。

継ぎ足しを繰り返した建物は迷路のようで、一体、自分がどの建物の何階にいるか、分からなくなる。最初は、絶対に覚えられないと思った迷宮が、西洋館、花御殿、と別の棟に宿泊を重ねることでだんだんと理解でき、バーや食堂など、目的の場所にすっと行けるようになる。建物のつながりを理解できたことが嬉しくなるほど多層なこの建物は歩くたびに発見がある。至るところに刻まれた彫刻。古い照明やタイル、ガラス窓。どれも、その当時にしかつくれない、時を経たからこその味わいがあるものだ。

▲このガラスはトイレのガラス。昔ながらの青海波柄だが、ガラスの質感から、アールデコのイメージも感じられる。

▲食堂棟、バーに近いトイレ。市松模様がやはりアールデコを感じさせる。

館内ショップで購入できる「知られざる富士屋ホテル図鑑」には、100以上の「富士屋ホテルトリビア」が記されている。普請の記録が残っていない箇所も多いからか「……の、ようだ」といった曖昧な記述も多いが、ホテルの隅々まで知ってほしい、という想いが感じられる。何も考えずに回ると単に「古い建物」だが、この状態を保つためにどれだけの苦労があるか。その苦労に敬意を表したい。

この「ホテル図鑑」には書かれていない見所は、まだいくらでもあるだろう。例えば、バーのカウンターの奥を見ると、氷で冷やしていた頃に設置された木の扉の冷蔵庫が見える。バーテンダーさんに聞いたところ、ちゃんと、現役で使っているとのこと。改装後のことを尋ねたら「どうなるか解らないけれど、残してほしい」と、名残惜しそうに語ってくれた。

▲お会計の時に、目ざとく見つけた、バックヤードの冷蔵庫。改装前は実際に使っていた。

利用者は入れないクロークの中、厨房(経済産業省の「近代産業遺産」に認定されている)、リネン室……。富士屋ホテルならではの逸話がいくらでも飛び出てくるに違いない。

過去に固執することを良しとしない人もいるが、地場産業に関わるなかで、工場の立て直しや、古い機械を捨ててしまったゆえの工場の苦い体験を聞いたことが何度もあるので、できれば、改装して欲しくないというのが本音だ。宿泊客、スタッフが触ることで出た建物の艶、醸し出す空気。そして、その当時にしか手に入らなかった材はぜひ残してほしい。

▲今はつくれないビンテージ蛇口。何色も使っている後ろの鱗紋のタイルもアールデコ調。

ただ、直しつつ、古さを生かす「富士屋ホテルマジック」があるのかもしれないとも思う。花御殿に泊まったときに知ったのだが、てっきり創業当初から敷かれているものだと思っていた花の絨毯は、入れ替えているようだった(よく考えれば、昭和11年から人が歩き続けて、あの程度の減りのわけがない)。花御殿の鍵が3回も変わっていることは館内ツアーで教えてもらった。温泉水を通す過酷な条件の水場も当然、改装や修理を重ねているだろう。しかしその経年変化は使い込まれた時代を感じさせ、安心感がある。

4月に改装に入ってから2020年の再オープンまでの期間、富士屋ホテルのスタッフは関連ホテルで働くという。彼らが「戻ってきた」と思える改装であることを願うばかりだ。そして、また多くのお客様とともに年月を重ね、時を刻んでいくのだろう。

▲本館に泊まった人だけが見られる風景。

KOUGEI NOW DIALOGUEのおまけ》

◎KOUGEI NOW DIALOGUEについての記事はこちら(前編後編)からどうぞ。

オプションのマテリアル工場見学ツアーに参加しました。
独自の色彩感覚と時代物の柄を融合したテキスタイルブランド「ケイコロール」さんの工場にて。

展覧会「産地とはなにか」

会期
4月26・27・28・29日(木金土日)
5月3・4・5・6日(木金土日)
5月10・11・12・13日(木金土日)
OPEN 13:00 CLOSE 19:00
会場
工芸青花
東京都新宿区横寺町31-13 一水寮101(神楽坂)
詳細
http://www.kogei-seika.jp/gallery/20180401.html

講座:日野明子「産地のいまとこれから」

日時
4月28日(土) 15:00−17:00
会場
一水寮悠庵
東京都新宿区横寺町31-13(神楽坂)
定員
25名
会費
3,500円
お申し込み
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=226