デザイナーが製造や流通の工程に関わることで何が変わるのか。
山口圭二郎の挑戦

▲「四方色付けメモ」。天金の部分は、聖書や手帳を制作する伝統ある町工場に依頼し、残りの3面は自身で色付けしている。すべての写真提供/プランティス

デザイナーの山口圭二郎は、2019年3月に「やまま文具」というブランド名で初の自社製品を発表。多方面から反響があり、ミュージアムショップをはじめ、いろいろな店舗で販売されるに至った。仕事場は、町工場が点在する東京・荒川区の元金属加工場。そこで企画からデザイン、製造、営業や販売など、すべてデザイナー自ら手がけることに挑戦し、デザインの新しい可能性を模索している。

▲天のり製本、型押し、断裁なども自社で加工している。

ものづくりや流通に対する興味を抱いたきっかけ

大学在学中に、ファッションをテーマにした小冊子を友人と自費出版でつくったことがきっかけで、ものづくりや製品が世の中に流通することに興味を抱いたという。ファッション雑誌に掲載されないような、街を歩く普通の人々が独自にアレンジしたファッションや、その際に偶然生まれたユニークな機能を見つけては撮影し、インタビューして考えを聞いたり、トップブランドの服と比較分析した文章を載せて構成した。

価格は1冊500円に設定し、アートやデザイン系の書籍を扱う書店に持ち込んで販売した。だが、そこから先の流通方法や利益の出し方がわからず、誌面のつくりを凝っていくうちに継続が困難になり、2号でストップした。

▲「金銀銅のふせん紙」。ケースは、携帯時に付箋をカバーし、店頭に並んだときに外から少し見えるデザインを考えた。

▲「金のふせん紙」。東京都美術館で開催中のクリムト展では、グッズのデザインや製造も手がけた。

物の成り立ち、あるいは物がつくられ、店頭に置かれるまでの一連の流れを知りたいという思いが募り、大学卒業後に靴の町工場に就職し、工員として働いた。

その頃、ふと手に取って読んだのが、『AXIS』vol.104(2003年8月号)に掲載されたデザイナーの平野敬子のインタビュー記事だった。そこには平野が考えるデザイナーという仕事の姿勢が綴られていた。「デザイナーは個人である前に公人であるべき」「そのものの成り立ちの根拠や存在の意味について洞察し、読み解こうとする態度が必要」「社会の中にデザインという方法が組み込まれることによって、改善され得るシーンはまだ無数にある」など。「僕がこれまで抱いていたデザイナーのイメージではなく、こんなにも深く思考して仕事をする人がいることに驚き、感銘を受けました」と山口は言う。

▲竹と桜を使用した「木クリップ」。パッケージの箔押しや抜き加工、組み立てを自社で製造。

何のためにデザインしているのか

平野の言葉が心に残り、デザイナーという仕事について改めて考えた。約1年後、靴の工場を退社して広告制作会社に入社、デザインの世界に飛び込んだ。

その後、経験の幅を広げるためにいくつかのデザイン事務所に勤務したが、既存の広告をもとに制作するような仕事や、上司やクライアントを納得させるためにデザインを考えることが大半を占めていると気づいた。「自分は何のためにデザインしているのか。この広告は、この製品は本当に世の中に必要なのか」と自問自答した。次第に平野の記事に書かれていたデザインの世界と、自分の今いる世界がかけ離れていくのを感じ、方向転換することを決心した。

▲「ミシン綴じノート/白」。罫線をニスで印刷し、角度によってグリッドが立ち現れたり、無地にも見えたりする。必要に応じて、使い分けができるように考えた。

もう一度、物をつくる会社でデザインに向き合ってみようと考え、文具会社の面接を受けた。その会社ではオリジナル商品の開発意志も持っていたことから、山口はデザイナーとしての入社が決まった。

最初はひたすら文具の企画とデザインをしていたが、いくらオリジナル商品を企画しデザインをしても、実際に商品化し流通させるまでにはなかなか至らず、大学時代に小冊子をつくっていたときと同じ課題に直面した。自社商品の開発にあたり、やはり企画してから店頭に置かれるまでの一連の流れを知る必要があったのだ。「社内に経験値がなかったので、自分で調べるしかありませんでした。原価計算や利益率の出し方を営業や経理の人に聞いて勉強したり、どのような商品が市場で売れているかを店頭でひとつひとつ地道に調査したり、いろいろな工場に足を運んで製造技術を教わりながら、新製品の可能性を探っていきました」。


▲「クリアホルダーホルダー」。A4のクリアホルダーや資料を入れてまとめられる。角をホックで留めれば中身が落ちることがない。

ヒット商品を模倣した盗作の問題

それから約2年後、ようやく一連の流れを把握し、自身で企画デザインしたものを小売店に自ら営業をかけて置かせてもらえるようになった。

次々に企画して商品化し、やがてヒット商品も生まれ、大手小売店のPB開発やデザインを手がけるようにもなった。だが、新たな問題が浮上した。企画やアイデアの盗用や盗作だ。売れている商品と同じようなビジュアルがつくられ、素材やデザインの質を下げて同じ価格で販売することで利益を得るのである。


▲2014年に発売された、天然のミネラルを豊富に含んだアメリカ西海岸のクレイを使った入浴剤「CRAYD」。パッケージのデザインから製造までを手がけた。

その頃、友人を介して入浴剤ブランド「CRAYD(クレイド)」のパッケージデザインの仕事を依頼された。

「依頼主の思いと商品の情報をもとに、それをどのように伝えるか、今の自分にできることは何かと考えていくと、デザイン案はひとつしかありませんでした」と山口は言う。素材、構造、技術、コストなど、あらゆる面で他のメーカーやデザイナーが模倣するのは困難な仕様にして、さらに自身で製造の一部を手作業で行うことを考えた。それによりデザインに独自性がもたらされ、製造コストを抑えることもできた。そして、2014年に発売されると、大ヒットした。

▲「ミシン綴じノート」。革のようにしなやかで丈夫な表紙に、金の糸を用いて自社でミシン綴じ製本をしている。

デザインの新たな可能性を追求して

2015年には文具メーカーを退社して株式会社プランティスを設立、東京・荒川区に仕事場をつくった。現在、企画からデザイン、材料の仕入れ、製造、加工は一部を協力工場に依頼し、生産管理、営業、販売までを担う。製造に関しては、後継者のいない職人から技術を教わったり、機械を購入して、なるべく自らの手で機械を動かしている。

一見、大変そうに見えるが、さまざまなメリットがあるという。「一人ですべてを担うことで、一般的な分業生産よりも大幅に時間を削減でき、製造過程で柔軟に調整できることでより良い商品に昇華させることも可能です。古い機械の新しい使い方をデザイナーの視点で引き出したり、ものづくりの可能性を広げることにもつながります。現在の小ロット多品種、差別化が必要な時代には、分業化ではない道を考えることが求められていると感じています」。

▲紙の断裁機を使用しているところ。その他、印刷機や製本機など複数の機械を導入し自ら動かしている。

山口は、製造工程に必ず手作業の部分を入れているが、「アート作品のような1点ものではなく、たくさんの人の手に届くような量産品をつくること」を目指している。「デザイナーがただ指示をして物をつくるのではなく、ものづくりの工程にもデザイナーが入り込むことが大事だと考えています。製造も自ら行うという点では、文具以外の他のデザイン分野では難しいかもしれませんが、デザイナー自身が製造技術、コスト、流通まで理解することで、ものづくりはもっと自由になり、デザインの可能性はさらに広がっていくと思います」。

今後、自分と同じように一連の仕事を一人でできる人材の育成や技術の継承を目指すために機械を増やし、仕事場を拡張していきたいと考えているそうだ。2019年7月17日から開催されるインテリア ライフスタイルにも出展予定とのことで、新しいものづくりに挑んだ実物の商品をぜひ手にとってご覧いただきたい。End


山口圭二郎(やまぐち・けいじろう)/デザイナー。1979年神奈川県生まれ。多摩美術大学卒業後、工場、デザイン事務所、メーカーに勤務。2015年、荒川区に株式会社プランティスを設立。2019年に文房具ブランド「やまま文具」をスタート。