購入を決める「魔法の瞬間」をみつけ出せ!

▲イラスト:アリソン・フィリス

競争の激しい現代の小売業界で生き残るには、カスタマージャーニー(顧客が商品を購入するまでの過程)のどこか1点に力を注ぎ、独自の新しい体験を提供することで自社を差別化する必要があります。重要なのは、ジャーニー全体を攻略するのではなく、カスタマーが購入を決める「魔法の瞬間」をみつけ出すことです。

画一的なカスタマージャーニーの時代は終わった

従来の小売業界のカスタマージャーニーは、ほぼ直線的で1方向に進むものでした。動機づけや購買意欲を刺激することから始まり、顧客が購入した商品を使用することで終わります。


しかし、オンラインショッピング、モバイルショッピング、そしてソーシャルメディアの登場により、カスタマージャーニーは一方向に進むものではなくなりました。消費者はあちこち行き来するだけでなく、気ままに止めたり再開したり、時にはプロセスを一気に飛び越えたりもします。

例えばAmazonで買い物中、レジに進んだところ(購入の手前)で、ショッピングカートへ入れた商品に関連する「おすすめ情報」を目にして、新しいジャーニーをスタートすることがあります。

あるいは、ユナイテッド航空の予約便にチェックインする際、チェックインアプリに組み込まれた「Uberを予約」ボタンを押せば、空港への交通手段(タクシー、ライドシェア、マイカーなど)を考えるというプロセスが必要なくなることも起こり得ます。

また、TripAdvisorでまったく知らない人の否定的なレビューを読んで、予定を変更したり、ホテルの予約を取り消したりすることもあるでしょう。

魔法の瞬間を見つける

企業は、業界の動向や顧客ニーズの変化を踏まえ、カスタマージャーニーのある特定のプロセスに全力を注ぐことで、自社を差別化しようとしています。

例えばAmazonは、「購入」のプロセスを最適化し、最終的には自社が有利になるように設計するという点で先駆的でした。特許を取得した「1-Click注文」は、消費者がショッピングカートを経ずに購入できます。この利便性、スピード、効率性は、できるだけ早く買い物を済ませてしまいたい顧客にぴったりでした。

1999年当時、このシステムは画期的でしたが、それから20年近くが過ぎた現代の顧客は、欲しい物を早く買いたい人だけではありません。小売業者や消費財メーカーはAmazonに続き、カスタマージャーニーのあるプロセスに絞って独自の工夫を凝らすことで、商品やサービスが顧客の記憶に残りやすくなるようにし、競争力を高めています

では、具体的にカスタマージャーニーの各プロセスについて、小売業者にどんな工夫ができるかを考えてみましょう。

1. 動機づけ(INSPIRE)

ジャーニーの中で、多くの企業が注力しているのがこのプロセスです。「動機づけ」で自社を差別化するために、購買者に大きな影響力を持つソーシャルメディアやインフルエンサーを活用しようとしています。家づくりのためのプラットフォームを手がけるHouzzは、クラウドソーシングで集めた魅力的なインテリアの写真を使い、家具や設備、関連するサービスを提供する企業とマッチングさせたり、ユーザー間で情報を共有したりして、その動機づけを上手にビジネスにつなげています。

UncrateやBonobosなど、特定のライフスタイルに沿った商品を扱う小売業者も、ジャーニーの「動機付け」の部分に力を入れ、顧客のライフスタイルと関連付け、Instagramなどのソーシャルメディアを通じて製品やサービスの情報を発信し、販売につなげようとしています。

2. 検討(CONSIDER)

昔からマーケッターは、何かを必要としている、または欲しいと思っている消費者の検討対象に自社ブランドを入れようと努力してきました。このため、消費者が自社の製品やブランドを一番に思い浮かべてくれるよう、アイデアと資金を広告に注ぎ込んでいます。

問題は、多くのブランドが注意を引こうと張り合っても、消費者の大半はじっくり考えてはくれないということです。特に、「強いこだわりがない」カテゴリーにおいて消費者は、どの製品やブランドを使うかにこだわりがなく、その時々で変えてもいいと思っています。Amazon Dash ButtonやAmazon定期おトク便は、この関心の低さに注目した手段です。消費者は考えずに再注文ができるため、わざわざ他のブランドに乗り換えようとはしません。

また、自動車のアフターマーケット向けサスペンションメーカーであるProgressiveなどの企業は、逆に価格比較ツールを使用し、自社が最安値であることがすぐに分かるようにすることで、消費者から選ばれるようにしています。ニーズを満たす選択肢の増加と、GoogleやBaiduなどの検索エンジンから手軽に得られる情報が、ブランドに対するロイヤリティを崩し、「検討」のプロセスに競争を持ち込んでいます。

3. 計画と調査(PLAN & RESEARCH)

このプロセスも、オンラインあるいはモバイルショッピングでは、比較的早くから注目されていました。例えば、ExpediaやHipmunkなどの旅行サイトは、カスタマージャーニーの「調査」のプロセスをビジネスにしています。

ファッションや自動車など、それ以外の比較ショッピングサイトも現れました。これらのサイトは、ジャーニーの「計画」のプロセスに絞り、今や無限の選択肢であふれているオンライン小売業界の中で、自社を知識豊富な案内役と位置づけています。多くの人にとって、もはや比較サイトを見ずに物を買うことなど想像もできないことでしょう。

4. 受け取り(RECEIVE)

実店舗からオンラインショップへ移行する中で、この顧客接点は最近まで見過ごされていました。最近では、マットレス、歯ブラシ、剃刀などの日用品を、自社ブランドとして提供することで、パッケージに工夫を凝らして成功した商品が登場しています。

マットレス販売業者のCasperは、箱から商品を取り出す顧客接点で購入者を楽しませることによって、自社を差別化しています。不釣り合いなほど小さな箱に入ったCasperのマットレスが、取り出すと同時に元の形に戻る様子を撮影したYouTube動画が数多く公開されているほどです。

高級品メーカーにとって、オンラインショッピングでは、ニューヨーク五番街のような高級ショッピングエリアにある店舗と同等のしゃれた商品の受け渡しを提供できないことが悩みのタネでした。

Net-a-Porterは、インターネット上の高級品市場におけるこの問題を見事に克服しました。同社の即日配送サービスは、段ボール箱ではなく、大きくて華やかなショッピングバッグで商品を玄関先に届けてくれます。中国では、JD.comがこのアイデアをさらに膨らませ、高級商品のプレミアム配送サービスを提供しています。テーラーメイドのビジネススーツを着たドライバーまでもが顧客体験の一環なのです。

5. 使用(LIVE)

メーカー各社は常に、顧客が自社製品をどのように生活の中で使用するかを考え、そのために最適化してきました。結局のところ、企業の評判は製品の性能次第だからです。しかし、製品を売るという枠組みを超えて、顧客と関係を強化することに力を注ぐ企業もあります。

パタゴニアは、顧客との関係を強化しながら、環境フットプリント(製品や企業活動が環境に与えている負荷を評価するための指標)を最小限に抑える取り組みとして、ウェアの修理サービスを行っています。

また、ネットへの接続機能を持つ製品は、所有体験を高めるチャンスを提供できます。例えば、電話やコンピュータ、自動車は、アップグレード用のソフトウェアをダウンロードしてインストールすれば、購入からかなり時間が経っても機能を向上させることができます。この点に力を入れているのが、スマートスピーカーメーカーのSonosです。新しいソフトウェアを、販売したすべてのスピーカーで利用可能にすることによって、新製品が登場しても顧客が購入費用を無駄にしたと感じないようにしているのです。

小売業界で差別化するポイントを見つけようとしている企業は、カスタマージャーニーの中で重点を置く顧客接点をひとつか二つ選び、独自の体験を提供する方法を考えると良いでしょう。どこで競争するか、それを自社ブランドとどのようにマッチさせるかというのは、根本的にクリエイティブな問題であり、デザインというツールが力を発揮します。frogでは、多くの場合、顧客体験のデザインプロジェクトの一環として、新しい製品やサービスについてだけでなく、それらが顧客との関係性全体の中でどのような役割を果たすかまで考えています。

この記事は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通CDCエクスペリエンスデザイン部・岡田憲明氏の監修でお届けします。