大阪市内の「生きた建築」を体感。100以上の建物が無料公開される
「イケフェス大阪」の開催は10月27日、28日

▲イラストレーター黒木雅巳氏、デザイナー芝野健太氏による今年のビジュアル。

大阪の都市部にたつ魅力的な建築をいっせいに無料で公開、誰でも自由に内部まで見学することができる「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪(通称:イケフェス大阪)」。スタートから数えて5回目となる今年は、2018年10月27日(土)〜28日(日)に開かれる(建築物によっては公開日が異なる場合もありますのでご注意を!)。現在は公開物件が100を超え、来場者も2日間で3万人を超える一大イベントとなっている。実行委員会の事務局長を務める、近畿大学建築学部准教授の高岡伸一氏にお話を伺いながら、イケフェス大阪の成り立ちや魅力、今年の見所などについて紹介していきたい。

「イケフェス大阪」とは?

イケフェス大阪の特徴は、普段、なかに入ることのできない建築物に入り、物件によっては写真を自由に撮ることができるということ。「実際にそこを訪れて空間をじっくり体験してもらわないと建築の本当の魅力は理解してもらえない」という主催者の考えから、写真や図面を使った展覧会ではなく、直接その建築物を体感してもらうことを重視している。

▲1925年竣工、吹き抜けになっているパティオが特徴的な船場ビルディング。

もうひとつの特徴は、公開される建築物の幅が広いということ。およそ20世紀全般を対象に、歴史的なものから現代建築までさまざまに取り入れられている。参加者は専門家が多いのかと思いきや、ほぼ一般の人々。アンケートをとると、メイン層は40代。男女比率では4分の3が女性だそうだ。高岡氏はこう語る。

「みんな写真を撮りたいみたいで、ディテールに注目が集まります。装飾、タイル、手すり、扉の取っ手など、写真映えするところですね。もちろん吹き抜けが大きくあるところなどにも魅力を感じていると思いますが、専門家の視点とは明らかに違いますね」。

モデルはロンドン「オープンハウス」

こうしたイケフェス大阪の取り組みがモデルとするのは、昨年25年目を迎え、2日間の会期で800件以上の建築物公開と25万人を超える動員数を誇るロンドンの「オープンハウス」だ。現在ではワールドワイドに各地で展開しているオープンハウスも、90年代のスタート時点では20件程度の公開からだった。

▲オープンハウスロンドンで公開された、建築家ノーマン・フォスターの設計によるロンドン市庁舎。

15件ほどの施行公開からスタートしたイケフェス大阪の初年度は2013年。大阪市の事業として、個別の建築物の紹介というよりも都市の魅力を高めることを目的に実施された。ただ、主催者側の考え方は、2013年から一貫している。

「スタート時から現代建築を含めて中を見てもらおうという視点を打ち出していました。『生きた建築』というキーワードを掲げて、現代都市の中で本当に活用されている魅力的な建築物を紹介しようという意図がありました。社会から隔離されて大事に保存されている建築よりも、都市の魅力を高めている建築に価値を見出そうということです」(高岡氏)。

2013年から2015までの3年間を大阪市の事業として展開。「続けてほしい」という声が多く、建築を公開していた企業を誘い、2016年に任意の民間組織として実行委員会をつくった。

▲1933年竣工、安井武雄の設計による大阪ガスビルの様子。

大阪だからこそ可能なイケフェス

「生きた建築」をこうしたフェスティバル形式で楽しむことができる理由に、公開すべき建築がある程度、集積しているということがある。また、都市のスケールがコンパクトであるという特性も挙げられる。高岡氏も、「建築の数では東京のほうが圧倒的に多いと思うんですが、東京は都市のスケールが大きすぎ、一方で地方の都市では集積がない」と説明する。事実、淀屋橋界隈で2〜3時間も歩けば、10件、15件の建築物はすぐに回れるというメリットがある。

5年目になっての変化は、公開件数と参加人数の増加が挙げられる。実績があることで新しい物件所有者も参加しやすくなり、毎年少しずつ幅が広がっている。のみならず、建築物自体の公開だけでなく、設計事務所やゼネコンのオフィス公開など、建築が生まれる現場をオープンにすることや工事現場の公開も徐々に力を入れ始めているようだ。

▲大阪新美術館の設計者に選定された遠藤克彦建築研究所のオフィス。

「マスメディアを建築が賑わせるときは、だいたい良くないニュースが多いという印象を持たれているので、『建築はこんな面白い仕事だよ』ということを特に子どもや中学生、高校生に伝えたいという意識はかなり強くあります」(高岡氏)。

安全性の問題から工事現場の公開は簡単ではないが、建築物を知るよりよい機会にしようという主催者側の挑戦は終わらない。

所有者によるもてなし

ところで、100以上もの建築の紹介を一体誰が行うかというと、公開現場での「もてなし」は基本的に各建築物の所有者や管理者に任されている。参加者が所有者の生の話を聞けるところも特徴だ。のみならず、「ここが大阪らしさかも……」と前置きして高岡氏が伝えるのは、所有者のホスピタリティーが異常に高い、ということだ。

「自分の家にお客さんを招くみたいな思いの方がたくさんいらっしゃるんですね。毎年大工の職人さんを呼んでカンナのワークショップをしてくださる竹中工務店さんがいたり、自社製品をお土産として用意してくれるところがあったり、家族ぐるみでもてなすところがあったり。なにより主催者として嬉しいのは、所有者さんの中で『もう懲り懲りだ』と言って公開をやめた方がひとりもいないことです」。

▲竹中工務店大阪本店でのワークショップ。

一方、「この建築いいですね」といった参加者の声が直接所有者に届くことも、イケフェス大阪の大きな目的となっている。

「1960年代、70年代くらいの建築物の所有者や管理者は、まだまだ自分の建物に価値があるとは思っていないのです。そういうところに『公開してくれませんか?』と尋ねると、『いやいやうちなんて誰も見に来ませんよ』と話が始まる。いざ公開してもらうと、たくさんの人が来て、写真に撮っていく。その現場を見た所有者さんが『あれ? そうなの?』ってなるんです(笑)」。

こうした意識の変化は、高岡氏自身「すぐに何かにつながるという話ではない」と言うが、その積み重ねが都市に与える影響は少なくない。

今年の見どころと今後

今年の見どころは、まず今年竣工100周年となる「大阪市中央公会堂」。主催者側もこの建築物を軸にした特別プログラムを組んでいる。

また、初めて公開エリアに加わったところとして、大阪港が挙げられる。1920年代の大大阪時代における重要なエリアのため、歴史的な建築物がいくつか残っている。そして大阪市が毎年春秋に公開している木造の重要文化財「愛珠幼稚園」(10月20日の公開)、そして現代建築として日建設計が設計した「大阪弁護士会館」も初お目見えだ。

やや玄人好みなところでは、1960年代から70年代を中心に「都市に住む」を目標に掲げて大阪市内に20のコーポラティブ住宅を完成させた「都住創」のツアーも初開催となる。高岡氏曰く、住宅の公開は今後も力を入れていきたいとのこと。定期的に見学会を開いている藤井厚二設計による香里園の「八木邸」が、イケフェス大阪を活用するようになったのも変化のひとつだろう。

▲1920年代に大阪の財界人によってつくられた、100年近く続く現役の社交場大阪倶楽部。

延べ3万人以上の参加がある現在だが、「趣旨をしっかり理解して、人の建築物に入らせていただいているという感謝の気持ちで見学してくれる人がほとんど」とのことで、所有者にも参加者にも理想的な状態が保たれている。

こうした状態を今後も保つために、「参加者数をどこで止めるかも考えなければならない」と高岡氏は言うが、まさに数では表しきれないのがイケフェス大阪の価値。参加者とのコミュニケーションによって所有者ひとりひとりの意識が変わり、それが都市へ影響を与えていることも重要だが、なにより参加して楽しめるところがいちばんの魅力。ぜひ一度足を運んでみてはいかがだろうか。End