タオルの今治は染色の今治でもある。
「IMABARI Color Show 2019」レポート

愛媛県今治市は言わずと知れた生産量日本一のタオル産地。歴史を辿ると奈良時代から織物が盛んで、江戸時代には温暖な気候を生かした綿栽培が行われていた。明治以降、タオル織り機を導入したタオル産業がはじまり、90年代からは海外の安価な輸入製品に押されることもあったものの、130年来、国内きってのタオルの産地であり続けている。

2007年に佐藤可士和氏が手がけた今治タオルのブランド認定マークは、一目でわかる「良質なタオル」の代名詞として広まり、私たちの頭には「タオル=今治」と浮かぶようになった。しかし、そのタオルが「染色」と「織り」という別々の工程を経ているということはあまり知られていないかもしれない。

現在、今治には100社以上のタオルの製造工場がある。それに対し、染色工場は8社のみ。以前はもっと多くの染色工場があったそうだが、働き手の不足もあり、廃業する工場も多くあると言う。

色が主役の展覧会、IMABARI Color Showとは

長年にわたり継承されてきた今治の高度な染色技術を広く知ってもらい、あらゆる分野の方々と染色技術でつながりたい。そんな想いで今治の染色工場8社で構成された愛媛県繊維染色工業組合が主催となり、2017年12月にはじめて開催したのが「IMABARI Color Show」だ。

▲ロゴはワークショップを通して決定された「今治の色2019-2020」の中から、「森と水の香り」の色をメインカラーに起用。糸が織り上げられていくさまや今治市公会堂でのエマニュエル・ムホー氏によるインスタレーションを連想させる。制作は松山を拠点にクリエイティブ活動を行うNINO Inc.によるもの。彼らは本展の企画・制作・運営と全般に携わっている。

第1回目は2017年12月に東京・青山のスパイラルで、2018年2月には愛媛・今治にて開催された。インスタレーションを手がけたのは建築家でデザイナーのエマニュエル・ムホー氏。ムホー氏は、染色に必要な調合割合、温度湿度、時間の概念を数字と記号を用いて「1000色のレシピ」を表現。愛媛県繊維染色工業組合の染色工場が1,000色(=染色)に染め分けた布を数字や記号に切り抜き、インスタレーションを制作した。

▲「1000色のレシピ」 デザイン : エマニュエル・ムホー 写真 : 志摩 大輔

染めに使用したのは普段染め慣れていない帆布生地。まして1,000色の染め分けとなれば簡単なことではない。同じ水、材料を使って同じ手順で同じものを染めても同じ色に仕上がるとは限らないのが染色の繊細さ。その日の天候や気温にも左右される。その微調整を担うのが、今治の職人たちだ。「IMABARI Color Show」ではインスタレーションを通して、歴史に培われた今治の確かな技術と風土が織りなす鮮やかな発色を来場者に伝えた。

2019年3月19日〜22日まで今治で開催された「IMABARI Color Show 2019」では、会場を丹下健三(今治市出身)設計の今治市公会堂に移し、再びムホー氏によるインスタレーションが展示された。第1回目の展示の際に染めた1,000色の布を使用し、全部で1,002席ある公会堂の客席に1席1色ずつ色の布で覆うというもので、ステージから客席を見てみるとまるで色彩が波打つように感じられ、色のもつ温かなエネルギーが目に飛び込んでくるかのよう。天井や壁面など、曲線的な公会堂のデザインとも呼応して、建物が生き物のように感じられた瞬間だ。

▲「1000色の波」 デザイン:エマニュエル・ムホー 写真:志摩大輔

▲「1000色の波」 デザイン:エマニュエル・ムホー 写真:志摩大輔
今治市公会堂は同市出身の建築家、丹下健三によって1958年に建てられた。

「色」と今治の結びつきを考える

22日の夜には「IMABARI Color Show」に携わる専門家が集まり、一般に向けてトークセッションを開催。このために今治市公会堂には約100人の今治市民の方々が集まった。ムホー氏のほか、山本敏明氏(愛媛県繊維染色工業組合 理事長)、大澤かほる氏(一般社団法人日本流行色協会(JAFCA))、辻 智佐子氏(城西大学経営学部教授)、松田朋春氏(スパイラル/株式会社ワコールアートセンター)が登壇し、今回の展示やJAFCAとのコラボレーションで開催されたワークショップの報告などについて話された。

▲左から、松田氏、辻教授、ムホー氏、大澤氏、山本氏。トークセッションでは観客席に登壇者、ステージに観客がいるという配置で、トークを聞くあいだも視界は1,000色の色彩で溢れていた。

今回のインスタレーションについてムホー氏は「前回は3次元のグラデーションでしたが、今回は2次元。使用しているのは、17年に最初のインスタレーションをした際に何千色の中から選んだ1,000色。今回は席の配置が決まっているため、配色は事務所で布を小さく切ったものでシミュレーションしながら決めました。単純なグラデーションではないぶん、構成を考えるのがとても面白かったです」と話し、大澤氏は「隣にどういう色を置くかというので全然イメージが違ってくる。よく見ていただくと波のように揺らいでいるのは、色同士が影響し合うことで、微妙に異なる色が出たり入ったりするようなことを綿密に計算して演出された結果」だと感想を語った。

染色の街、今治市民が選ぶ色と香り

▲会場に展示された、「今治の色」の特別展示の様子。今年は「今治の香り」として「先染めの香り」も選出され、会場でその香りを楽しめるような演出もされた。

展示会場ではJAFCAとのコラボレーション「今治の色」の特別展示も前回に引き続き行われた。今年は色のみならず、新たに「今治の香り」が加わることで、さらに立体的に今治を捉える契機となった。今治の色と香りは公募された一般市民の方々とのワークショップのなかで「これぞ今治」と感じる写真をグループで撮ってきてもらい、ディスカッションを経て決定したと言う。

「今治を感じる写真を撮ってきてもらって、それがなぜ今治なのかを色に置き換えながら風景を見ていくと、普段暮らしているとなかなか気づかない街の様子に気付くんです。そのなかで今回は森と水の色を選びました。今治の軟水は森から生まれてくるものですし、それが染色に生かされている。今年はそれに『先染めの糸』の香りをつけてもらいました。少し乾いた紙のような匂いですね。先染めは色分けすることによっていろんな色が混ざって見えますが、その色合いは世の中で多種多様な人々が混ざり合う『ダイバーシティ(多様性)』と重ねて見ることもできると思います」とワークショップを主催した大澤氏が語ると、「色は子どもから大人まで、どんな人たちも平等に語ることのできるテーマ。今治の色をみんなで発見していくところが良い。ワークショップで集まった色を通して町の文化をすごく感じる」とアドバイザーを務める松田氏も手応えを語った。

正確に染めることだけでいい? これからの染色

そこから話題は、松田氏の色に関する問いかけをきっかけに「これからの染色のあり方」に移行していく。

「色はひじょうに文化的なものだと思うのですが、そのことについてどう捉えていますか? 以前、染色工場を見学した際に『色そのものの意味についてどう考えているのか』と質問したことがあるが、頼まれた色を正確にきちんと納める、ということ以上の答えがなかった」、と多くの染色工場が未だ受け身の傾向が強いことに触れ、「染色の知識・経験ともに豊富な染色工場だからこそ、クライアントに色の提案をしていくことも求められていくのでは。若い人たちにとっても『自分の考えを提案できる余地』はものすごく大事で、それがなければ後継者もそれぞれの個性も育たない」と松田氏が語ると、登壇者それぞれから意見が出た。

地域産業研究の専門家である辻教授は、染色のクリエイティブな側面について「色の再現性、その技術というのは一朝一夕ではできないもの。やはり職人さんの腕。そこに創造性が内在している」と話した上で、「染色側が自身の創造性を意識することで自分たちはもちろん、周りも変わってくるかもしれないですよね。これから今治の染色技術が継承されるためにも、まずはみなさんにこの取り組みを知ってもらうということ。『またか』と思われるくらい何度も繰り返しやって行くことが大切」と継続的な情報発信と今治の染色技術継承の重要性を語った。

一方で大澤氏は、新しいことをしようとしたときに技術者とデザイナーのあいだには大きな溝があることを指摘。染色側が提案や営業を行うことについて山本氏は、染色業の考え方は未だに企業というよりも家業的だと話す。「昔、営業に行って帰ってくると、親父に『営業はいかんでええ、仕事をしろ』と怒られました。お客さんとコミュニケーションを取りながら良いものをつくりたいという気持ちが私にはあったのですが、親父にはそういう考え方はなかった。今もその延長線にいるのだと思う。家業の良いところは守りながら、『IMABARI Color Show』をきっかけに、染色会社のあり方を変えていきたい」と語った。

今後は点在する染色工場を1カ所に集めた「染色団地」をつくる構想もあるそうだ。1カ所に集約されることでエネルギーや排水設備の共同購入が可能になり、一元化することによって環境面の負荷も軽減できるなど、さまざまなメリットがある。そのほか、何か染めたいものがある人々がこの団地を訪れ自由に染められる、ものづくりの拠点となるようなオープンな工場をつくるアイデアも生まれている。松田氏は最近訪れたという山形・寒河江の佐藤繊維が運営する「GEA」を例に、「そこに行けば産業も食もひっくるめた『地域』の魅力がわかる」場所になることが結果として染色技術の認知にもつながるのでは、と話した。

▲今回行われた染色のワークショップの様子。小さな子どもから年配の方まで参加し、活気溢れた。

辻教授も、「地域資源という観点では、今治にはもっと掘り起こしていけるものがあるんやと思います。そのためには『地域』単位で考えることが重要。『しまなみ圏』のような概念があってもいいかなと思うんですよ。今治はその中心。タオル以外にも造船やサイクリング、美味しい食材があって天候も良い。それぞれの良さを点ではなく面にしていくことで、さらに盛り上げていくことができる」と今治周辺の地域のポテンシャルを指摘した。

染める楽しさ、奥深さを伝えたい

▲「IMABARI Color Show」をきっかけに、地元・今治の染色技術の高さや仕事の丁寧さに初めて触れる市民も多い。

滞在中、山本氏が代表を務める西染工の染色工場を見学させてもらった。糸を精練漂白し乾燥させたものに、染まり具合を確認しながら染色の加工を施す様子など、一連の流れを見せてもらうなかで感じたのは、染色が化学に則ったものでありながら、職人に蓄積され継承されてきた知見が今治の染色の仕上がりの完璧さを支えているということだ。

西染工では現在60名ほどが働いていて、最年少は17歳。この4月からさらに2名、高校を卒業したばかりの従業員が増える。平均年齢こそ少しずつ低くなっているものの、染色の次世代の担い手となるような若手の採用は苦戦していると言う。

「染色工場は夏は暑くて冬は寒い。環境が厳しいことは確かです。『IMABARI Color Show』が染色に興味をもつきっかけになればと思います。普段の仕事は大変なこともあるけれど、それを上回るような染めの楽しさを知ってもらえたらいいですよね。
去年、地元の中学生からカラーショーについての作文をもらったことがありました。素直に嬉しかったです。そういう子が大人になったとき、働いてみたいと思ってくれるかもしれない」。西染工で営業部長を務める福岡友也氏は、期待を込めてそう話してくれた。

今回、「タオルと染色はふたつでひとつ」だということに改めて気づかせてくれた「IMABARI Color Show」。今治における自然環境と職人の高い染色技術が合わさっているからこその発色であることも実感した。

今後はさらに今治発の地域全体を巻き込むムーブメントとして続いていくことへの期待が高まっている。End