ヤマハデザイン研究所に聞く。
プロダクトから組織までを育む「Play」の精神とは?

▲「家族団らんの中心になるピアノ」を目指して中国の家具メーカー「MEXARTS」と共同でデザインされた電子ピアノのプロトタイプ「A・round」©高橋マナミ/Manami Takahashi

ヤマハデザイン研究所所長の川田 学は、かつて経営陣からこんなことを言われた。「デザインは大切な経営資源。普通の資源は使えば使うほど減っていくが、デザインという資源は、使わないとどんどん減っていく」と。ヤマハはデザインをどう活用しているのか。個々のプロダクトから組織づくりに至るまで、研究所のメンバーに話を聞いた。




外部とのフィードバック回路をつくる

企画やアイデアというものは、どんどん提案していかないと、感覚が錆びつき、発想する力そのものが衰えてしまう。野球選手は毎日素振りを続けないとバッティングの勘が鈍るというが、デザイン研究所の面々もアスリートのような集中力と継続性でもってデザインと対峙してきた。「デザインを通して“今ヤマハはこういうことを考えている”というメッセージを発信すると、必ず目覚ましい反応が返ってくる。生き生きとしたフィードバックや、思いもよらない発見があります。デザインの動向も体感できるし、外部との交流も生まれる。感覚が鍛えられます」と話すのは、デザイン研究所の所長としてチームを率いる川田 学だ。

この動きが加速したのは2000年代中盤から。ミラノサローネや東京デザインウィークに継続的に参加し、先進的なデザインを発表しつづけた。直近の事例だと、18年9月に開催された上海国際家具展覧会で、家具と鍵盤楽器を融合したプロトタイプを3点発表している。中国での店舗展開も行うインテリアメーカー「MEXARTS(メックスアーツ)」とのコラボレーションだ。「われわれのデザイン理念は、本質を押さえていること、革新的であること、美しいものであること、日々の暮らしのなかででしゃばらない存在であること、そして社会的な責任を果たしていること。この5つの価値観を共有することが大事です」(川田)。

▲デザイン研究所所長の川田 学©高橋マナミ/Manami Takahashi




仕事の範囲は自分で決める

価値観の共有とは、デザインの土台となる基礎部分のこと。基盤さえしっかりしていれば、個々の方向性がどれだけ異なっていても、最後は適正なデザインへと収束していくはずだ。そう指摘したところ、同研究所の勝又良宏は一瞬考え込んだ後、こう語った。「普段、そうした理念を意識して、個々のデザインに向きあっているかというと、そんなことはほとんどないですね。ヤマハらしいかどうかも考えていないかもしれない(笑)。最終的に判断するのはお客様ですから」(勝又)。

▲デザイン研究所 プロダクトデザインPグループリーダーの勝又良宏©高橋マナミ/Manami Takahashi

とはいえ、ヤマハらしさというものは確実に存在する。その「らしさ」を左右するポイントは何か。それは、Use(使う)より Play(楽しむ)を重視する志向である。09年に登場したハイブリッドピアノ「Avant Grand」は、グランドピアノのアクション機構とデジタル音源技術を融合させた新時代の楽器だ。デザインを担当した大野正晴は「デザイナーがやりたいと思ったことをやればやるほど、実作業がどんどん増えていって、時間が足りなくなります」と笑う。というのも、製品コンセプトから始まり、シリーズ名のネーミングやロゴタイプ、カタログや広告の方向性、イメージ写真のディレクション、展示空間のデザインまで、すべてを手がけたからだ。大野自身、仕事を大いに Play したのである。

こうした一気通貫のやり方が成果を上げ、「仕事の範囲は自分がやりたいと決めたところまで」という意識が共有されるようになった。開発全体にデザイナーが関与すれば、製品のあるべき姿はぶれることがない。伝えるべきメッセージも明確になる。コミュニケーションそのものをデザインすることにもつながった。現場でのモチベーションを開発に持ち込むという意味で、これはボトムアップ的なアプローチだ。留意すべきは、プレイヤーにとって楽器の存在意義とは何なのかという視点。そのうえで、先のデザイン理念を読み返してほしい。5つのビジョンは「デザイナーにとっての規範」の先にある、「プレイヤーが夢中になれる体験」を想定していることがわかる。

▲デザイン研究所主事の大野正晴©高橋マナミ/Manami Takahashi




動物園型から水族館型の組織へ

Playを重視する志向は新入社員の採用エピソードにも現れている。デザイン研究所の採用を担当するようになって10年が経つ勝又は以下のように言う。「基本的な技術が身についているか、課題を理解する力はあるか、発想に柔軟性はあるか。こうした部分はもちろん重要ですが、最も大切なのは“この人と一緒に仕事をしていきたい”という気持ちを持てるかどうか。組織としては、われわれに足りないところを補ってほしいし、個人としては“この人なら楽しくやっていけそうだ”と感じたい。そんな人がベストです」(勝又)。

デザイン研究所のメンバーは現在34名。出身別に見ていくと、芸術大学系、美術大学系、工学部系が3分の1ずつ。このバランスは意識的なものではなく「たまたまそうなってしまうだけ」らしい。採用に関しては研究所のメンバー全員で協議を行う。デザイン実習に参加する学生を、それぞれ個別に評価した後、全員の意見を参考にしながら、誰を採るかをじっくり決めていく。「この人数は顔が見える関係。通常の業務でも、今誰が何をやっているのかがわかりますし。そういう意味では風通しがいい。採用のときも、わいわい・がやがやと『あの子がいいよ』『いや、この人じゃないの』と議論できる。大変だけど、基本的には楽しんでやっています」(勝又)。

▲ヤマハデザイン研究所エントランス

組織のあり方も「動物園型」から「水族館型」に変わった。狭苦しい檻に閉じ込めるのではなく、巨大な水槽の中でのびのび回遊させているのだ。例えばプレイヤーの属性に基づいて、Pグループ(Professional)とDグループ(Daily Scene)という区分を設けた。Pグループはプロ向けのデザインを手がけるチームだが、ここには著名な演奏家が奏でる楽器も、それをレコーディングするスタジオ用の音響機器も、専門家が使うという意味では等価であるというフラットな視点がうかがえる。楽器の担当者が音響設備を手がけられるという組織づくりもまた Playの精神を活かしているのだろう。「ヤマハの製品は生活必需品ではありません。だからこそ Playを意識することが大事。われわれ自身が楽しんでつくらないと、お客様も楽しめないと思うんですよね」(大野)。End




本記事はデザイン誌「AXIS」197号「変わる、ニッポンのインハウス」からの転載です。

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