ベンチャーキャピタリスト高宮慎一がこれまでのビジネスワークの経験から導き出したデザインの価値を、ビジネスモデル、その実例に沿って整理・考察する。
第四講 スタートアップとデザイン
前回のアップルの事例を踏まえて、今回は、スタートアップにおけるデザインの貢献を見ていきたい。成功するスタートアップでは、デザインシンキングとは明示していないものの、その本質の多くが取り入れられ、成長において大きな役割を担っている。
シード期は何よりもユーザーに支持されるプロダクトをつくることが重要なため、起業家は、肩書きがCEOであったとしても、プロダクトマネージャー(PM)の役割を担うこととなる。しかし、ユーザー数が伸び、組織が拡大していくと、経営者はすべてのメンバーを直接マネージできなくなる。組織が30人、50人になると、ミドルマネジメントも1層、2層と増える。そのなかで、起業家の役割は、メンバーが自律的に業務を遂行できる体制を整えることになっていく。PMも含めた個別業務に手を動かすことよりも、大きな方向性を示し、会社を動かすOSとしての仕組み、組織、文化をインストールすること、すなわち経営者への脱皮が起業家には求められる。まさに、スティーブ・ジョブズがアップルで果たしたBig Dと同じ機能だ。
日本初のユニコーン(未上場で時価総額1000億円以上のスタートアップ)であるフリマアプリのメルカリでも、創業者でCEOの山田進太郎の役割は大きく変遷していった。もともと彼は、メルカリの前に創業したウノウ時代から、自らがプロダクトを企画し、開発をディレクションするPM由来の経営者だった。メルカリの創業期においても、世界一周をしながらフリマアプリのコンセプトを構想し、プロダクト全体のデザインを行い、開発のディレクションをした。しかし、プロダクトが世界7500万ダウンロード、組織も数百人規模に拡大してくると、山田自身は海外展開戦略、プロダクト戦略や仕組みの設計にかなり力を入れていった。例えば、海外展開においては、プロダクトのローカライゼーションが肝となる。各国市場の攻略だけを考えると、ローカライズの度合いを高めていくほうが有効だ。一方、世界共通のワンプロダクトであるほうがオペレーションなど全体としての効率は良い。そのなかで、どうバランスを取るのか。プロセスや権限など仕組みが重要となってくる。山田は自身がローカライズに際してPMとして手を動かすというよりは、これらの仕組みづくりに注力した。
また、スタートアップのプロダクト開発プロセスも、ユーザーに常にぶつけていきながら、イタレーション(※)を繰り返し、プロダクトを磨いていくというものであり、そのエッセンスはデザインシンキングと同じだ。例えば、メルカリでも、ウェブサービスにおいて「永遠のβ版」と言われるように、プロダクトリリース後も絶え間なく改善を繰り返している。プロダクトリリース直後でメンバーが20〜30人しかいないタイミングで、数百万ダウンロードのユーザーの行動履歴のひとつひとつを解析し、月に1000件もの改善を実装していた。
このようにスタートアップにおいても、大きな方向を示し、仕組みや組織を整えるBig Dのデザインの貢献は測り知れない。スタートアップで、Big Dがうまく機能しているのは、経営者自らがBig Dの担い手として、自分の役割を自覚し、組織に浸透させるのにコミットしているからだ。組織の規模によらず、経営者のリーダーシップがBig Dを機能させる要諦である。
ーーデザイン誌「AXIS」191号 「ベンチャーキャピタル流デザイン講」より。